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チャットルーム  作者: 橋之下野良
20/33

チャットデビューした、とある妻

 その日の高橋恵理子は、昼前に山崎弥生と新宿で待ち合わせをして、一緒に昼食を摂り、弥生と百貨店へ行って目的の物を購入すると、午後の3時過ぎに東中野の自宅マンションへ戻ってきていた。


 夫の博之は、早朝から付き合いのゴルフへと出掛けており、夕方6時過ぎに帰宅する予定のようだった。


 恵理子は、買い物をしてきたものをクローゼットにしまうと、洗濯物を取り込んだりと一通りの家事を済ませて、ひとりソファーに腰を掛けた。

恵理子は、夫の帰宅するまでのしばしの時間をくつろごうと考え、テレビのリモコンを手にした。

しかし、考え込むように手を止めると、またリモコンはテーブルの上に置いてしまった。


 恵理子は、立ち上がり、棚に仕舞われいる夫婦共有のノートPCを取り出すと、リビングテーブルの上に置いて、電源を入れてパソコンを起動させた。

恵理子は、パソコンが起動するとインターネットサイトを閲覧して、先日の深夜に、夫が観ていた2ショットチャットルームサイトを探して行ったのだ。

しばらく探していると、閲覧履歴からチャットルームサイトが表示された。


 恵理子は、少しの間、チャットルームサイトのルーム待機者の待機メッセージを読んだりしていたが、ある待機者の処をクリックすると、入力フォームへと文字を打ち込んでいった。


[ネーム:エリー(女)28歳 ]


恵理子は、初めてのチャットに緊張もしていたが、慣れないながらも短時間ではあるが、2人の男性と話をする事ができた。


(なるほど、こんな感じで、旦那は夜中に誰かと話していたのね!...でも、こういうチャットでの文字のやり取りで話すだけでも、実生活と同じで、相手とのフィーリングが合う合わないは有るわね...)


 そんな事を考えながら、恵理子は、再びルーム待機者の待機メッセージを読み漁っていた。

恵理子は、ひとつの待機メッセージに目が止まった。

メッセージは、短文だったが何か惹かれるものを感じたからだ。


[ネーム:ショウ(男) 45歳 都内 ]

[あなたは、ご主人・奥さんにどんな秘密がありますか?雑談的に話しましょう!]


(なんだろう?...この人は、何を話したいのだろう?...秘密かぁ...大なり小なり、みんな、在るわよね?...ちょっと、話してみようかしら...)


恵理子は、その男性のチャットルームをクリックして、記入フォームに入力をすると入室するための送信ボタンをクリックした。


[ネーム:エリー(女)28歳 ]


しばらくすると、ショウと名乗る男性から、反応があった。


『こんにちは!』


(あっ!、早速反応があった...打ち込まなきゃ...)


『こんにちは、慣れてはいませんが、よろしくお願いします。』


恵理子は、当たり障りなく返答を返していく。


『こちらこそ、よろしくお願いしますね...』


『ずいぶんお若い奥様のようですけど、少しの時間、楽しくお話をしていきましょうね!』


男性からは、立て続けで会話が打ち込まれてきた。


『はい、ありがとうございます。』


恵理子は、この短いやり取りだけでも、話しやすい男性に感じた。


『それで、誰でも秘密はあるとは思うのですけど、エリーさんは旦那さんに対して、どんな秘密がお有りなんですかね?』


(特に何も考えないで、入室しちゃったけど、なんて答えよう?...)


『すみません、何も考えないで、興味本位で入室しちゃいました。』


恵理子は、考えている事をそのままに答えてみた。


『なるほど、構いませんよ!...雑談的に話しながら、こちらからいろいろ聞いていきますから、気にしないでくださいね。』


(良かった...良い人そうで...)


『はい、ありがとうございます。』


『ご結婚されてどのくらいになるんですか?』


『はい、4年になります。』


『じゃ、まだラブラブと言うか、旦那さんとは仲が良い感じですかね?(笑)』


(旦那との仲ね?...ちょっと、微妙だけど、なんて答えよう?...)


『いろいろ不満は有りますよ...仲は悪くはないと思いますけどね。』


恵理子は、当たり障りのない返答をしたつもりだった。


『そうですか、じゃ、そのいろいろな不満ってどんなことですかね?』


(そうきましたか?...んん?...)


恵理子は、変に考えてもしかたがないと思い、自分が普段、夫に抱いている不満を正直に書いていった。


『そうですね...私自身も働いているのですが、夫は全く家事はしてくれませんし、できません。それに、嫉妬なのかどうなのか解りませんけど、夫は私のことを凄く束縛しようとするんです。その辺が、少し息苦しく感じる時がありますね。』


(ちょっと、本音を書きすぎたかしら...)


『なるほど、供に働いていて旦那さんが協力的でないのは厳しいですね。それと、旦那さんが、エリーさんに嫉妬とか束縛欲があるということは、旦那さんに愛されてはいる訳ですよね?』


『ん?、どうでしょうね?...ここ一年くらい夜の営みも殆んど無くなってもいますからね...』


(あっ!、書いちゃった...チャットって不思議、思っていること素直に書けちゃう...)


『えっ?、まだ、そんなお若くて?』


『そうなんですよ(笑)...』


『ははは(笑)、なんでしょうね?エリーさんを大切にしてるのかな?(苦笑)』


『どうなんでしょうね?、結婚したのに、飼い殺されているようですよ!...』


『確かに、お話を聞いた限りではそんな感じですね...』


 そんな話をしていて恵理子も相手の男性も打ち解けてきたのか、いろいろ他人に話すことの出来ない事も話せるように次第になって行き、男性の結婚生活のことも話してもらい恵理子は聞くことができた。


男性の元妻も嫉妬深く、男性に対しての束縛が激しかった事。

酒を飲んで帰宅すると、玄関に男性の服の詰められた旅行カバンが置かれていた事。

仕事から帰宅したら妻が留守で寝室に行ったら手紙と記入済みの離婚届があった事。

妻からの手紙には、家から数週間以内に出て行くように求めてきた事。

それを受け入れ、離婚してしまった事。


 恵理子は、その話を聞いて驚きもしたし、ある意味で自分が夫に束縛されている状態にも共通する部分があると感じた。


『えっ、それで、ショウさんは、離婚を受け入れたのですか?』


『そうですね(笑)...少し考えましたけど、受け入れて自由になったほうが良いかと考えましたから...』


『そうなんですね。』


『それに、今更ですけど、元妻のほうに男の影があったみたいですし...あっ、私はそう云った浮気は一切ありませんでしたよ!(笑)...』


『えっ?、そうなんですか?ショウさんは、それを調べたりはしなかったのですか?』


『しなかったですよ!...いまさら知っても嫌な気分になるだけですし、子供も居ませんでしたから、早く前を向いたほうが良いと考えたのですよ。』


『ショウさんは、前向きなんですね...』


『どうでしょう?...知るのが怖い、臆病なだけかもしれません(笑)』


男性はそう話すと更に話を続けて行った。


『そんな事が自分の身に最近起こりましたので、自分と元妻のことを考えてどれだけ相手を理解していたのか気にはなっていました。自分は、どれだけ元妻の事を理解していたのか、理解していなかったのか、そう考えて、このタイトルで、皆さんが夫・妻にどう思っていて、どんな秘密を抱えていたりするのかを、聞いてみようと思ったのです。』


 恵理子は、その男性の話に共感してしまった。

恵理子自身もどれだけ夫を理解しているのかどうかと考えさせられる言葉でもあった。

夫は、おそらくは全く恵理子の事は理解もしていないし、理解しようともしていないのではないかと、男性の話を聞いて改めて感じてしまったのだ。


そんな話をしていたら、気が付くとだいぶ時間が過ぎていた。

恵理子は、もっと、この男性と話がしてみたいと感じたが、夕飯の支度があるのでチャットを終わらせてもらうことにした。


『ショウさん、もっと話したいのですけど、そろそろ、夕飯の支度をしなくてはいけませんので、退出させていただきますね。』


『はい、良いですよ...お話ができて楽しかったです。ありがとうございます。』


『また、お話させていただきたいので、ショウさんを見つけたら訪問させていただきますね。』


『はい、いつでも来てください。お待ちしていますから...』


『それでは失礼しますね。』


 そうして、恵理子はチャットルームを退出し、ノートPCをシャットダウンして棚に片付けると、夕飯の支度をする為にキッチンへと向かって行った。


 高橋恵理子のチャットデビューは、相手の男性にも恵まれて楽しい会話をすることができて順調なものだったようだ。

恵理子自身もそう感じたに違いない。


 しかし、このチャットをした事で、その後の恵理子に、思いも掛けない事態が待ち受けているとは、このときの恵理子には全くわかるはずもなかった。


 恵理子の運命の歯車は、ひとつ噛み合ってしまったのだった。


それが、良い事なのか悪いことなのかは、このときの恵理子も未来の恵理子もわからないのかもしれない。

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