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α空間の狂ってない彼女  作者: 6月32日
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カウンセリング with Dr.(後編)

「少し、個人的な話をしていいかな?」

 Dr.とボクとの間にどんな個人的な話があるのか分からなかった。

 テーブルの上に乗せられた指が、観客席で行われる“ウェーブ”のような動作をする。

 しばらく黙っているのは、こちらの反応を見ているのかもしれない。


「きみは、どうしたいんだ?」

「ここから出たいに決まってるじゃないですか!?」

 じっと我慢していた部分が決壊したようにあふれ出す。

「他に望みなんてありませんよ! 何を望めっていうんですか、この状況で」

「この状況だから、望めることがあるんじゃないかね?」

「そんなの詭弁でしょ!? どうにもなりませんよ! 自分のことでも精一杯なのに、今度はオカシくなった女の子と相部屋になって……この病院は何を考えてるんだ!?」


 Dr.は激高したボクの顔を不思議なものをみるように眺め、指の“ウェーブ”を繰り返していた。

「ほんとに、きみは見ていてイライラする腑抜けだな。高嶺の花だった好きな女の子と同じ部屋になって、ちょっとはワクワクしないのかい? 少しぐらいオカシイところがあったって関係ないだろ?」

「少し?……あなたは知らないからそんなことを言うんだ」

「知っているよ。私は彼女の主治医だったからね」

 “主治医?”……何も知らないのはボクのほうだ。 

 

「きみの言う通り、どう考えても状況は最悪だ。何をやっても上手くいかないだろう。すべての人はきみを非難し、歩けば転ぶし、走れば血を吐き、跳べば骨を折るだろう。でも、それがどうした? 最悪、死ぬだけだろ? 好きなようにやったら良いじゃないか」

 Dr.は大きなため息をついた。

「私が彼女から聞いた話じゃ、きみは彼女にもっとご執心だったハズだがね?」

 ……確かに彼女に悟られているかもしれないという予感はあった。でも、彼女が、そんなことまでDr.に話しているなんて意外を通り越して衝撃だった。

「そのことについて、……彼女はなんて?」

「それを私から聞くのかね? きみの想像にまかせるよ」

 Dr.はめずらしく、言葉を濁す。

「私の仕事の一つは確かに内面を覗くような悪趣味も含むがね。守秘義務もあるし……とにかく、私はキューピッド役なんて御免だね」

 大げさに頭を振って、望まぬ考えを追い払うような動作をする。

「私のように口の中に頭を入れろとは言わないが、相手のことが好きだったら、食われたって飲まれたって本望だろ?」 

「食われたくは、ないです」」

「きみは腑抜けの上に間抜けだなあ。まあ、万年片思いの腑抜けでも、間抜けになり過ぎないように精々気張ったらどうなんだい?」

「好き勝手言いますね?」

「いや、これでも言いたいことの半分も言ってないね。ずっと彼女から話を聞いてるうちに、一度直接会って言ってやろうと思ってたことが山ほどあったんだ」

 最後にDr.は立ち上がって部屋の外を伺った後、ささやくような小声で言った。


「きみは最悪の時に、最悪の場所に来た。“アルファ空間”に関わるなら……覚悟したまえ」

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