深夜のチャット
高橋恵理子は、洗面台の前に立ち濡れたか髪をドライヤーで乾かすと、リビングに向かい、夫の博之に声を掛けた。
「あはた、先に寝室に行っていますね。」
「わかった、おれもすぐ行くと思うけど...とりあえず、おやすみ...」
「おやすみなさい、あなた...」
恵理子は、そう言うと向きを変え、寝室のほうへと消えていった。
夫の博之は、妻の恵理子が寝室に行ったことを目で追って確認ができると、スマートフォンを取り出し、どこかへとメールをしはじめた。
[ショウさん、こんばんは、ヒロです。もう、だいぶ遅い時間ですけど、今からチャットでお話できませんか?」
博之はメールを送信すると、ノートPCをリビングテーブールの上に置き、開くと電源を入れてPCを起動させていった。
しばらくすると、博之のスマートフォンに返信が届いた。
[ショウです、こんばんは!今からルームを作ります...少々お待ちください。]
博之は、そのメールを確認すると、ノートPCでマウスを操作してチャットルームサイトを開き、ショウのチャットルームを探した。
しばらく何度か探していると、ショウのルームがチャットルームサイトのページ上に現れてきた。
博之は、それを確認すると、マウスを操作しスクリーン上のカーソルを移動させてショウのルームをクリックして入室して行った。
鮎川祥吾は、リビングのソファーで少しの時間、うとうとしてしまったようだった。
時計の時刻を見てみると、既に深夜の0時になろうとしていた。
鮎川は、就寝の支度をしようと思い、半分意識は無いままに、よたよたと重い足取りで洗面所へと向かって行った。
歯磨きが済むと、鮎川は少し目が冴えてきたようだった。
鮎川は、洗面所からリビングに戻ると、ノートPCの電源を落としていないことに気が付いたのだ。
ノートPCの電源を落とし就寝しようと考えた鮎川は、再び、ソファーへと腰を下ろし、PCを操作していこうとしていた。
PCを操作すると、新着のメールが、届いているようだったので確認してみる事にした。
メールの送り主は、先日の夜にチャットで話した男性のヒロからだった。
今から、鮎川と話したいというのだ。
鮎川は、就寝しようとしていたので、少し悩んだが、短時間だけなら話しても良いかとも考え、ヒロへメールを入れて、話してみることにした。
早速、鮎川はチャットルームサイトを開き、鮎川のチャットルームを作って行った。
[ネーム:ショウ(男) 45歳 都内 ]
[あなたは、ご主人・奥さんにどんな秘密がありますか?雑談的に話しましょう!]
チャットルームを作ると、相手のヒロはすぐにルームへと入室してきた。
おそらくは、待ちかねていたのだろう。
『ショウさん、こんばんは!...夜分遅くに済みませんでした。』
『いえいえ、まだ起きていましたので、大丈夫ですよ。』
『はい、ありがとうございます。」
『その後は、何か進展はあったのですかね?』
『特には、まだ、何も無いですよ。』
鮎川も、先程までの眠気も無くなりつつあった。どうやら、キーボードを操作してチャットでヒロと話して行く内に徐々に眼も頭も冴えてきたようだった。
チャットを始めていくと、そのヒロという男の妻に対する欲望が淡々と語られていった。
かなりきわどい事まで語られて、そんな男に対して鮎川はあっけに取られた。
そこで、鮎川は気になったことがあった。この男の妻とは、どのような女性なんだろうと?...
そう思った鮎川は、このヒロという男に、その妻がどんな女性なのかを詳しく聞いてみるる事にした。
『そうですか...ちなみに、奥さんはどのような女性なんですかね?』
『どのような女性とは?なんですかね?』
『年齢は聞いていますけど、外観の容姿とか性格、それに趣味とか好きな事...奥さんの簡単なプロフィールですね。』
『そうですね...背は162cmほどで胸はEカップ、髪は黒髪のセミロングのストレートヘアですね。感じとしては竹下夢路に描かれるような日本人的な美人だと思いますよ。私は、妻が美人だと思っていますから...』
『なるほど、お話を聞いただけでも、奥さんは美人そうに私も感じますね。そんなお綺麗な奥さんにヒロさんが考えているような事をしても良いのですか?』
『そんな妻だから、そうしてみたいのです。妻がどうなって行くのかが知りたいのですよ。』
『奥さんの性格などはどんな感じなのですか?』
『性格は、おとなしいほうだと思いますね。人見知りもしますし、自分から進んで他人と話そうとしたりは余りしないと思います。話してみれば、明るいのですけどね。』
『そのような性格の奥さんでは、ますますヒロさんが考えているような、他の男性に交際させる為に口説いてもらう事を、奥さんに対してするのは難しいのではないですかね?』
『そうなると思います。そう言うこともあって、ここで何方かのお知恵を借りたいと考えていたのです。』
鮎川は、なんとなくだが男の話が徐々に見えてきたような気がした。
だが、鮎川には男の妻は、美しくて物凄く良い妻なのではないかとも感じてきたのだ。
そんな良い妻を夫の欲望で、弄んで良い事なのだろうかとも思ったのだ。
鮎川にとっては、とてもではないが男の計画は良いものとは思えないのだから...
『奥さんは、専業主婦ですか?それともお勤めをされているのですか?』
『はい、結婚前から勤めていた会社に、今も勤務していますよ。土日が休みです。』
『お休みの時は、どうされているのですか?』
『基本的には、私と過ごす事が殆んどですが、妻だけで友人と買い物へ出掛ける事もありますよ。』
『失礼とは思いますけど、奥さんのお名前なんて、ここでは教えてくれませんよね?』
『そうですね...本名は言えませんが、エリと覚えていただければよいと思います。』
(エリ?...なんだろ?...名前の一部かな?...まあ、匿名だろう...)
『ヒロさんは、私と話してはいますけど、他にも話している方はいますよね?』
『そうですね、何人かには話させて頂いていますよ。ただ、話した感じが、ショウさんが一番話しやすいですし、信頼できそうにも感じてはいます。』
鮎川は思った。この男性は、たとえ鮎川自身が男性の計画に協力しなくても、この男は他の男性と手を組んででも、やるのだろうと...
そう考えると、何も知らない男性の妻が気の毒にも感じ、そして、そんな男とも知らずに結婚して男に尽くしている、その妻が哀れにも感じたのだ。
そう感じると、鮎川は男の計画がどうなっていくのか、その行方が知りたいとも思ったのだ。
その時の鮎川にも、それが単なる好奇心なのか、男の妻を気遣ってその後が知りたかったからなのかはわからないが、とにかく気になったのだ。
そう思った鮎川は、男へと話した。
『ヒロさん、私もヒロさんの話には興味が有りますので、今後も、お話はさせてください。メールをいただければ、チャットルームはご用意しますから。』
『わかりました、私もショウさんとは、今後も話して行きたいと思いますので、また連絡はさせていただきます。』
『そうですね、そうしてください。今日は、もう遅いのでそろそろ寝すませていただきますね。』
『深夜遅くから、お話をさせていただいて、ありがとうございました。』
『こちらこそありがとうございます。それでは、おやすみなさい。』
『おやすみなさい。』
鮎川は、チャットルームサイトを閉じて、ノートPCの電源をシャットダウンした。
チャットなどを寝る直前にしてしまい、かなり目が冴えてきてしまっていたが、寝室に向かうと布団に潜り込んでいった。
布団の中で鮎川は考えていた。
男性自身の事よりもその妻のことを思っていたのだ。
夫婦のありようとはさまざまだが、そんな事を妻の知らないところで夫が勝手に考えても良いのだろうか。普通に考えれば、良いはずはない。
その真実が明らさまになったとき、その妻は何を思うのだろうか?
逆の事もあるのも事実だ。
きれいごとばかりではない、この世の中は、夫や妻に隠れて浮気を平気でしている人も数多くいるだろう。
そう考えるてみると、夫婦のありようとは何なのか、鮎川には判らなくもなってきてしまったのだ。
元妻の啓子と供に暮らした12年間は、鮎川の夫婦の真実とは何だったのかと考えてしまうのだった。




