手伝いに来た二人の女性
翌日の朝の鮎川は、陽の光で、かなり早い時間から目覚めてしまった。
ここ最近は、このパターンで目覚めてしまうのだ。
今日は、家具と供にカーテンも配送される予定なので、カーテンが来る事で、鮎川は、やっと普通に眠れるとも思ったのだ。
この時、鮎川は先日の事を思い浮かべた。先日の買い物の時、恭子の車でここまで送って来て貰ったのだから、カーテンは持ち帰れた事に気が付いたのだ。
その事に今更気付いた自分が何とも間抜けな男に思え、独り笑ってしまった。
しかたがないので、そのまま起きて散歩がてらコンビへ朝食を買いに出掛ける事にした。
鮎川自身も、まだ、居住先近辺に何があるのか、判らないので少し近辺を散策してみる事にした。
隅田川沿いをぶらぶら歩いていると、犬を連れて散歩している人やランニングをしている人など、休日の早朝ではあるが様々な人達がいた。
何人かの人には、見知らぬ他人でもあるにも拘らず、「おはようございます。」と挨拶も交わされ、新参者の鮎川も同じように挨拶を返した。
街は古いが、落ち着いていて、意外にも静かで良いところのように思えた。
自宅の部屋に戻ると、鮎川は、朝食のパンとおにぎりを食しながら、ノートPCを立ち上げて、しばしの間、ネットサーフィンである。
そんな事をしていると、いつの間にか、また、例の2ショットチャットルームを観てしまう鮎川であった。
鮎川は、昨夜の就寝間際に考えていた事を思い出した。
(そうだ、夫婦の有り様などのネタからなら、いろいろ話す題材もあるし、自分も女性の考えている事も知りたいのではないか?...井上さんにもその辺の事を指摘もされたし、匿名で話せるよい機会だから、その辺の話からいろいろ話して行けそうだな!...)
そう考えると、「これだ!」と、鮎川は思ったのだ。
その時、鮎川のスマートフォンに、井上恭子から、9時頃には、予定通りに到着するとの連絡が入った。
時計を見ると、一時間少々で来てしまうようだ。鮎川は、ごみなどを片付けて、何も無い部屋ではあるが掃除をして、恭子の訪問に備えるのであった。
9時近くになると、再び恭子からのメールで、近くまで来ているので、部屋から出てきて迎えに来てほしいとの事だった。
確かに、部屋までは教えてはいなかったので、鮎川は、部屋から出て下へと降りて行ってみる事にした。
恭子は、先日と同じように、自家用車で来ているようだった。
路肩にハザードランプを点灯させて停車していたので、近くに寄ってみると、もう一人、助手席に誰かが乗っているようであった。
(んん?...誰だ?、この女性は?...見覚えがあるけど、誰だったかな?...)
そう、思いながら恭子に声を掛けてみた。
「井上さん、おはよう!...ところで、助手席の方は、どなたです?」
「次長、おはようございます。彼女は、経理の田中美雪ちゃんです、私の大学の後輩でもあるんです。電話で話したら、来たいと言うのでつれて来ちゃいました。」
恭子はそう言うと、また、何かを企むような顔で笑みを見せた。
(なんとも、よけいな事を...井上さん、勘弁してくれよ...)
「おはようございます、鮎川次長。今日は、お役に立てるよう、がんばりますね!」
田中美雪のほうは、若さだろうか?...笑顔がまぶしいように、感じる鮎川であった。
取り敢えず、コインパーキングへ案内をして、車を駐車して、鮎川の部屋へと二人を案内して行った。
二人とも、なにやら、両手に大きな荷物を抱えている事が、気にもなったのだが...
部屋に入ると、恭子と田中美雪は、トイレから洗面所、バスルームまで隅から隅まで確認するように、見て回っていた。
鮎川にとっては心地悪く、なんとも嫌な感じでもあった。
そんな事を考えながら二人を見ていると、恭子が袋の包みを持って冷蔵庫のほうへ行った。
「次長...お惣菜などを、昨日、お母さんと一緒に作ってきましたので、冷蔵庫に入れておきますから、夜の御摘みに食べてください。味は濃い目にしておきましたから、日持ちもすると思いますので...容器は、また今度来た時に返して貰えば構いませんからね!」
鮎川は、ありがたくも思ったが、また来ると言う恭子の言葉のほうが気になった。
しかし、よけいな事を言って面倒になるのも嫌だったので、礼だけに留めておいた。
「ありがたく頂戴させていただきます。」
恭子と田中美雪は、自前のエプロンを着け、持参してきた掃除用具を出して、鮎川を尻目に掃除を始めていった。窓拭きから床の掃除機と雑巾がけと、さすがに女性で有ると感心もしていた。
鮎川などは全く転居していながらも、気にもしていなかったのだから...
「次長、家具の配送は何時頃になるのですかね?」
恭子が、そう尋ねてきた。
「10時から11時頃とは聞いているから、もうすぐではないかな?」
そう、鮎川が言うと、未だ荷解きしていないダンボールを寝室の隅に持っていくように恭子から指示をされてしまった。
恭子曰く、家具が搬入される時に邪魔だというのである。
実際には、その通りなのだが、どちらが部屋の主であるのか判らないと、鮎川は思いながら、恭子の指示に従って、段ボール箱を寝室の隅へと移動させて行った。
しばらくすると、鮎川の電話に家具の配送業者から連絡が入った。
家具は一点づつ運び込まれ、なぜか、恭子が全て、指示を出していた。
鮎川は、恭子のその姿を見てあっけに取られたが、少々、その恭子の姿が滑稽で、苦笑さえしてしまった。
「次長、今、笑ってましたよね?」
「すまんすまん...誰が部屋の主か判らないなと思ってね...」
「なら、次長が指示してくださいよ...」
そう言うと、恭子は口を尖らせた。
「いやいや、井上現場監督に全てお任せしますから、よろしくお願いします。」
そう、鮎川が言うと、恭子は満足そうにまた調子に乗って配送業者へ家具の置き場を指示して回っていた。
家具の搬入は、無事に終えることができた。
残すは、カーテンの取り付けだけであったが、ここでも、恭子が率先して田中美雪に指示をしながら作業をして、鮎川の出る幕は全くなかった。
カーテンを取り付けると、恭子はふたたび満足そうに笑みを浮かべ、手を腰にして鮎川を見ていた。
「次長、なかなかでしょう?...私の選んだカーテンは!...」
鮎川は、どうでも良かったのだが、そんなことは言えるわけも無く、
「そうだね...井上さんに選んでもらって良かったよ...おれが選んだらこうは行かなかったものね...ありがとうね、井上さん。」
鮎川のその言葉に、恭子は満足そうにうなずいて、笑みを浮かべていた。
家具が、配置されるとふたたび、未開封の段ボール箱を恭子の指示で開封し、全て棚に収めて、そうして取り敢えずの作業が終了した。
一段落したところで、早速届いたばかりの、ソファーに座って、買っておいたペットボトルのお茶で、一息入れる事とした。
恭子と田中美雪は並んで二人掛けソファーに座り、鮎川は、一人掛けのソファーに座り、お茶を飲みながら、今日初めて、くつろいで話す事が出来た。
「今日は、二人ともありがとうね。助かったよ。」
「だいぶ、部屋らしくは成りましたね、次長...最初に部屋に入った時は倉庫みたいでしたからね...」
「そうですよ、カーテンも無い部屋で良く過ごせましたよ...女性の私達ではとても考えられませんよ。」
そう、恭子と田中美雪が話すと、二人で顔を見合わせて笑い転げた。
鮎川自身も、その事には気付いていたので、ばつが悪くちょっと赤面するような思いでもあったのだ。
それを悟られまいと、鮎川は話をそらすように話して行った。
「でも、連休の休みの日に、おれなんかの手伝いをさせてしまって、悪かったね!...二人とも彼氏などとの予定なんか有ったのではないのかな?...」
この辺が鮎川という男のずぼらさで、デリカシーが無いのだが、本人はいたってそう言った事にも全く気が付かない男なのである。
だから、よけいに憎めない男でも有るのだが...
しかし、田中美雪は、その鮎川の言葉にすかさず反応を見せた。
「わたしは、彼氏はいますけど、そうそう毎日は会いませんしね。次長が、お独りになられたのなら、私も、恭子先輩みたいに彼氏と別れようかな...」
そう言うと、田中美雪は、けらけら笑い転げていた。
その話を聞いて、鮎川は、どう反応してよいのか困っていると、恭子が鮎川より先に反応した。
「美雪、なにを言っているのよ...もう、別れて5年にもなるから、次長の離婚とは関係ないでしょう?!...」
そう言う恭子の顔は、少し怖く真顔で田中美雪を睨んでいるようにも感じられた。
「冗談ですよ、先輩...でも、お二人ともフリーなんですから、お付き合いしても良いのではないですか?...お似合いだと思いますよ。」
そう田中美雪が言うと、恭子も鮎川も一時返答に困り言葉が詰まった。
「いやいや、おれは、まだ離婚したばかりだし、そう言うことは全く考えていないよ。それに井上さんとは、一回りも離れている訳だし、おれなんか対称にもならないだろう!...そんな話をしたら井上さんに失礼だと思うよ、田中さん。」
そう、鮎川が言うと、恭子は未だ真顔のままだった。
三人の間で少し重苦しい空気が流れてしまい、どうしようかと考えたいとき、それを変えてくれたのは、恭子であった。
「次長、寝室はカーペットですけど、リビングはフローリングですよね。ソファーの周りだけでもカーペットにしてみたら、どうですかね?...冬場は足元が冷えると思いますし...」
鮎川は、話を変えてくれて助かったと思った。
「そうだね、それには気付かなかったよ。それも家具センターで買っておけば良かったね。」
そう言うと、田中美雪が続けて話した。
「じゃ、通販サイトで買ったらどうですか?...わたしは、何でもネット通販で買いますよ。次長、パソコン出してもらえますか?」
恭子も、大きくうなずき、続けて話した。
「そうね、じゃ...次長、私達が選んであげますから、PCだしてください。」
恭子もさっきの話のことは忘れているようで、満面の笑みで話してきた。
鮎川は、二人にそう言われては抵抗する事もできなく、ノートPCを持ってきて電源を立ち上げ、二人の前の真新しいリビングテーブルの上に置いた。
なにやら、女性二人して、あれやこれやと通販サイトで物色しているようである。
鮎川は、それを眺めつつ時計に目をやると、もうお昼の時間を回っている事に気が付いた。
「二人とも、お昼はどうする?...コンビニで何か買ってこようか?」
二人ともそれに対しては頷いた。
「じゃ、買いに言ってくるけど、どんなお弁当が良いかな?」
「私が、一緒に行きますよ。美雪はサイトで選んでいてね。」
恭子が、そう言うと、田中美雪は頷いて、通販サイトを観ているようだった。
恭子は、鮎川の後に続いて部屋を出ると、先日の家具センターの時と同じように、鮎川の腕に自分の腕を絡ませて、楽しそうに鮎川と買い物に行くのであった。
先日とで2回目ではあったが、恭子のこのような行動は、40過ぎのまだ傷の癒えきらないバツイチ男には、複雑な気持ちでもあったのだった。