出掛ける前の気鬱
休日の朝だというのに、高橋恵理子の起床は午前6時半過ぎと、平日の仕事へ出勤する時とさほど変わらなかった。
起きると部屋着に着替え、洗面所で顔を洗い、洗濯機を廻すと部屋の簡単な掃除をして、慌しくキッチンへと向かった。
恵理子は、料理は得意だった。幼少の頃から、二人姉妹の姉と供に母親の料理の手伝いをしていたせいもあるが、元々、料理を作ることが好きな、家庭的な女性でもあったのだろう。
そんな恵理子であるから、大人になると料理学校にも通って、更に、料理の腕を磨く程でもあったのだ。
特に、大好きな父親を喜ばせたいと思ったいた恵理子は、父親の好きな中華料理の腕前は、中華料理店で出せるほど本格的なものまで、作れるほどの腕前だったのだ。
恵理子は、前日に買っておいた食材を冷蔵庫から取り出すと下ごしらえを始めていった。
野菜をまな板の上でリズミカルに切って行き手際よく下ごしらえをして行く。
最初に、チンジャオロースーを作り、そして、エビチリが完成すると、用意しておいた大き目のタッパー容器に移し替えて、その一部を夫の昼食と夕食用にと皿にも盛り付けるのだった。
時間を見てみると午前8時半を既に廻っていた。
恵理子は、急いで浴室へ行きシャワーを浴びて、出掛ける支度をしはじめていった。
恵理子が、出掛ける準備をしていた9時半過ぎに、夫の博之はようやく起床してきたのだった。
「おはよう...恵理子...」
「あなた、おはようございます。」
「もう出掛けるのか?...早くないか?」
「途中で、弥生ちゃんと待ち合わせをして、それから行きますので...本部長のお宅には、お昼過ぎにはお邪魔するとお話していますので、ちょうど良いと思います。」
「そうなのか?...」
「昼食と夕食の準備はしてありますので、それで適当に食べてくださいね...」
「夕食の準備って...恵里子そんなに遅くなるんか?...」
「そう言う訳では、ありませんけど、一応作っておきましたから...」
「あまり遅くはなるんじゃないぞ!...いくら女性が5人居るからと言っても、一日中と云うのは非常識なのではないか?」
「本部長は、私の新しい上司でもありますし、皆が本部長のお宅を訪問するというのに、私だけが行かない訳にもいかないのですよ...大丈夫ですから心配しないでください。」
「まあ、解ったけど...あまり遅いようなら、迎えに行くからな...」
「...」
夫の博之の話は、恵里子にとっては、出かける前の楽しい気分に水を注されたように感じた。
こうして、いつも恵里子が出掛けていく時には、夫の博之は恵里子にいろいろと、一言二言、小言を言わなければ気が済まないのであったのだ。
それが恵里子にとっても、不愉快に感じることでも、恵里子はいつも黙って、夫の話すことを聞いているだけだった。
この日も、恵里子は、出掛ける支度をしながら、何も言わずに夫の話を黙って聞いていた。
支度が一通り整うと、作った料理の入るタッパー容器を紙袋に入れ、大き目のカバンを持って、出掛けることにした。
「あなた、それでは行ってきますね...」
「...」
今度は、夫の博之のほうが、返事がなかった。
いつもの事だが、妻の恵里子の休日の外出の際には、あからさまに不快な様子を、夫の博之は妻の恵里子に示すのだ。
結婚四年経った今では、妻の恵里子も、そんな夫の態度が、嫌でしかたがなかったのだった。
恵里子は、そんな夫を尻目にしつつ、両手に荷物を抱えて、玄関扉を開くと、自宅を後にして出掛けて行った。
恵里子は、電車に乗っていた。弥生と待ち合わせをしている駅へと向かったいたのだ。
夫の博之の出掛ける前の態度を気に病み、恵里子も少し沈んだ気分だった。
(うちの旦那は、なんで気分よく送り出してくれないのだろう?...これでは、せっかくの楽しい気分が台無しだわ...)
そんな事を、恵里子は電車の中でひたすら考えていた。
駅に着くと、弥生は既に待ち合わせ場所に居て、恵里子は手を振る弥生の元へと笑顔で駆け寄って行った。
(もう、今日は、旦那の事は忘れて、一日楽しんで行こう...)
恵里子は、そう考え直して、気分を新たにして祭りを楽しむ事に、気持ちを切り替えるのだった。
弥生と合流した恵里子は、持ち寄ってきた料理の話などをして、弥生と二人談笑をしながら、恭子たちと待ち合わせる駅へと向かうために、銀座線のホームへと消えて行った。