白の嘘。
「俺は美幸の高校時代の先輩だったんだよ」
冷たくなった紅茶を入れ直してテーブルを4人で囲んだ。
「あの時はやんちゃしたなあ」
「本当にすごかったんだよ?西高の赤鬼って言われててね」
「赤鬼?」
目の前にさき、その隣りに美幸さん、そして隣りには先生が座っている。
何だか少しくたびれているような気がするのは気のせいかな。
さきは落ち着いたのか、先生の過去の話に食い付いてる。
「あの時は髪が赤くてねえ」
「美幸。余計なことしゃべるな」
「いいじゃない。んで、腕っぷしも強いから吹っかけられた喧嘩も負け知らず。ついたあだ名が赤鬼」
「へえ」
ちらっと先生を見ると、怒ってる……と言うより拗ねてる?
「先生も拗ねるんですね」
無意識にぽろっと出た言葉にびっくりしたのは先生より僕だった。
「…うるさいよ」
「でもそんな先生が何で先生に?」
小さくため息をついた先生は、僕をちらっとみてほほえんだ。
「…やっぱり頭はよかったしなあ…‥‥まあ、肩の力を抜いただけだよ」
「わお、頭はいいとか自分で言っちゃうあたり先輩かわってないよね‥‥あ、でも今って国語の先生なんだっけ?なんで?数学のが得意じゃない」
「免許はあるよ、ただ何がわからないのか理解するまでの過程が長いからあんまり受け持ちたくないんだよ‥‥‥‥あ、これ秘密な。もう遅いから帰るぞ‥‥…ほら甲斐崎も」
「あ、はい」
さっさと立ち上がった先生を追い掛けようと、慌てて紅茶を飲み干した。
「あ…トモ」
「ん?」
「今日はありがとな」
「ん。またね」
「おう」
玄関では靴を履いた先生が待っていて。
「今日は助かりました。恋人との逢瀬を邪魔してゴメンネ」
美幸さんの言葉にどき、とした。先生は当たり前のようにまったくだよ、とため息をついて僕の頭を撫でる。顔をあげたら先生は優しく手を引いてくれた。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
「オヤスミー」
「…おやすみなさい」
扉を閉じて、門を出たところで車が路駐してあった。
「甲斐崎は…」
「となり」
「そうか…さっきはすまなかったな」
小さく呟いて手を離したけど、僕はそのまま離せなかった。だって、先生が謝るのは、おかしい。
「なんで?…先生は悪くない。それに…さっきの…」
「…ああ、『恋人』?」
言い淀んでいると先生はさらっといいのけてしまった。恋人、と。
その響きはひどく僕の心臓を壊した。
「…困る?」
困るのは、貴方でしょう?
「俺は甲斐崎が好きだよ」
僕も、先生が好きです。
「…甲斐崎」
でも先生。好きだから、子供なりに精一杯愛してるから、伝えられないよ。
「僕、は」
貴方の負い目になるのは目に見えてるから。
「すくなくとも貴方に」
…先生、だから恋人という言葉も好きだという幸福も僕には使わないで。
もっと幸福だけを数えられる人に使って。
「恋愛感情を感じたことなんて、ありません」
どうか、どうか、こんな生徒なんて捨ててしまって。
黙って聞いていてくれた先生が小さく笑った。
手は離れておやすみ、という吐息混じりの先生の声だけが耳に残った。
気付けばひとり、道路の真ん中で泣いていた。
三月になったら僕ら三年は卒業する。
今までそこが自分の居場所だったのに、違う人の場所にかわるのだ。
先生とも、お別れ。
だから卒業までもう少しだけ先生の姿を遠目から焼き付けておこう。
これから先続く未来で、先生の姿を思い出していけるように。
精一杯の恋でした。
めいいっぱいの幸福でした。
卒業まで、あと一ヶ月。




