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嗚呼、日本

作者: G





儚く短い秋が終わりを告げ、寒い寒い長い冬がやって来る。


それは至って自然なもので、言ったところで「それがどうした」と「当たり前だ」と言えるだろう。

さくらの母国は特に季節に関しては際立っていた。一年の間に四季と言う全くもって、繊細な変化をたどる。夏は南の国よりは、まだマシだが必ず熱中症で亡くなる人がいる。冬は場所にもよるが、雪はあまり降らない、なのに霜焼けをしてしまうほど寒い。

さくらは夏と冬の境目の秋が好きだった。

秋は落ち葉がヒラヒラと落ち、温かくて、とても甘くていい匂いがする風が吹く。

春は好きではないが嫌いでもない。

はっきり聞かれれば正直迷うし、もしかしたら考えた挙句には嫌いと答えてしまうかもしれない。

さくらにとって春は意味の分からない季節だ。




道端に咲いている小さな蕾に、さくらは薄く笑みを返して、それを避けるように横に一歩道を外れて歩く。




この前、友人達と話をしている時、何故だか分からないが、いつの間にか日本の話しになっていた事をふと思い出す。

無論、日本に詳しいのは日本人のさくらだったので、必然的にさくらは自分の母国について話す事になった。

そして、日本は四季がはっきりしていると何気なく言ったら目を輝かせて皆が「へぇ!」と言ったのだ。

そして自分の国の何がいいんだ?と口に出してしまいそうだったけど、やめた。

別にどうでもいい。

日本がどうだって私には関係ない。



その後、さくらは、ただぼうっと皆が楽しそうに話しているのを聞いていた。

そう言えば、誰かが「日本に行こう!」とか言っていた気がするけど、記憶が曖昧であまり覚えていないのが現実。

だけど、それだけは勘弁して欲しい。

何故なら彼らが日本に来たとすれば一体どこで寝泊りするのか。

それはもちろん、さくらの家に決まっている。



少しばかり頭が痛くなってきたのは、きっともうすぐ来る冬のせいだと、悪態をついて浅く溜め息した。








フワッ――・・







風と共に舞い散る赤く染まった葉

その風に乗って甘い匂いが漂う

揺れる真っ黒な髪

頬に温かな風が撫でていく




さくらはただ何事も考えず、心地よい風に髪を優美に揺らしながら秋の終わりに目を細める。


ゆっくりと目を閉じてこの風に身を任せ












出ているのか出ていないのか分からぬ涙にさくらは、またしても意味が分からず、その場で目をまた閉じた。

































バチン






冷たい空気に包まれた廊下に鋭い音が鳴り響く

その音をもの凄く近くて聞いてしまったさくらは「またか」と小さく呟いて溜め息をついた。



「いってぇ~」


その後、聞えてきたのはまるで何もわかっていないような反省していない男の声

だが実際に痛そうだったのは本当だろう。

男が頬を擦っている間に、力の限り男の頬を殴った女はギロリと男を睨みつけて最後に「さようなら」と告げて去って行った。

そして近くにいて、この状況から隠れようともしない、さくらに女は腹が立ち、関係のない筈のさくらさえも睨んでいった。

しかし、彼女のその顔は屈辱に満ちていて、さくらは睨み返すことなく微笑み「お大事に」と言った。

その言葉に顔をトマトのように赤くさせて、悔しそうに女は走り去っていく。


確か彼女はどこぞの金持ちのお嬢様だ。

そういう人は馬鹿みたいにプライドが高い。その為、男に二股・・・いや、数えきれないほど彼女がいたのだろう。それに気がつき、この様に発展したのである。

追い討ちでさくらに馬鹿にされた事も彼女にとっては屈辱的だった。




「また女の子を怒らせたんだ」

「はあ?別に怒らせてる訳じゃねーよ」



全く反省の「は」の字さえ感じられない男の態度に、さくらは呆れて溜め息さえも出なかった。



「あなたの女遊びが悪いのよ」

「別にいいだろ、向こうだって遊びなんだから」


男は引っ叩かれた頬を擦る。

すぐに痛み引くだろうと思われていたが、これは厄介な事にすぐには痛みは引いてはくれないよう。

さくらは男が何かぼそぼそ呟いた事に気がついたがあえて問わない事にした。

きっと彼女に対しての愚痴か、何かだろう。しょうもない事だけは分かっている。


さくらは、まだ引かない赤い頬に触れる。




「ん、何だ・・・?」


男はただ目を細めながら大して驚きもせず目の前の女を見据える。

まるで感情のない人形のような無表情な顔をしていた。

待っても離れない女の手に眉を寄せる。

女の・・・さくらの手はとても冷たくて気持がよく、柔らかいので好きだと思った。いつもなら冷たい言葉の1つや2つ言っている彼女が今日に限ってはこんなにも優しくしてくれるのだ。

何かを思い立ち、さくらに向かって投げかけようとした言葉は空気を震わせる事はなかった。

何故なら男より先に言葉を放ったのはさくらだった。



「痛いの痛いの飛んでいけ」


その声は棒読み。

だけどこの変な緊張感で、こんな間抜けな事を言われて笑わないヤツはいない。

むしろ笑ってくれといっているものじゃないのか。

そんな事も考える余裕もなく男はお腹を抱えて噴出した。



「っぶ・・・お前、何言って!?」




バチン、パチン、パチーン



「いっ!」






冷たい空気に包まれた廊下に綺麗な音が鳴り響くのは2度目で連続ビンタが飛んだ。

その音は、この冷たい廊下にとって慣れたかのように、すっと溶け込んで消えていった。


さくらは思いっきり男の頬を叩いていたのだ。

その顔は無表情ながら少し悲しい顔だった気がした。




「これはアンタが傷つけてきた女の子の分だと思って受け取りなさい」

「・・・」

「これに懲りたら遊びなんてしないでよ。私、もう、あなたの面倒なんか見てあげないから。」



頬から離そうとするさくらの手をギュッと掴む。

さくらの無表情な顔は一瞬痛みに歪む。だが、男はそれを軽くあしらって、全く気にしてなどいなくて



「何で俺が遊びなんかしてたと思う」

「知らないわよ、そんなの」

「お前に振り向いてほしいんだけど」

「意味分かんない」



無意識に下を向いてしまった顔。

無理やり顎を掴まれて上に上げられる。

正面を向いたさくらの目には勿論男が写る。

だが、今、自分を見る彼の顔がどこかいつもと違って見えたということに、どうしてか、さくらは分からなかった。


顎を掴んでいる手を振り払う。

だけどそれは無意味な抵抗に終わる。。

男の手は離してはくれなかった。




「なにっ・・・」


学習していないさくらは諦めずまた手を振り払おうともがこうとする。



「俺、お前の事が、好き、なんだ」



・・・っ


喉から声にならない声が出る。

そして、男の手を振り解けなかった悔しさと、意味の分からない感情がにじみ出て涙が出そうになった。

きっと、これは冗談だ。

彼はゲームのつもりで言っているんだ。

自分の事だって遊びに決まっている、そうでなければなんだと言うのか。

「好き」なんて言葉、彼には一生必要としないものと思っていた。

それに言ったところで似合うはずない。そう思っていたのに、ムカつくほど、さまになっていて

私は彼の遊び道具にはならない、そう思っているのに、男の綺麗な瞳に囚われ、そして背ける事も出来ずに、私はただ頷く事しか出来なかった。




いつもなら、笑い飛ばしてすぐにでもこの手を振り払い、憎まれ口をたたきながらも、話し相手をしてやるのに出来なかったのは、男の顔がすごく真剣だったから。




やっぱ、廊下は少し寒いな・・・と、馬鹿みたいに働かない頭で考えていたら、ぬっと影が顔にかかった。

気がつけば男の顔が近づいて、今まで分からなかったが彼は睫が自分より長い事に気がついて、後で文句を言ってやろうと思った。


直後、唇に温かい感触が伝わった。




それと同時に、私は今始めて自分の気持ちに気がついた。





何で、彼が他の女と居るたびに、胸が痛くなったのか、何で男が殴られるたび安心していたのか


これほど簡単なことはない



ああ、これは恋だ































さくらの真っ黒な髪は、廊下の窓から突き抜けていった、甘い匂いのする風に揺らされていた。













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