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チャットルーム  作者: 橋之下野良
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恭子の想い

 井上恭子は、午前の仕事を終えると昼食を摂るために、オフィスのすぐ下に在る洋食レストランへと向かっていた。

後輩の田中美雪と総務部の斉藤秀美と待ち合わせをしていたのだ。


 恭子は、早生まれであったため、今年の2月に28歳になったばかりだが、交際する男性も無く、未だに独身だった。


 恭子に魅力が無いのではない。それとは全く逆に、恭子は、社内でもかなり高いレベルで容姿は整っている美しい女性であるのだ。

目鼻立ちもはっきりした顔立ちで、背丈も165cmほどはある。


そう...恭子は、世間で云うところの「いい女」なのだ。


 5年ほど前までは、大学時代から交際を続けてきた彼氏もいたが、あっさりと恭子の方から告げて別れてしまった。

その後も、社内の男性や合コンで知り合った男性に交際を求められても、恭子は誰とも交際するような事は無かった。


 学生時代の友人や同期の女性は次々と結婚してしまい、恭子自身も焦らない気持ちでいる訳でも無かった。

しかし、いざ男性と交際する事を考えた時に、どうしても踏ん切りのつかない恭子自身の想いを整理することができず、もう、何年もの間、どの男性との交際もしないままに来てしまっていたのだ。


 それは、在る男性に対しての想いからだった。

そう...恭子の想い人は、上司である鮎川祥吾だったのだ。


 5年前に別かれた彼氏も、どうしても上司の鮎川と比べてしまうとかすんだ存在に思え、次第に心が離れていってしまったのだ。

その後も、言い寄ってくる男性に対しても、恭子の基準は、全て上司の鮎川を基準に判断していたので、誰がきても交際する気持ちには成れなかったのだ。


 しかし、そんな恭子も自分の鮎川に対する想いは、決して叶うものではないことも理解していた。

恭子が入社した当時から、鮎川は既に結婚をしており、社内でも有名な仲の良い夫婦だと知っていたからだ。


そう...恭子自身も鮎川への思いは、「悲恋」であると理解はしていたのだ。


 だから、恭子は、せめて鮎川のような男性が現れることを待ち望んでいた訳なのだが、そうそう、都合良く行く訳は無いのである。

そう考え続けてきた恭子は、誰とも交際する事も無く、独身のままに過ごしてきてしまったのだ。


 恭子自身も、自分がなんとも哀れな女だと、何度も思った事があった...


 しかし、人生とは皮肉なものである。


 決して手の届かないと思っていた恭子の想い人の鮎川が、突然、妻と離婚したという事を、恭子は知ることになったのだ。

封印していた恭子の気持ちは、まさに踊るような気持ちだったに違いない。


 しかも、偶然に休日の買い物をしていた時に、鮎川本人とばったり遭って転居先の自宅まで知ることができてしまったのだ。


 だからと言って、恭子自身から今の鮎川へ自分の思いを伝えようとは考えてもいなかった。

離婚したばかりの鮎川の気持ちも、恭子なりに考え、部下として公私共に支えていければそれでよいとも考えていたのだ。


臆病なのかもしれないが、恭子は謙虚な女でもあったのだろう。

今は、そうして鮎川の傍らで、自分が居られればそれで良いと思っていたのだ。



恭子が、洋食レストランに行くと田中美雪と斉藤秀美は、もう先に着いていて、3人分のランチ定食を注文しテーブルに置かれていた。


「恭子先輩、こっちこっち...」


後輩の田中美雪が手招きをして恭子を呼んだ。


「営業本部のほうは、朝からトラブルで大変みたいですけど、鮎川次長は、今日の夜は来れるのですかね?」


恭子が、座席に着くと、また、田中美雪が問いかけてきたので、恭子は答えた。


「そうね...今、次長は、客先に行っているけど、午後には帰社するとの事なので、おそらくは平気じゃないかな?...」


恭子がそう言うと、今度は、意味ありげな笑いを見せながら、斉藤秀美が云ってきた。


「それじゃ、今夜は予定通りで良いですね!...」


「一応、次長が帰社したら確認取るから、そうしたら、あなた達にも連絡するから...」


恭子は、昼食のランチ定食に箸をつけて食べ始め、田中美雪と斉藤秀美も食べ始めていった。

ランチ定食を食べ終わると、セットメニューのデザートとコーヒーが運ばれ、3人は昼休憩の短い時間の談笑をした。


「恭子先輩...また、大スクープが入りましたよ...」


「何よ、秀美ちゃん...今度は何なの?」


「一応、秘書課の弥生さんには、絶対に誰にも言うなって口止めされるんですけど...」


「そこまで言っているなら、もう、話しているようなものじゃない?...何があったの?」


「そうよ、もう、いいから言いなさいよ...」


斉藤秀美の勿体つけた言葉に、恭子も田中美雪も笑いながら焦れたように問いかけた。


「じゃ、今日の夜にも関係してくるので言いますね...」


「だから何なのよ...今日の夜と何が関係あるの?」


恭子も、斉藤秀美の勿体つけた言い方に、痺れを切らしたように少し語気が強くなっていた。


「まあ、弥生さんも恵理子さんも来る訳だし話しますね。今日の夜の会は、次長のお祝いも兼ねるものになりそうですよ。何か事情があって、鮎川次長が昇進するらしいです。」


「どういうこのなの?...」


「だからそう言うことです。次長にも内示が出て伝えられているらしいですよ。本部長に昇進するらしいです。」


恭子も田中美雪も驚いた顔をして、斉藤秀美の言葉を聞いていた。


「本部長って...役員に成るって事よね?...」


「えっ、まだ鮎川次長、40になったばかりですよね?...」


恭子に続いて田中美雪も、驚きのあまりに声を張り上げた。


「いろいろ事情が有っての事のようですけど、もう、社長からの内示も出ていて、ほぼ決まりらしいですよ。」


斉藤秀美がそう話し終えると、田中美雪が叫ぶように言った。


「鮎川次長って、やっぱり凄いんですね...ありえないくらいの出世じゃない...」


「...」


恭子は、驚いたのか何も云うこともできず、ただ頷いていた。


 3人は、そんな話をしつつ、会計を済ませるとそれぞれの部署の職場へと戻っていった。

その間も恭子は、独り物思いにふけていた。


 鮎川の昇進は、恭子にとっても嬉しい事だった。

しかし、その半面で、鮎川が自分の手の届くところにやっと近付いてきたと思った矢先に、また遠い存在になってしまうようにも、恭子には感じたのだ。


 今までのように、職場の上司と部下という訳には行かない。

会社の役員と一社員という関係にこれからはなるのだ。

その事が、せっかく近付いたと思った鮎川との間に、高い壁ができてしまうようにも思えてしまったのだ。


 恭子は、そんな自分勝手な寂しい想いを胸の中にしまいつつデスクに向かい、午後の業務に着いて行った...

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