持ち合い料理相談
鮎川は、本部長就任後のこの一週間慌しく過ごしていたが、気が付けば週末の金曜になっていた。
鮎川自身もデスクを透明に仕切られた個室の本部長室へと移した。そして、すぐ脇の部屋には恭子と恵理子のデスクが向かい合うように配置されて、鮎川の秘書として、忙しそうに既に働き始めている。
今までの本部次長職と決定的に違う事は、恵理子か恭子に一度話を通さないと、部下達でも急な用件では、鮎川には話すことが出来なくなったしまったのだ。
この辺の事でも、鮎川自身も部下達とひとつの壁ができてしまったようにも感じていた。
そうは言っても、これが現実であるのだから、徐々に慣れていくしかないのである。
正午前に、恭子と恵理子の二人が、鮎川のデスクに書類を持ってやってきた。
一通り目を通して、捺印して渡すと、恭子が鮎川に話しかけてきた。
「鮎川本部長、明日は予定通りにお邪魔しますので、よろしくお願いしますね。」
(明日って、もう土曜日か...そうか、女性たちが来る日だったな...)
「そうだったね、おれのほうで何か用意しておく事はあるかな?」
「特には有りませんけど、お部屋のほうは、散らかってはいませんか?」
恭子は、そう言うとクスクスと笑って鮎川の顔を覗き込んでいた。
鮎川は、ちょっとムッとしたが、平素を装いつつ淡々とした口調で話した。
「散らかすほどのものも置いていないから大丈夫ですよ、井上さん。」
「そうですか?、まあ、散らかっていても私達でお掃除しますから、大丈夫ですけどね...どうせなら、次長の汚れ物のお洗濯もしてあげましょうか?、ねえ、恵理子さん?」
「そうですね、せっかく、女性が5人も行くんですからね...」
恭子は、鮎川をからかったつもりなのだろう。ちょっと悪戯っぽく笑った。
そんな恭子を見て、恵理子も同じように笑いながら言ってきたのだ。
「お昼ごろには、お邪魔しますから、よろしくお願いしますね。料理は、みんなで持ち寄りますから楽しみにしていてくださいね。」
恭子がそう言うと、恵理子と二人して笑いながら鮎川のデスクのある部屋を出て行った。
お昼になると、恭子と恵理子は会社近くの洋食レストランへと、向かっていた。
山崎弥生と田中美雪と斉藤秀美と待ち合わせをしていたのだ。
まだ、誰も着ていなかったので、5人分のランチ定食を頼んで待っていると、すぐに3人もやって来た。
恭子が執り仕切るよう、全員が集まると話し始めていった。
「じゃ、先日、話して決めたように、私は、筑前煮と肉じゃがの和惣菜を二品持っていくわね...」
恭子がそう言うと、恵理子が続けてはなした。
「わたしは、中華系のチンジャオロウスウとエビチリを作って持って行きます。」
更に、山崎やよいが言う。
「私は、予定通り、揚げ物を揚げて行くわ。から揚げとエビフライ・カキフライとかね...」
そこで、また恭子から、田中美雪と斉藤秀美に話しを振って言った。
「美雪と秀美ちゃんは、スーパーの惣菜コーナーでサラダ関係を買ってくれば良いからね...期待してもかわいそうだから!」
恭子は笑いながらそう言うと、恵理子と弥生も釣られて笑っていた。
田中美雪と斉藤秀美は、口を尖らせてむくれていたが、事実、この二人は料理とは無縁であった為、何もいえなかったようだ。
「悔しいですけど、何もいえないです...私は、ポテトサラダとマカロニサラダとか買っていくから、秀美はイタリアン惣菜を買ってきてね...」
「美雪、ずるい...私がそっち買ってくるから、美雪がイタリアン惣菜買ってきてよ!」
田中美雪と斉藤秀美がそう話すと、女性達笑い合っていた。
そんな話をしながら、もう気分はすっかり、明日の三社祭へと行っているように、5人で楽しいランチ休憩を過ごしていたのだった。