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α空間の狂ってない彼女  作者: 6月32日
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シズカに会いたい(ツヨシ編)

 ツヨシは軽トラックの荷台の上で眠っていた。こだわりのあるとんがり頭の先端が、丈の高い雑草のように乱れ、垂れ下がっている。

 幼少から通院するクリニックのDr.が、半分ワニの口に飲まれてしまった。そのことが怖ろしくてたまらない。


 軽トラックの荷台に載った人たちを見回す。

 部長に“ショウネン”と呼ばれていた彼は良さそうな人に思えた。犬を大切にしていることに好感をもち、自分の大切な亀の“ベンジャミン”も見せてあげた。そのとき、部長が横から手を出したから、ベンジャミンが怯えて噛みついたのだ。

 ツヨシはこの部長が苦手だった。いつもベンジャミンをからかって指を入れる。噛みつかれるとDr.のところに行く。その繰り返しだ。


 ベンジャミンはツヨシが小学生のときに家にやってきた。爬虫類好きのDr.が、うまくしゃべれずに友達のいなかったツヨシにすすめたのだった。近所のペットショップの店長に頼んで取り寄せたカメは、大人しい陸ガメのはずだった。爬虫類のことはほとんど知らない店長とツヨシの母はそれを疑わず、いかにも凶器のような形状の口先をいぶかりながらも、ツヨシにカメを与えたのだった。

 “ベンジャミン”という名前はDr.がつけてくれた。

 ある日、不登校のツヨシのランドセルにベンジャミンが入り込み、そこから出なくなった。母が無理に出そうとすると、首を長く伸ばして威嚇した。水棲すいせいのカミツキガメが長く陸上にいるのは生態的に好ましくないはずだが、ベンジャミンはツヨシのランドセルが気に入ったようだった。

 ベンジャミンがランドセルに住み始めた後、ツヨシはそのランドセルを背負い、学校の保健室に登校できるようになった。それからはいつも一緒だ。



 軽トラックが着いたところは祖父の病院だった。妹のシズカが入院しているところでもある。

 

 ツヨシの母は彼が小学校3年生のときに、祖父の叱責に耐えかね、兄妹を連れて家を出た。もともと容貌が母親似で、能力的にも支援学級に登校していたツヨシは祖父の好みに合わず、妹だけが学校の帰りに拉致同然に祖父のところへ連れ戻された。その後、祖父との交流を絶っている。しかし、いつも母から、山から町を見下ろす建物について、お祖父じい様の病院であると聞かされて育った。そして、父も立派な医師としてあそこで働いているのだと繰り返し教えられた。


 妹のシズカは小さい頃からツヨシのことを慕っていた。部長に誘われても嫌がっていたシズカが演劇部に入団したのも、ツヨシの高校の演劇部と交流があると知ったからだった。

 部長のことを好きでなかったツヨシは妹を守らねばならないと感じていた。そして、頻繁に部室に出入りするようになった。彼女が入院したと知ってからは、病気から守ってやらないといけないと思ったが、どうしたら良いか分からなかった。今日は、Dr.の仲介で部長と一緒に初めてシズカの見舞いに行けることになっていた。見舞いのことは祖父には内緒だった。知られていたら、すぐに阻止されただろう。


 病院のことははっきり覚えていた。建て増しのため、より大きく、より複雑になっていたが、祖父の趣味であるピンク色の外観と基本的構造は同じだった。病院の最上階にある自宅の思い出はいつも母が虐げられていた悲しい記憶が中心だったが、それでも楽しいことが全くなかったわけではない。祖父は子供の自分には表面上優しかったし、母を守れない不甲斐なさはあったが、父のことも好きだった。だからDr.が助け出された後、病院に泊まることになったとき、ツヨシは昔を思い出して嬉しかった。 

 

 泊まったのは上田さんと同室だった。彼と会ったのは初めてではない。上田さんの家は父親の代から運送業をやっていて、病院の入退院に伴う搬入・搬出、場合によっては患者の搬送も秘密裏に請け負っていた。


「ツヨシくん、ここから逃げよう!」

 早朝、上田さんに起こされた。

 急いで逃げなければならないと言う。

 翌日、妹に会えるとばかり思っていたツヨシは落胆した。でも、Dr.と上田さんは、とにかく逃げないと二度と病院から出られなくなると言った。家で待つ母の顔が浮かんだ。妹のシズカにはまた会えるという言葉を信じて、二人の言葉に従った。


 まだ、日が昇る前だった。

 軽トラックで出発したとき、部長とショウネンがいないのが気になった。妹にも会えなかった。彼女は自分のことを必要としており、彼をずっと待っているような気がした。


 自分はここに再び来なければならない、と強く思った。

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