ここにいる彼女
彼女は確かにそこに存在していた。少し微笑んでこちらを見ている。
本当に、いた。いてくれた。
それだけで十分だった。
「どうしたの? 座りなさいよ」
“どこに? どうやって? どれくらい距離なら良い?”
彼女は黒いワンピースを着ている。裾がベッドの上に広がって、黒と白のコントラストが鮮やかだった。
ボクは思わず彼女に尋ねてしまう。
「ドウシテ?」
ドウシテ? ナゼ? 自分に禁じていた言葉だ。
色んな意味があった。倒れた日のこと。ドウシテあんなことをしたの? ドウシテここに入院したの? ドウシテ部屋から出て来ないの? ドウシテ今ボクの目の前にいるの?……
彼女は何も応えず、さっきよりは首を少しだけ傾けた。
頭の中の彼女と話すことに慣れていた。沈黙が長過ぎることに気がつかない。
「ドウシテって、何が?」
疑問に疑問が返される。彼女の瞳は何も映していない。
「あなたもわたしが狂ってると思ってるんでしょ?」
唐突に彼女が尋ねる。何を訊かれたのか、分からない。
「あなたもわたしがオカシイと思ってるんでしょ?」
重ねられる質問に、どんなことを応えたらいいのか、見当がつかない。
いきなり過ぎて、意味が繋がらない。
きっと、何か誤解しているのだ。
「ドウシテ、そんなこと……」
「わたしに、“ドウシテ”って訊かないで!」
頭を振りながら、質問を鋭くはねつけた。
強い拒絶の意志が込められている。
彼女の反応の激しさについていけない。
なんとか話題を変えられないだろうか。
「前に倒れたときに……」
「ボクはこんなに反省しているのだから、きっと許されるはずとか、そんなふうに考えてる?」
彼女の言葉に、ボクは固まってしまう。
「……ウソよ、全く気にしてないわ」
左右アンバランスの笑みをさらに強くして、ヒステリックに笑う。
途方に暮れて、さらに他の話題を探す。
「家には帰らないの?」
ボクは何を言ってるんだろう? 帰れることができるのならとっくに帰ってるだろう。
「帰ったら何かあるの?」
何もないのか……。
ボクの選択は間違っている。
それは分かるのに、どうすれば正されるのか分からない。グルグル同じところを回っている。
“頭の病”の意味が徐々に染みてくる。
彼女が浮かべている微笑みは不自然で、左の眼だけがアンバランスに大きく見開いている。
言葉や口調、表情や仕草、放出される雰囲気も含めて、確かにオカシイと思う。
遂に彼女は泣き始めた。まるでこの世で一番ヒドイことを言われたみたいに。
実際にボクはヒドイことを言ったのだろう。
泣く続ける彼女をどうして良いか分からなかった。




