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チャットルーム  作者: 橋之下野良
3/33

気心の知れた友

 その日、仕事を終えた鮎川は地下鉄を乗り継いで、銀座へと向かっていた。

特に、忙しい時期でもないし、週の半ばであったので6時半過ぎには職場を出る事ができたのだ。

この時期になるとその時間でもまだ薄っすら明るい。

結婚して以来、何の気兼ねも無く夜の繁華街へ行くのは何年ぶりかとも考えたりして、学生時代の友人と待ち合わせをしている、中央通のとあるビルの創作日本料理の店へと急いでいた。


 ビルのエレベーターで店のフロアに着くと、そのフロア全体が店舗となっていた。

少し薄暗い間接照明で雰囲気を演出した店内はモダンな和風の洒落た造りで、客席もプライバシーを守るかのようにひとつひとつが個室に近い造りになっていた。


(こういう店は、女性との会食には良い店なのだろうな...)


そう思いながら、女性店員へ予約している友人の名前を言うと、席に案内されて行った。もう既に、友人二人は来ていて、ビールを飲み始めているようだ。


 佐野良介と栗橋力は、学生時代からの友人で、40歳を過ぎた今も付き合いを続けている親友であった。

この二人に、離婚届の保証人の記入をお願いし、今日はその礼を兼ねた酒宴の席でもあったのだ。


「よう、先に着いていたみたいだな...じゃ、おれも取り合えずビールも貰おうか。」


「かしこまりました。」


そう言うと、女性店員は席を後にして行った。


「料理は、適当にもう頼んでおいたから、お前のビールが来たら改めて乾杯しようや。」


そう、佐野良介が言うと、続けて、


「そうだな、積もる話も有るだろうけど、取敢えずは乾杯からだな。」


そう、栗橋力も話した。


「お待たせしました、ご注文の生ビールと、お通しです。」


店員が去ると、栗橋が言う。


「それで何に乾杯する?」


「そうだな...祥吾の離婚祝い?...独りやもめの門出祝いか?」


佐野が、そう言うと三人供に笑った。


「乾杯~!」


三人揃って、ビールを飲むと、陽気に手を叩いて、落ち着いた店内なので控えめに奇声を上げて、ハイタッチをして笑いあった。

この辺が中年になっても、未だに学生の頃に戻ったような3人でもあった。


「それで、啓子ちゃんと何があったのよ?...お前ら大恋愛だったし、離婚なんて全く考えもしなかったのにな...正直、離婚届をお前が持って来た時は、驚いたし、信じられなかったよ。」


そう、栗橋が言うと、続けて佐野が言う。


「そうなんだよな~、まあ、結婚してから啓子ちゃんの束縛が厳しいとかで、おれなんかとの付き合いも、あまり無くなっていたし、その辺からなのかな?どうなんだ?」


鮎川は、一口だけビールを口にすると、明るく呟くように答えた。


「確かに、その辺の事は、何年も前からおれの中でも思うところがあって、あまり悩むことなく離婚できたと思うよ。でも、それが直接の理由ではないと思うんだよね。」


そう話すと、鮎川はビールを飲み、料理を摘みながら、離婚した経緯を淡々と語って行ったのだ。

一通りの話を聞き終えた二人は少し驚いていた。


「お前、置き手紙見ただけで啓子ちゃんと直接会って話もしないで、離婚したのか!...普通じゃないだろ、なあ、良介...」


「そうだよな...少なくとも、話し合った上で、その後で離婚届は出すんじゃないのかな?」


二人が言う事も、もっともな言い分であると鮎川は思ってもいた。


 しかし、なぜ、それを受け入れたかについても、今までの結婚生活の出来事なども含めてポツリポツリと語っていった。


「なるほどなあ、そういう感じだと、男としては正直きついよな...家庭も大事だけど、仕事の付き合いとかに全く理解しないような妻だと、下手をすると仕事にも支障を来たし兼ねないからな...」


「力の言う通りだけど、啓子ちゃんが本当に浮気をしたのか?...おれは、そっちのほうも信じられないよ!...お前はそれを確認しないで離婚しても良い訳なのか?」


これもまた、もっともな意見であった。

しかし、それに対しても、鮎川の考えを淡々と語るしかなかった。


「そうか、お前がそう考えて、離婚を了承したのなら、おれ達がとやかく言えることではないからな。でも、あれだけラブラブだった啓子ちゃんがねえ...こう、話を聞いてもまだ信じられないよ。」


「おれも、良介と同じように思うけど、祥吾がもう、そう決めて離婚したのだから、おれは、お前の事を応援するよ。また、こうして飲める訳だしな。お前、むかつくくらいに昔から女にもてたから、また、いい女はすぐに見つかると思うしな!」


「そうだよ、祥吾!おれ達は、若い頃、お前のおかげで何度涙を流した事か...力、お前は何回だ?、おれより泣いた回数は多いだろ!(笑)」


そう話すと、三人揃って笑い合った。


 その後は、学生の頃や、独身時代の女性関係の話で延々と男同士で笑い合い、久しぶりの楽しい時間を過ごしていた。

 だいぶ酔いも回ってきた頃に、佐野が話を戻すように、離婚の事をまた聞いてきた。


「まあ、離婚したのはわかったけど、現実的な離婚の事務的な処理はしっかりとして置けよ。直接話さないにしても、ローンとか保険関係なんかの資産とかしっかりやらないといけないと思うからな。その辺はどうなんだ?」


佐野が言う事は、理解できる。鮎川自身もその事がすべて終わらない限り、本当の意味で決別したとは考えてもいなかった。


「そうなんだよ、自宅は上モノのローンが、おれの名義で普通車1台分ぐらいが残っている程度だけど、そういった面倒な事もあるのは事実なんだよ。あとは、共同名義の預金なんかは、法的にどうするのかを話し合わなければならないからな。あとは、保険の類だろうけど、全部、弁護士に任せようとは思ってはいるんだよ。実際に、もう、頼んでもいるしな...」


そう、鮎川が話すと、佐野は納得したように頷いた。


「そうか、その辺は、祥吾は昔から抜かりはないから平気そうだな。」


そう、佐野が言うと、栗橋は続くように話した。


「弁護士に頼んでいるなら、浮気の事も調べて、啓子ちゃんとその男に制裁してもいいのではないのか。その辺はどうなんだ?」


栗橋の言う事ももっともなのだが、鮎川は、それについても答えた。


「まあ、その辺の事は、ブラフとして使っていこうと弁護士には話しているよ。共有資産と自宅のローンとを併せてね。実際にあの家を建てたのは、おれな訳だし、義両親を含めて買い取らせようとは思っているしね。共有の預金なんかは放棄させて、自分のものにできる方向で、弁護士には話を進めてもらうつもりではいるんだよ。」


「そうか、抜かりはなさそうだな...」


更に、鮎川は続けた話した。


「まあ、こっちが浮気を知っていると思わせて行って、啓子と男に対して慰謝料請求をする事も辞さないとそういう感じのスタンスなんだよ。それで自宅と買い取らせる形と預金は啓子には渡さなければ、おれとしては、慰謝料とかで延々と揉めるよりは、充分に得をすると思うからね。」


そう、鮎川が話すと、佐野と栗橋は、「なるほど...」と、大きく頷いた。


「まあそうだな、そうなったら、お前、結構金持ちになるんではないのか!」


そう言うと、ケラケラと佐野は笑ったが、鮎川はそれに答えた。


「ばかか、お前は!もともと自宅にしてもおれが頭金とローンを組んで建てたんだぞ。それに預金にしてもおれの給与から毎月貯めていた物なんだよ。だから全部おれが払ってきたようなものなんだから、元々は、おれの給料から出ているものなんだよ。それをわざわざと、男を作って離婚した元妻にくれてやる必要なんて何処にあるんだよ。そういうことだ。」


そう言うと、鮎川は、途中から頼んだハイボールをぐっと飲んで喉を潤していった。


「まあ、もっとも、その男が何処の誰なのかは、知るのも面倒だし、調べる気力もないのも確かなんだがな。だから、ブラフ程度の武器に使えるだけで充分なんだよ。」


「そうだな...おれも祥吾の立場なら同じように考えたと思うよ。でも、おれと良介は子供も居るから、いざ、祥吾みたいには簡単に決断はできないと思うけど、そういった意味では、祥吾のところは子供が居なかった事が幸いしたのかな。」


「おれも、力と同じ意見だな。おれも、祥吾の立場になったら、まず子供の事を考えてしまうから、かなりの期間悩むと思うしな...」


そう話すと、佐野も栗橋も少し黙り込んだ。


鮎川は、それを見て続けて話していった。


「そうだな、子供が居なかった事は確かに大きいと思うよ。子供が居たら、おれでももう少しは足掻いてはいたと思うよ。でも、おれにも離れたくはない愛犬のあずきちゃんが居たんだぞ。おれがどれだけあずきちゃんと離れる事が悲しかったか、お前らわからないだろ。」


それを聞いて、佐野が言ってきた。


「なら、弁護士に頼んで、そのあずきちゃんて言う犬の親権を争ったらどうだ。」


「あっ、それいいかも...あとで弁護士に頼んでおくわ!」


そう鮎川が言うと、三人とも顔を合わせて爆笑して手を叩いて笑いあった。


「じゃ、そろそろ、今日はお開きにするか。明日もお互い仕事だしな。」


そう栗橋が言うので、時計を見てみると9時半をもう既に回って10時近くになろうとしていた。


「そうだな、今日は祥吾の奢りだから、お姉さんの居る店にでも行きたいけど、またそれは、次回という事で...」


そう言って、佐野は笑いなおも続けて言った。


「今度は、お姉さんの居る店を奢れよ。祥吾」


「馬鹿言うな、奢るのは今日だけだぞ。次は割り勘だからな。それに、おれはいいけど、お前ら妻子持ちが、そういう店に行ってはいかんだろう...おれ、チクるよ、お前らの奥さんに」


そんな馬鹿な話をしながら、店員を呼んで会計をして貰い、三人揃って店を出る事にした。


 エレベーターで降りて、ビルの外に出ると、平日にもかかわらず、そこは銀座の中心街とあってか、この時間になっても、おそらくは飲食をしていたのであろう幅広い年代の男女が街にあふれていた。

3丁目の交差点まで行くと、佐野と栗橋の2人はJRで帰るので有楽町駅へ向かう為に、地下鉄で帰る鮎川とはそこで別れる事にした。


「またな...いろいろまだ大変だろうけど、がんばれよ。また、時々は会おうぜ。」


「そうだな、おれ達も連絡するから、お前も、連絡してくれよな。」


「おう、お前らくらいしか、こうして、いろいろ話せる相手もいないからな。また時々は、飲みに行こうぜ。じゃあな。」


そう三人それぞれが言うと、友人二人は、交差点を歩いて行き、鮎川はその後ろ姿を見届けるようにして、自身も地下鉄の階段を降りて行った。

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