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飯塚渡・桜6
お母さん。
もう聞くことはないはずの声が聞こえてみると扉が開いて、そこに猫がいた。
あれ?ここは一軒家だから入り込むことなんてできないだろうに…
そう思っていると猫が私の方に寄ってきた。
後から渡が入って来る。
「この猫がさ、若菜に似てるなって思って…拾ってきたんだ。桜、猫好きでしょ?だから、いいかなって思ったんだけど…」
だんだん尻すぼみになっていく言葉。
すり寄ってくる子猫。
なーなーと声を出して私の手を舐める。
可愛いと思った。
ちょっとだけ凍って動かなくなった心が動いたような気がしたけど気のせいだったかもしれない。
「…名前は?」
「え?」
「この子の名前。どうするの?」
「うーん…僕的には若菜ってつけたいけど…桜はどう?」
猫をひょいと持ち上げる。
目の高さに合わせて見つめあった。
お母さん。
また呼ばれた気がした。
そんなはずはない。
若菜は…私の娘は。
数年前に自殺したのだから。
あれからどれだけの月日がたったのか私は把握していない。
渡は覚えているのだろうか?
そんなことどうでもいいけど。
「いいんじゃない?若菜にしよ」
そう言った。それは生きていたころの娘を否定することになるかもしれない。
それでも、前に進まなきゃとその時は思えた。




