美雪の企み
田中美雪と斉藤秀美は、渋谷の道玄坂を歩いていた。
そう、この二人も来週末の三社祭の時に着る浴衣を新調しようと、待ち合わせをして、渋谷に来たのだ。
田中美雪と斉藤秀美は、それぞれ大学は違っていたが、同期入社で、職場のオフィスも同じフロアで近かった事もあり、入社当時から仲良く交友を続けてきたのであった。
美雪も秀美も入社4年目で、まだ25歳だが今年それぞれ26歳になる。
美雪は158cmほどで、幾分丸顔の円らな瞳のはっきりとした顔立ちで髪はライトブランに染められてセミロングの髪はカールがかかっている。
それとは対照的に、秀美のほうは、160cmほどの身長で、顔は面長でえらが張ってはいるが二重まぶたの瞳と他のパーツもバランスの良い顔立ちで、髪は明るめのアッシュブラウンに染めてはいるがボブスタイルでボーイッシュな雰囲気を出している。
まだ、若さがあるせいもあるのだろうが、二人とも可愛い感じの美しい顔立ちの大人の女性というよりは娘という感じであった。
二人は、買い物を終えて道玄坂の一軒のカフェへと入って行った。
窓脇の席に着くと、二人は談笑しはじめた。
内容はガールズトークというものなのだろう。
二人とも、ケラケラと笑い転げながら楽しそうに会話を楽しんでいた。
この辺りの話からも、この二人の若さを感じるのである。
しばらく、たわいもない話をしていると、田中美雪が話題を変えてきた。
「秀美、昨夜の女子会で、私、感じたのだけど、弥生さんも鮎川次長に気が有るわよね!」
「え?、そうかな?、弥生さんには彼氏いるんじゃないの?...私は、私たちと同じで憧れみたいな感じだと思うけどな?...」
「彼氏が居ても関係ないでしょ?...私だって、もし、次長が私を振り向いてくれるようなら彼氏と別れても良いと思うからね...まあ、次長のほうは私なんか眼中に無いのは判るから、それはないけどね...」
「そうかな?...でも、弥生さんもって何よ!...他にも居るっていうことなの?」
「あんたは、社内の情報には明るいけど、そう言う、女の勘が全然ないわよね...」
田中美雪は、そう言うと秀美の顔を見て苦笑していた。
「なによそれ...なんか腹立つんだけど、否定できないのが悔しいわ。それで、誰なの?」
「あんた、情報屋で便利なんだけど、こういう大事な話なんかを他の人にペラペラしゃべられると困るのよね...」
「それも腹立つ!...言わないから教えてよ...美雪...」
斉藤秀美は、田中美雪にせがむように地団駄踏んで言った。
「じゃ、絶対に誰にも言うんじゃないわよ!...言ったら、あんたとは絶交するからね!」
「美雪に、絶交されたくないから、誰にも言いません。約束します。」
「じゃ、言うわね...一人は前から知っていたけど、昨夜の女子会でもうひとりもそうみたい...あそこにいた私達二人以外は気が有るみたいだわよ!」
「えっ?、そうなの?、恭子さんは良いとしても、恵理子さんも?...」
「だから、絶対に言わないでほしいの!...秀美、解るでしょ?」
「そうなのかな?...でも、恵理子さんは旦那さん居るし...」
「だから、あんたに変に喋られて広められたら困るのよ!それに、私たち5人の仲が悪くなるのも嫌でしょ?...これは、誰にも言ったら駄目だからね!...解った?、秀美!」
「それはよく解る。とてもじゃないけど、誰にもさすがにこの話はできないわ...」
「だから、私は、次長が本部長になって、恵理子さんが秘書になるのは、危ない気がするのよね...一波乱有りそうで...」
勘の良い田中美雪は、既に将来に起こりうる事を予感していたのかもしれない。
「でも、あの三人は私なんかが入社する前から仲良し美人トリオでしょう?何か、それで仲が悪くなるのも嫌だよね...」
「まあ、今は、私と秀美はどうなって行くのかを静観していくしかないけど、どうなっても私たち5人が、その事で疎遠なんかにならないようにしないとね!...それに私個人的には、恭子さんを応援したい気持ちが強いんだ...」
「美雪はそうだろうね...私から見ても、美雪が恭子さんの事を好きなの解るし...」
そう、田中美雪は、学生時代のサークルの先輩である井上恭子のことを慕っていた。
そんな美雪だから、恭子を慕って、後を追うように同じ会社に入社したのだ。
実際に、恭子自身も美雪の事を妹にように可愛がり、就職活動の時には、いろいろアドバイスもしてくれて、そのおかげで今の会社にも就職できたのだった。
斉藤秀美は、社内の総務部というポジションと、他人の繋がりで情報を入手するのは早い。
しかし、こと人の心の動きなどの心理的な洞察力は全く持ち合わせていない女性でもあったのだ。
しかし、斉藤秀美とは好対照に田中美雪は、人の心の動きなどを機敏に洞察する能力には優れた女性だったのだ。
そんな、対照的な二人だからこそ、上手く交友も続けてこれたともいえるのだろう。
「実は、私、今、ある事を調べているのよね?...」
田中美雪は、そう言うと何かを企むように、不敵な笑みを斉藤秀美に見せていた。
「なによ、その顔...美雪、凄く悪い顔してるよ...」
斉藤秀美も、そう言うと訳はわからないけど、一緒に笑っていた。
田中美雪がそう言うには訳があった。
実は、田中美雪が鮎川の部屋へ行った際、鮎川と恭子が昼ご飯を買いに行って部屋を出ている間に、鮎川のノートPCのネットの閲覧履歴を観ていたのだ。
その中で美雪は興味深いものを発見してしまったのだ。
そう、田中美雪が見付けたものとは、「2ショットチャットルーム」だったのだ。
閲覧履歴から、鮎川が頻繁にチャットルームサイトを観ている事が解ったのだ。
田中美雪は、その中で匿名の鮎川を見付ける事ができれば、その会話から鮎川のことがいろいろ解るのではないかと考えた。
美雪としては、恭子を応援したい立場から、なんとか鮎川を探し出そうとその次の日から、チャットルームの会話を覗き、チェイサーしていたのだ。
「美雪、それって、今、話した事と関係してくる事なんだよね?...私には教えてはくれないの?」
「そうね、まだ何も解っていないから、教えられないわ...それに、あんた、おしゃべりだし...」
「美雪にそう言われると腹立つけど、否定できないのが、悔しい...」