街へおでかけ-下-
糸を作るとはすべての生地の始まり(とさえ言われるらしい)
「ありました、ありましたよう、あの古いの。埃被っちゃってますけど」
店員さんが店の奥から咳き込みながら出てくる。
その手には童話に出てきそうな糸車を抱えて。
「さて、どうしようかね」
「何がです?」
綿の塊がセットしてある糸車を前にして腰に手を当て鼻を鳴らすおばあさんと不思議そうに顔を伺う店員さん。
「この子は客でもなけりゃ、ましてや店員でもない」
「そうですね。私達にとっては何の利益にもならない。むしろ不利益」
「ワシらにとっては冷やかしの類になるかもしれない」
とってもシビアな考えをお持ちのようです。
「そこでだ、坊や。これは取引だ。わしは糸の紡ぎ方を教えよう。
坊やは坊やの思うこの紡ぎ方に似合うだけの何かを持ってくるといい」
「……"何か"ですか」
「そう、なんでもいい。これから教える糸でもいいさ。坊やが思う技術に釣り合うとものを持ってくればいい」
さて、いっちょやってみるかね。
つぶやきがてらに立ち上がるおばあさん。
おばあさんの教え方はとてもわかりやすく、初心者の自分でも拙いが形に出来るほどだ。
ただ、手の動きが速すぎて見えない。
見えないのだ。その辺りが技術力そのものなんだろうなと思う。
「そこらでいいんじゃないかね」
「そうですね、売り物にするには手直しがいりますけど」
「初めてなんだ、むしろこの歳にちゃあ手先が器用なほうだよ」
二人が話すそばで糸が静かに紡がれていく。
自らの影の周りが橙色に染まっているのに気付いたのは二人が話したとき。
太陽が真上にあった頃からかなりの時間が経っていることに気づいていなかった。
初めての街へのお出かけは糸を紡ぐ体験をして終わり。
時間が経っていたことに気づかなかっただけでなく、鐘がなっていたことにさえ気づかなかったことにはびっくりした。
当然怒られた。だが、「一ヶ月後にお返しを持ってくる」約束をしているのでまたここに来ることが決まった。