女子会 (再編集版)
女子会へ参加(1)(2)をまとめて、編集し直しました。
その日は、朝から、鮎川の居る営業本部は慌しかった。
大口の全国展開している、ホームセンターへ納入する商品が、何かの手違いで税関を通ることができなく、港で止まったまま、物流倉庫には届かず、発送の準備すらできていないとの報告を受けたからだ。
夏季シーズンを前にして、大口注文を受けた商品であるだけに、納入の遅延は、我が社の信用に関わる問題になりかねないので、営業本部が主体となり、対策に追われているのだ。
鮎川自身も、ホームセンター本社とのやり取りに追われ、部下と供に足を運んで状況説明に追われていたのだ。
顧客サイドからも理解を得て、事無きを得られそうな状況になり、ようやく午後3時過ぎには、会社に戻ることができた。
自分のデスクに戻り、一息ついていると、また、同期の中川健志が鮎川の下を訪ねてきた。
「鮎川、今日は大変みたいだな!...輸入の奴らも血相を書いて飛び回っていたぞ...それで、お客のほうは、大丈夫だったのか?」
「まあ、なんとかなったよ...おれと関東支社の支店長と担当営業課長が、殆んど土下座で謝ってきたからな...大の男が三人して土下座されて、説明されたらさすがに怒るにも、腰が砕けるだろうよ。」
そう、笑いながら話す鮎川であった。
「お前でも、土下座なんかしちまう訳なんだ?...」
「ばか、おれは土下座の名手だからな!...おれの華麗な土下座を見た客は、皆、怒りを何処かへと忘れてしまう魔法みたいなものなんだぞ!...しかも、三人での土下座は壮観でも在るからな...」
「ほう、その得意技で、お前は出世したという訳か!...総務の秀美ちゃんに聞いたぞ、お前...凄いな、最年少取締役...」
そう言うと、中川は鮎川の肩を、ポンと叩いた。
(また、斉藤秀美かよ!...あの女は、総務の仕事を何だと思っているのだろう?...しかし、どういう経路でこんな上層部でしか未だ知らない話まで、知っているのだろうか?)
「おい、中川、まだ内示の段階なんだから、誰にも話すのではないぞ!...社長にもそういわれているのだから!」
「了解...でも凄いな、お前...もっと出世したらおれの事も引き上げてくれよな!」
そう言って、中川は笑った。
「まあ、たまたま運が良かった感じでもあるけどな...まあ、そんな感じだ。」
「でも、運も実力のうちって言うだろ?...お前はそう言う男なんだよ。それに、離婚した途端に大出世とは、凄い奴だよ、お前は!」
「...」
「じゃ、それが本決まりになったら、同期の奴等でお祝いしてやるから...それじゃあ、またな...」
そう言うと、中川は、自分の部署へと戻って行った。
その中川をデスクに座ったまま目で見届けながら、鮎川は思案していた。
それは、総務部の斉藤秀美のことだ。
(これだけ、何でも社内の情報をぺらぺらとしゃべられたのでは、業務に関するようなことで同じような事をされたのではまずな...)
そう考える鮎川だったが、斉藤秀美の直属上司に報告するには、少々角が立つし、悪気が在ってのことでもないのだから、大事にしたのでは彼女の社内での立場を悪くしてしまうのではないかと考えたのだ。
(内々に、おれからそれとなく注意をするしかないか?...)
そんな事を考えながら、ノートPCを立ち上げて観ていると、今度は、井上恭子が書類を持って鮎川のデスクの前に立っていた。
「次長、この書類をお願いします。」
「おう、そこに置いておいて...あとで、目を通しておくから...」
「はい...」
そう言うと、恭子は鮎川のデスクの右脇のキャビネットの上に書類を置き、また、鮎川に向かって更に言ってきた。
「次長、今夜の予定は、覚えていますよね?...お店は7時に予約していますが、大丈夫ですか?」
鮎川は、恭子の言葉で、先日の帰宅の際に週末の金曜に恭子達の酒席に招かれたいることを、この時まですっかり忘れていたのだ。
「ああ、そうか...今夜だったね...昼間のトラブルで忘れていたけど、無事に解決しそうだし、その事務処理が済んだら行けるだろう...そんなに時間も掛からないと思うし...」
「そうですか、遅れても必ず来てくださいね...」
恭子は、そう言い残すと、薄っすらと笑みを浮かべ、くるりと廻ると自分のデスクのほうへと去って行った。
鮎川は、しばらく恭子を見ていたのだが、仕事を終わらせなければ、恭子達との約束に顔を出す事もできないと思い直し、デスクに向かい書類に目を通して淡々とこなして行った。
トラブルの事務処理、担当部下達からの報告書類を受け取ると、時間は午後7時になろうとしていた。
鮎川は、週末なので部下達にも早めに帰るようにと、言い残すと、恭子たちの待つ京風居酒屋へと向かって行った。
鮎川は、7時を15分過ぎた頃に店のは着きいたが、既に、恭子たち女性陣は席に着いているようだった。
店員の案内で、個室のような造りになっている席に入って行くと、女性達は全員で笑みを見せて鮎川を迎え入れるてくれた。
恭子たち女性陣は、恭子を含め5人だった。
鮎川にとっと、女性だけに囲まれての酒の席は、人生初めてのことかもしれない。
恭子以外の女性達も全員が、会社で観た事が在る顔ぶれだった。
経理部の田中美雪は、先日、恭子が鮎川の部屋へ連れてきたので話したことがあった。
総務の斉藤秀美は、言わずと知れたおしゃべりな情報屋だ。この機会に注意しようを鮎川は思った。
そして、秘書課の山崎弥生は、内田専務の秘書を努めいたので個人的な話はしたことはないが業務上では度々話してはいる女性でもあった。
もう一人の女性は、秘書課で鈴木副社長の秘書をしていた女性だったが、殆んど話したことがないので鮎川は名前も思い出せなかった。
ただ、恭子と山崎弥生、そして、もう一人の女性は、鮎川の会社の中でも指折りの美女だと感じてもいた。
田中美雪と斉藤秀美は、どちらかというと幼い感じの可愛い雰囲気の女性だと感じたのだ。
いずれにしても、何をどうしたのか、今、鮎川の目の前には、5人が5人ともに、それぞれ違うタイプの美女が居て、鮎川を迎え入れたのである。
(いくら社内だと言っても、どう云った繋がりがこの女性達には在るのだろう?...)
そう感じる鮎川なのであった。
鮎川は、恭子の指示で、奥の中央に女性二人に挟まれるかたちの席へと案内され、座らされる事となった。
鮎川にとっては何とも、居心地の悪い空間であったのだが...
ここでも、恭子が指示をしているようだ。飲み物も、それぞれ、恭子が取りまとめて注文をしているのである。
鮎川は、取り敢えず生ビールを貰うことにした。
飲み物が、それぞれに届くと、またここでも、恭子が場を仕切るようであった。
「それでは、一週間、お疲れ様でした...今日の女子会は、一人だけ男性の鮎川次長が居ますが、それは気にしないで楽しく飲みましょう...それでは、乾杯!」
「乾杯...」
(おいおい、おれは女子会に呼ばれたのかよ...それを先に言ってよ、井上さん...)
そう心の中で、つぶやきながら、鮎川はビールをぐいっと飲み干した。
女性達は、それぞれ、鮎川が居る事を忘れているかのように談笑していた。
話の内容にも全くついていけない鮎川は、ただビールを飲み淡々と料理に箸をつけているのみだった。
最初に話しかけてきたのは、内田専務の秘書を努める山崎弥生からだった。
「鮎川次長、お疲れ様です...それと、おめでとうございますと言ってもよいですかね?」
「ああ、山崎さん、お疲れ様...おめでとうとは、何がですか?」
鮎川は、何が言いたいのか解ってはいたが、この場で話すことではないと思ってもいたので、あえて惚けてみせた。
「次長、私が誰の秘書かは、ご存知でしょう...役員への就任です。」
「...」
「大丈夫ですよ、もう、ここに居る女性全員が知っていますから...」
「えっ!、山崎さん、話したの?...」
「といいますか、私は秀美ちゃんに話しただけですけど、秀美ちゃんが、恭子さんと美雪ちゃんに話したらしいですけどね...」
鮎川が、周りの女性達を見渡してみると、全員、山崎弥生との会話を聞いていて、鮎川の顔を見て微笑みをみせていた。
そのとき、恭子が先頭にたって、鮎川に向かった言ってきた。
「鮎川次長改め、鮎川本部長就任おめでとうございます...じゃ、改めて乾杯しましょうか!」
「じゃ、乾杯」
「乾杯...」
乾杯をすると、女性達は手を叩いて拍手をして口々に、鮎川へ「おめでとうございます」と言って満面の笑みを見せてくれた。
鮎川も悪い気はしなかったのだが、いきなりのサプライズ的なお祝いに何をどう言ったらよいのか解らず、ただ戸惑うようでもあった。
(まいったな...まさか、こんな展開になるとは...)
鮎川は、戸惑いながらも女性達に話していった。
「まあ、まだ内示の段階だから、この事は、公にはしないでほしいんだ...特に、斉藤さん、あまり社内の人間だからといって、こういう話は軽はずみにしないでくれるかな?...中川にも話したでしょう?...おれ自身も、社長に口止めされていることなんだからね。」
そう、鮎川が、笑いながら話すと、斉藤秀美だけ肩をすくめるようにして、下を向いて舌を出し、ばつが悪そうに苦笑していた。
他の4人の女性は、ただ、笑っていた。
鮎川が、そう話すと田中美雪が、鮎川に問い掛けるように話してきた。
「それじゃ、本部長の取締役になったら、鮎川次長にも、どなたか秘書さんが付くのですかね?...」
田中美雪の問い掛けには、鮎川が答える前に、山崎弥生のほうが、先に反応をして代わりに答えた。
「そうね、誰かは未だ決まってはいないけど、一人は秘書が付く事になるわね...有力なのは、ここに居る鈴木副社長の秘書を勤めていた、恵理子さんではないかしらね...私が、成りたいくらいだけど内田専務が居るから、それは無理だろうけど...」
そう、山崎弥生が話し終えると、鮎川は、左脇に座る女性のほうを見た。
「高橋恵理子です...まだ、どうなるかは解りませんけど、そうなったらよろしくお願いしますね...」
「いえいえ、こちらこそ、お願いしますね...高橋さん」
鮎川は、高橋恵理子に話しかけられ、やっと、その女性の名前を思い出すことができたのだ。
(覚えておこう...高橋恵理子さん、高橋恵理子さん...)
そこに、また斉藤秀美が話を始めた。
「次長、もし、恵理子さんが秘書になっても、手を出したら駄目ですからね...恵理子さんには旦那さんがいますから。」
そう言うと、斉藤秀美は意地悪そうに笑っていた。
(この娘は、ゴシップネタが好きなんだろうな...まったく困った娘だな...)
「まあ、皆も知っている通り、最近離婚したばかりだから、逆に既婚者の女性のほうが、おれも変な気も起きなくて良いかも知れないけどね...」
そう笑いながら、鮎川が話すと、なぜか全員が鮎川の顔を食い入るようにして観てニヤニヤと笑ってきた。
鮎川は、不味い事を言ってしまったのかどうかと、一瞬、動揺したが、間髪を入れずに田中美雪と斉藤秀美が鮎川の顔を覗き込むようにして話してきた。
「じゃ、私とか恭子先輩なんかが秘書ならいいのですかね?...私はやってもいいですよ。」
「鮎川次長は、この中の私達では、誰が好みなんですかね?...」
この二人の言葉で、自分の言った言葉で墓穴を掘っていたことに、鮎川は気が付いたのだ。
5人の女性を前にしてでは、どれも答えられる質問ではないと鮎川は思ったのだ。
鮎川は、考えた末に当たり障りのないように答えるのだった。
「おれからしたら、5人とも勿体無いくらいに、皆が魅力的な女性に思いますよ。でも、皆、おれよりも一回りも若いでしょう?...おれなんて、対象にもならないと思うしね...」
上手く切り返したと、鮎川は、安堵しビールを口にした。
しかし、それもつかの間でしかなかった。
田中美雪が更にとんでもない事を言い出したのだ。
「じゃ、私達皆で、鮎川本部長の私設秘書的にお世話していきますよ...恭子さんも、そうしたいだろうし、秀美は鮎川本部長の情報屋?スパイみたいな感じでね...いいわね、秀美!」
田中美雪は、そう言うとケラケラ高笑いをしていた。
鮎川も、これには、半分以上は酒の席の冗談だろうと思い、深くは考えずに笑って答えた。
「それは、ありがたい話だよね。これだけの美女達に世話をされたのでは、おれは幸せすぎて、何も言えないよ。田中さん、ありがとうね...よろしくお願いしますよ。」
鮎川が、そう言うと、また、田中美雪が満面の笑みで続けて言ってきた。
「任せてください。恭子さんが私達をまとめて、鮎川本部長のお世話をしていきますから...」
鮎川は笑って頷くのみで、酒の上での冗談とはいえ、少々閉口したが、恭子のほうへ目を移してみると、なぜか恭子も楽しそうに頷いて笑っていた。
そんな話で、鮎川自身もこの女子会の雰囲気になじみ、その後の会話は、楽しいものとなった。
しばらくすると、また、斉藤秀美が、鮎川に話を振ってきた。
「ねえ、次長?...美雪と恭子さんに聞いたのですけど、新しいお住まいって、本所の辺りらしいですね。」
「そうだけど、それがどうしたの?」
「来週の週末なんですけど、三社祭があるんですよね...それで、その時、皆で次長のお部屋にお邪魔しても良いですか?」
「えっ?...」
鮎川は、冗談ではないとそのとき思った。
そう考えて、鮎川が返答する前に、恭子の口が開いていた。
「そうそう、私もそれを言おうと思っていたのよ...この間も、次長のお宅の食器類なんかも、買い揃えてきているし、お祭りをみんなで楽しみましょうよ。」
「そうですね、恭子さんと私で選んだお皿に皆で持寄ってきた料理を盛り付けして、お祭りに行って、皆で宴会みたいにできたら楽しいですよ。」
(おいおい、またよけいな事を、井上さんも、田中さんもそんな事を言ってくれるなよ...)
それを聞いた、山崎弥生もすかさず言ってきた。
「二人とも、もう、次長のお宅にお邪魔しているんだ...いいわね~...じゃ、私もお邪魔したいから、何か料理を作っていきますね...楽しみだわね...」
そう山崎弥生が言うと今度は斉藤美雪が続けて言ってきた。
「じゃ、どうせなら、ちょっと早いかもしれないけど、浴衣を着てくるなんてどうかな?」
それには、女性たち皆が、笑みを浮かべて何度も頷いていた。
恭子は、ここでもまた仕切るように話を進めていた。
「じゃ、お料理は、被る事のないように、みんなで事前に打ち合わせをして持ち寄りましょうね...」
そこからの女性たちの会話は、もう気分は来週末の三社祭りの事に終始していた。
こうなっては、鮎川には、この女性5人に対して抵抗する事などできるはずもないのである。
(来週末までは、また気の重い日々になりそうだな...)
鮎川は、そう考えながらビールを飲みながら料理に箸を付けつつ、楽しそうに話す女性たちを眺めていた。
宴もたけなわで、女性たちはひたすら楽しそうに話していたが、時間もだいぶ過ぎてお開きの時間となってしまった。
会計も、恭子が仕切っているようだったが、強引にお札を数枚渡し、それで会計するようにと鮎川は恭子に言った。
恭子も最初は拒んだが最終的には、受け取って会計を済ませてくれた。
店を出ると、田中美雪と斉藤秀美それに高橋恵理子は、JR線で帰るためそこで別れていった。
残された鮎川は、恭子と山崎弥生に腕をとられて挟まれるようにして、地下鉄の駅へと向かって行った。
「楽しかったですね、次長...そうそう、どうせなら、次長も浴衣を着てくださいよ...」
「えっ?、おれは、持ってもいないし、それに着付けもできないから...」
「それなら大丈夫ですよ!、弥生さんは着付けもできますから...ねえ、弥生さん。」
「はい、着付けのお手伝いなら任せてください。」
「...」
「何なら、浴衣を買うのも、私が選んであげましょうか?」
「わかりました...週末に、自分で買ってきます...」
「楽しみだわね...恭子さん...」
「そうね、明日からいろいろ準備していかないといけないわね...」
そう話すと、恭子と山崎弥生は楽しそうな笑顔を見せていた。
地下鉄を降りると、恭子と山崎弥生は名残惜しそうにそれぞれ、別れを告げて去って行った。
鮎川は、女性2人を見送ると、どっと疲れた気分になっていた。
来週末のことを考えると気分は重く、帰宅する足取りも重く感じていたのだ。
普通の独身男性であれば、何人もの美しい女性が自分の部屋を訪問してくれるような機会があれば喜び勇んで舞い上がってしまうだろう。
しかし、今の鮎川にとっては、離婚や会社での昇進話などと、めまぐるしいほどに考えることが山のようにあり、女性のことを考える余裕もないのが実情でもあったのだ。
恭子たちは、ただ単に祭りを楽しみたいだけではなく、鮎川のことを気遣っていることも理解はしているつもりではあったのだが、長く窮屈な結婚生活を続けてきた鮎川にとって、恭子たちの行動力には、少々気後れもしていたのである。
これが、ジェネレーションギャップというものなのかと、鮎川には思えたのだ。
そんな事を考えながら、鮎川は地下鉄の駅のホームへと消えていった...