食べくらべのご褒美
鮎川と女性たち5人は、5時過ぎくらいには鮎川の部屋へと戻ってきていた。
女性たちは、会食の準備をする為、それぞれ手分けして、テーブルのセッティングをする者と、皆が持ち寄った料理を恭子と田中美雪とで選んできた皿に盛り付けする者に分かれて準備をしていた。
鮎川は、前日に注文しておいた寿司がその頃に届けられたので、玄関先で対応をして寿司の受け取りと料金の支払いの対応をしていた。
鮎川が、リビングに戻ると、テーブルの上には、皿に盛り付けられた料理が並べられており、もう、準備を整えた女性たちは、座って話しながら、鮎川が来るのを待っている状態だった。
飲み物も、既にそれぞれの手元に置かれており、後は鮎川が座るだけの状態のようだった。
鮎川は、届けられた寿司をダイニングテーブルの上にとりあえず置くと、この日は恭子と恵里子に挟まれるようにして、キッチンに背を向ける形で席に座らされた。
ここでも、場を仕切るのは恭子のようだ。
恭子はこの5人のグループのリーダー格であるのらしい。
「じゃ、本部長も来ましたので、乾杯にしましょう。それでは、晴天にも恵まれた三社祭り見物も、若干無事でない秀美ちゃんも居ましたけど、皆、楽しめましたよね!...では、乾杯!」
「乾杯...」
鮎川は、斉藤秀美を背負って来て、汗もだいぶかいていたためなのか、グラスに注がれたビールをごくりと一気に飲み干してしまった。
それを隣で見ていた井上恭子が、鮎川のグラスへとビールを注いでくれた。
「本部長、お疲れ様でした。秀美ちゃんを背負ってこられたから、だいぶ汗をかいたのではないですか。お注ぎしますね...」
「ああ、ありがとう...井上さん」
恭子からグラスにビールを注がれていると、今度は、反対側に座る高橋恵里子が、鮎川に話しかけてきた。
「本部長、お料理もお食べになってくださいね。お取りしますので、どれがよろしいですか?」
「そうだね、じゃ、そのエビチリを頂こうかな。」
「あっ、このエビチリは、私が作ってきた物なのですよ。お口に合うかどうかわかりませんけど...」
恵里子は、嬉しそうなはにかむような微笑を見せて、鮎川の取り皿を手に取ると、浴衣の袖が汚れることのないように捲くり上げ、蓮華で少しづつ取り皿へと料理をよそっていった。
おそらくは、これが恵里子の育ちの良さなのだろう。
些細な事だが、恵理子のそんな仕草には、優雅ささえ感じられた。
鮎川は、そんな仕草ひとつとっても、恵里子の女性的な優雅な所作に感じ入っていたのであった。
鮎川は、そんな恵里子の手先の仕草にも見とれてしまっていたのだ。
「はい、本部長...お召し上がりになってくださいね。」
「ありがとう、高橋さん...」
鮎川は、恵里子の作ってきたという、えびチリに箸をつけてみた。
口にしてみると、驚くほどに絶品の味でもあった。
「高橋さん、物凄く美味しいです。中華料理店でもなかなかここまで美味しいエビチリは食べた事ないですよ。」
鮎川がそう話すと、恵里子はまたはにかむような笑顔で答えた。
「ありがとうございます...本部長のお口に合うか不安だったのですけど、喜んでいただけたのなら、私も嬉しいです。お料理だけは、子供の頃から作るのが大好きなんです。」
(いえいえ、お料理だけではないでしょう...料理もこれだけ完璧すぎると、非の打ち所がないと思いますよ...おれは!)
「こんな美味しい料理を毎日食べられる、高橋さんの旦那さんは幸せですね!...」
「...」
鮎川がそう言うと、恵里子は下を向いて、それには返事が無かった。
鮎川も、そんな恵里子の仕草に、一瞬だけ違和感を覚えたが、そこに、斉藤秀美が割って話をしてきたので、特には気にもしないで、斉藤秀美の話を聞いてしまったのだ。
「じゃ、本部長、どの料理を誰が作ってきたのかを、当ててみてください。それで、どの料理が美味しいかを食べ比べてみてくださいね!」
(またそう言う事を言って、おまえはおれの反応を見て面白がっているんだろう?...斉藤秀美!)
鮎川が少し黙っていると、恭子と山崎弥生が続けて鮎川に言って来た。
「じゃ、本部長が当てることができたら、当てられた人から、何か景品をあげるなんてどうかしら?...」
「あっ、それいいですよね...じゃ、本部長が、当てたらその料理を作ってきた人から、本部長の頬にキスしてあげるなんてどうかしらね!」
恭子と弥生のその言葉に、鮎川が戸惑っていると、また今度は田中美雪までもが、とんでもない事を言い出してきた。
「じゃ、逆に本部長が、当てられなかった人には、本部長はその人の言うことを一度だけ何でも聞くなんていうのはどうですか?」
(田中さんまで、そんな事を言わないでくれよ...それじゃ、どっちに転んでも、おれが困るだけじゃないの?...)
鮎川が、困り果てているのを余所に、恵里子以外の女性たちは、おおいに盛り上がり笑い転げていた。
恭子は、そんな鮎川を見て、更に言ってきた。
「本部長、腹を決めて答えてくださいね!...お答えしてくれないと、棄権したとみなしますよ!...そうしたら、私達全員のいう事を聞いてもらいますからね!」
恭子が、そう話すと恵里子以外の4人の女性たちは、鮎川の顔を覗き込んで不敵な笑みを見せていたのだ。
(答えるも地獄...答えないともっと地獄が待っていそうだな...しかたがない...ならば、答えるしかあるまい...)
そう考えた鮎川は、料理を見渡して、考える事にして行くのだった。
(まず、もう一皿の、牛肉とピーマンが入っている中華風の炒め物は、さっきのエビチリからして高橋さんで間違いないだろう?...あとは、ポテトサラダとマカロニサラダ、それにイタリアンっぽい惣菜は出来合いのものみたいだから田中さんと斉藤和美が買って来たものなのだろう!...問題なのは、あと4品、揚げ物と和惣菜の煮物が井上さんと山崎さんのどちらかという感じだろうな?)
そう考えをまとめると、意を決して鮎川は、女性たちへと答える事にして行った。
「じゃ、答えていくね...まず、サラダ類とイタリアン惣菜っぽいものは、田中さんと斉藤さんの2人のどちらかでしょう?...違うかな?」
鮎川がそう言うと、田中美雪が答えてきた。
「当たってます...どうして、わかったのですか?...」
「深い意味は無いけど、何となくだけど、サラダ類とイタリアン惣菜は年少組みの田中さんと斉藤さんではないかと思ったんだよね。」
(まさか、出来合いのものを買ってきて、作ってきたものではないからとは言えんしな...)
鮎川がそう言うと、今度は、斉藤秀美が話してきた。
「本部長、なかなか鋭いですね!...さすがに仕事ができる男は違いますね...じゃ、私と美雪はそれで当たりという事にしてあげますよ!...後で、美雪と2人して両方からほっぺにチュウしてあげますね...」
斉藤秀美はそう言うとげらげらをまた人を食うように笑い転げていた。
(くそ、まあ、しかたがない...こいつに言う事をきかされるなんて、何をさせられるか、わかったものではないからな!...斉藤秀美め!)
鮎川は、心の中でそんな事を考えながら、また答えていった。
「あと、このピーマンと牛肉の入っている炒め物は、高橋さんだよね?...さっきのエビチリがヒントになったからそう思ったのだけど、違うかな?」
鮎川が、恵里子を見てそう話すと、恵里子も答えてきた。
「はい、そうです。さっき、私から本部長にヒントを教えちゃいましたからね...」
恵里子はそう言うと、恥ずかしそうに下向いて微笑んでいた。
あと残すは、恭子と弥生の二人の料理がどちらかという事になったのだった。
「すごいですね、本部長!...このまま、パーフェクトで当てられてしまいそうですね。」
「残すは、私と恭子さんだけですよ。当ててくださいね!」
鮎川は、それぞれの料理と恭子と弥生の顔を見比べていた。
当たり前だが、顔を見てわかるはずも無い。鮎川は、意を決して二人に答えて行った。
「ぜんぜんわからないから、勘で答えるけど、揚げ物は井上さんで、筑前煮と肉じゃがは山崎さんかな?...どう?、違うかな?...」
鮎川がそう答えると、恵里子以外の4人は、嬉しそうに含み笑いをして鮎川の顔を見ていた。
そして、恭子がそれに答えてきたのだった。
「本部長、残念でしたね...はずれです。その逆ですからね。」
そう言うと、恭子は、もう既に何かを企んでいるように笑っていた。
恭子に続いて、弥生も笑いながら楽しそうに話してきたのだった。
「じゃ、本部長?...私のいう事を聞いてもらいますからね!...覚悟していてくださいね。」
恭子も弥生も何を企んでいるのか楽しそうに二人で耳打ちをしながら話していた。
鮎川は、そんな二人を見て、困った事になったと思いながら、ビールをぐっと一口飲んで、ため息を吐いたのだった。
わいわいと楽しそうに話している女性を眺め、鮎川は、注文しておいた寿司をダイニングテーブルから持って来て、女性たちに振舞っていった。
鮎川は、ビールを飲みながら料理に箸を付けつつ、たまに女性たちの会話に入ったりしていると、田中美雪が思い出すように鮎川へと話してきた。
「それじゃ、さっきの景品の贈呈していきましょうか!...秀美行くわよ!」
田中美雪はそう言うと、鮎川の元に斉藤秀美と一緒に来たのだった。
2人は、鮎川を挟むようにひざをついて座ると、田中美雪の合図とともに、鮎川の両頬にキスをしてきた。
2人がキスを終えると、斉藤秀美が鮎川に話してきたの。
「どうですか?、本部長...私達2人では、うれしくありませんか?...でも、あと、恵里子さんのキスが残っていますから、そっちのほうが嬉しいですかね?」
(また、おまえはなんて事を言うんだ!...おれが、そんなことを答えられるわけが無いだろうが!...斉藤秀美!)
鮎川は、そんな事を頭の中で考えながら困っていたのだが、ふと、恵里子のほうに目をやってみると、恵里子もまた困った顔をして下を向いていたのだが、鮎川が見ていることがわかると、薄っすらと笑みを浮かべて、そんな鮎川に向かって話してきたのだった。
「本部長?、今日は私も凄く楽しかったですし、私のお料理を当ててくれたのですから、私からもご褒美を差し上げますね...」
そう言うと、恵里子は少しだけ腰を上げて、自分の顔を鮎川の顔に近づけるようにして鮎川の右の頬に軽いタッチのキスをしてくれたのだった。
恵里子は鮎川の頬にキスをすると、また恥ずかしそうに下を向いてはにかむように微笑んでいた。
鮎川自身も、そんなティーンエイジャーのようなキスともいえない恵里子の軽いタッチのキスは、40過ぎの中年男であっても、身体の芯にまで響き渡るもので衝撃的なキスにも感じた。
確かに、鮎川は、若い頃から女性にももてたし、女性経験は少ない訳ではなかった。
しかし、結婚しているとはいえ、恵里子のような優雅で可憐な雰囲気を持った女性は、鮎川の周りにも今まで居なかったタイプの女性でもあったのだ。
そんな女性から、頬とはいえどもキスをされたのである。
鮎川は、どのくらいの時間かはわからないが、放心してしまっていたようだった。
ふと、正面を見ると斉藤秀美のまた悪そうに笑う顔を見て、正気を取り戻すように我に帰っていったのだった。
(何も言うんではないぞ...お前の言いたい事は判っているからな!...斉藤秀美!)
恭子と弥生は、鮎川を冷やかすように笑って話してきたが、鮎川の耳には入ってはこなかった。
笑って答えてはいたようだが、ビールを飲み、料理に箸を付けて、まるで外から別の自分が見ているかのように、しばらくの間は、鮎川は女性たちと話していったのだった。
鮎川と5人の女性たちとの談笑は、その後も続けられていった。
だいぶ時間が過ぎていった頃に、恵里子のスマートフォンの消音しているであろうバイブ音が何度もしきりに鳴っている事に、鮎川自身も気が付いていた。
その都度、談笑している恵里子の顔もスマートフォンを確認するたびに、幾分曇ってきているようにも感じていたのだ。
しかし、恵里子もスマートフォンを確認した後は、何も言わずに女性たちと楽しそうに談笑していたので、鮎川の気のせいとも考えて、恵里子へは何も聞かないでいたのだった。
7時少し前だろうか?恵里子は、バイブ音でスマートフォンを確認すると、席を立ち、リビングを出て廊下のほうへ行くと、険しそうな顔を少しして、電話をしていたのであった。




