監視
「あなた、行って来ます...」
妻はそう言うと、美容院へと出掛けていった。
男は、妻が出掛けたの見送ると、玄関扉をチェーンロックし急いで納戸に向かった。収納扉を開けると、邪魔な荷物を退けて中に入り、天井裏の点検扉を開けた。
開けると、そこには個人宅には似つかわしくない電子機器が置かれている。
男は、電子機器を操作して、中からSDカードを取り出し、持っているもう一枚のSD カードと差し替え入れる。
機材を操作してセットすると、点検扉を閉めて荷物を元通りに戻して収納扉を閉め、玄関扉のチェーンロックを外して、リビングへと向かって行った。
リビングに戻ると、男はノートPCを出し電源を入れて起動させる。
PCが起動すると、屋根裏の機材から取り出したSDカードをPCに差し込むのだった。
PCスクリーン上のカーソルを移動させ操作すると、スクリーン上に画像が映し出されてきた。
スクリーン上に映し出された画像は、4分割されて映される男の自宅マンションの部屋の中の画像だった。
そう、男は、自宅のリビングと寝室の2箇所づつに超小型のピンホールカメラを、妻には気付かれない場所にセットしていた。
男は、平日の妻の帰宅時間の数時間と週末にそれぞれ時間を設定して画像を記録して、盗撮をしていたのだ。
男はなぜこんな事をしているのだろうか?
そう、男は自分の妻を監視する為に盗撮をしていたのだ。
話は、男とその妻の馴れ初めまでさかのぼる。
男の妻は、比較的裕福な家庭に生まれ、都内有数の名門女子大学の付属校に小学生の頃から通い、小・中・高そして大学と女子のみの環境で育ってきた筋金入りのお嬢様育ちだった。
一方、男の方は、西日本出身で一浪して、名門国立大学に入学し、上京してきたのである。
二人の出会いは、妻が高校3年で男が大学3年の時に、ある児童ボランティアの会合に参加したときが最初の出会いだった。
男の妻は、高校のボランティアグループとして参加していたのだが、男は、その妻の姿を見て、一目見たその時から心を奪われてしまった。
しかし、妻は、まだ高校生であるとともに、生まれ育った環境と女子一貫校で学んできたという環境から男性に対しての免疫も気薄で、しかも元来のおとなしく人見知りをする性格から、その男はもちろん他の男性との個人的な接触は、不可能に思えるほどだった。
そこからの男の行動は、ボランティアに参加して、妻に自分を覚えてもらうようにと、その都度努めていった。
それと同時に、妻の学校・自宅・交友関係など独自に調べ上げ、妻との接触をする機会を長期間に渡って、模索し続けたのだ。
転機が訪れたのは、男が大学4年になり、就職も大手金融機関に内定してからの夏ごろの事だった。その時、妻は名門女子大の1年になっていた。
男は、あと少しで大学を卒業してしまい、このままでは、妻とのボランティア活動を通じての公の繋がりも無くなってしまう事を懸念して、一か八かの賭けに出てみたのだ。
その時、男が考えた事とは、そのボランティアに参加している妻に対し、男が仕組んだ別の男性と共謀して、男性に免疫のない妻を口説かせようと考えたのだ。
男の考えでは、妻は拒否反応を示すだろうと考え、口説こうとしている別の男性から、その嫌がる妻を男が守るような形にできれば、自然な形で妻と個人的な接近ができるのではないかと考えたのだ。
男は、その計画に協力してくれる男性をネットを通して探した。
幸いにも金を払えば協力してくれる男性はすぐに見付かり、綿密に計画を練っていった。
そして、計画は実行されて見事に成功し、妻との個人的な交遊ができるようになったのだった。
当初は、メールで話をする程度だったが、徐々に会って話すことも出来るようになり、一年後には交際を申し込むまでに発展させることができたのだ。
妻が大学を卒業して一年すると、結婚を申し込み、妻の父親の反対は有ったが4年前に念願かなって、妻と結婚をすることができたのだ。
しかし、そんな歪んだ愛情の男だから、結婚してみると妻に対する執着は異常なほどでも有った。
妻の行動は、全て把握していないと気が済まないのだ。
その表れのひとつが、妻に対する自宅内の盗撮であった。
そして、結婚数年経てば、妻とて男のそんな異常なまでの締め付けられる束縛には、さすがに疑問を感じてきたのだろう。
男が締め付けを強めれば強めるほどに、妻の男への愛情は逆に醒めてしまって行ったのである。
そんな男は、妻の愛情を取り戻すべく、妻と交友する切欠を作ったあの時の、男が仕組んだ計画をもう一度、計画して実行しようと考えていたのだ。
そんな歪んだ愛情を持った夫が、妻の行動を確認しようと、自宅盗撮画像データを見ているのである。
男は、ノートPCに映し出される、妻の盗撮画像を丹念に見ていた。
しばらく見ていると、妻がノートPCを取り出し、キーボードに打ち込んで何かをしきりにやっている映像が映し出されてきた。
その不可解な行動に、男自身も思い当たるものが有ったのだ。
そう、チャットルームだ。
男が、食い入るように見ていると、妻から帰宅を知らせるメールが入ってきた。
男は、PCの電源を落とし、棚にノートPCを片付けて、妻の帰宅を待った。
しばらくすると、玄関扉が開いて、妻が帰宅した。
「あなた、ただいま帰りました。」
「お帰り...恵理子...」
「今晩の夕食は、揚げ物を買って来ましたので、それで良いですよね?」
「そうか、おれは何でも良いよ...」
「すぐに、支度しますね...」
そう言うと、妻の恵理子は、キッチンへと向かって行った。
その姿を、夫の博之は、リビングのソファーに座って眺めていた...