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クリスマス・イブ

作者: 瀬古冬樹

 二日前、天皇誕生日の前日に学校は終業式を終えた。

 そして冬休みになって二日目の今日はクリスマスイブ。窓から見える街を行き交う人々は、どこか浮かれて楽しげで。仲の良さそうなカップルを見ては、羨ましくて小さく息を吐き出した。

 今日は朝から高校の友達とカラオケボックスにこもっていた。今日のメンバーには全員彼氏がいない。


「クリスマスは友情を深めるためにあるのよーー!」

 なんて、マイクを通して叫ぶ彼女が今日の幹事。

 彼女は先週、春から付き合っていた彼氏に振られたらしい。悲しくて悔しくて、一人ではクリスマスを過ごしたくなかったそうだ。振られたという翌日には、このカラオケを企画してメンバーを集め始めていた。

 集まったのは私を含めて十人。思い思いにソロで、あるいはデュエットで、あるいは踊りつきでフリータイムを存分に楽しんだ。

 歌って、時には叫んで。少し喉が痛いような気がする。


 フリータイムが終わってカラオケボックスから外に出れば、既に薄暗くなっていた。

「イタルで夕飯、そのあと駅ビルのイルミネーション行こう!」

 幹事である子が、このあとの予定を全員に告げる。

 イタルはここから駅ビルの前を通って少し先にあるファミレス。財布に優しい値段で、学校からもそこそこ近い。友達同士でご飯を食べたりする時には、イタルへ行くことが多い。

 ぞろぞろと固まって、カラオケボックスからイタルへと移動を始めた。

 途中、駅ビルのイルミネーションの前を通るときには全員で足を止めた。夕闇にぼんやりと浮かび上がるイルミネーション。暗闇で見れば、もっと幻想的で美しいに違いない。

 夕食の後にも見る予定のイルミネーションは、一分ほど見ただけで再び足を進めた。


 イタルに着くと、さすがに十人が一度に座れる席はなく、隣合う二つの席に分かれて座った。店内はほぼ満席で、私たちと同じ高校生くらいのグループが目立っていた。

 席に着いて真っ先に全員でメニューを譲り合って見て、注文を済ませてしまう。ドリンクバーにも順番に取りに行き、全員が席に座ってようやく、お喋りに花が咲き始めた。


「莉緒は好きな人とかいないの?」

 周りの話に耳を傾けながら呑気にジュースを飲んでいたら、急に話しかけられてびっくりした。確かに誰がかっこいいとか、そんな話をしてはいたけれど。

「……な、なに?!」

 ジュースが気管に入りそうになって、むせる。

「あー! 私も気になるっ! 莉緒ってば周りの男子には興味ありませんって顔してるんだもん。本命がいるのか、年上好きで周りが子供っぽく感じるのか、はたまた男嫌いなのか……。気になってたんだよね~」

 隣のテーブルに座っていた子にも聞こえていたらしい。わざわざ身を乗り出して話に入り込む。

「や、好きな人なんて、そんな……」

 なんと言えば良いのかわからず、しどろもどろに意味のない言葉を連ねた。

 そうしているうちに他のメンバーも私のことに興味が出てきたのか、全員の視線が自分に集中してしまったのがわかる。ついで、自分の顔が赤く染まるのも。

「んもぉ、莉緒ったらしょうがないなぁ」

 そう言って立ち上がった幹事の子が宣言する。

「こうなりゃ、暴露大会、だね」

 非常に楽しそうな笑みを浮かべて。

 助け舟かと思ったら、違った。


「まずは言い出しっぺの私ね! 先週、まー、みんなも知っての通りなんだけど、彼氏に振られちゃったんだよね。だけどさ、まだアイツのこと、ホントは好きでさ。未練たっぷり! なんだよね……」

 途中まではわざと明るく話していたようだけれど、徐々に声が小さくなって、表情も寂しげなものに変わっていった。隣に座っている子が、慰めるように背中を軽くさすっていた。

「次は、私ね!」

 そう言って顔の高さに手をあげたのは、私に好きな人はいるのかと質問を投げかけた子。

「私はね、生徒会の神楽先輩が好きなのっ。部活が一緒でね、丁寧に教えてくれるし、できるまで何度も付き合ってくれて。そういう面倒見のいいところとか、なんか好きだなあって」

 ほんのりと頬を上気させて話す姿はかわいらしい。


 次々に好きな人を打ち明けては「うそぉ」とか「確かにかっこいいよね」とか、色々な反応があがる。私も名前を知っている人ばかりで、顔を思い浮かべては納得する。

 それと同時に私は自分の好きな人のことを思い浮かべていた。

「あとは、莉緒だよ」

 とうとう私の順番が回ってきて、再び全員の視線を感じた。

「あの、あのね……」

 意を決して話すことにした。私が大好きでたまらない人のことを。


 かなめ君は近所に住む、いわゆる幼なじみ。

 四歳上の大学生で、お兄ちゃんの同級生。小さい頃から一緒に遊んでもらって、気付いた時には好きだった。今も好きな初恋の人。

 だけど最近、私が高校に入学したくらいから、要君とはあまり顔を合わせなくなった。道で会っても挨拶をして終わり。もっと話したいと思っても何かとすぐに立ち去ってしまう。話をしている最中に視線がさまよっている時だってある。笑うことも少なくなって、何かに耐えているような表情を見せることもあった。

 どう考えても避けられているとしか思えない現状に、要君は私といるのがイヤになってしまったのかも、とより一層悲しくなる。自分の気付かないうちに、要君に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。

 考えても、答えは出なかった。 


 そんなことを、自分としては軽く、本当に軽-く、言ったつもりだった。

「そっか、莉緒はその人が本当に好きなんだね」

 そう呟いたのは誰だったか。


 話しながらも食事に手をつけていたこともあって、私が話し終えたときには全員、食後の一服といった状態だった。

「外も暗くなったことだし、そろそろイルミネーションを見に行こうよ!」

 明るい声で提案する幹事に全員で賛同し、それぞれが支払いを済ませるとイタルを後にした。

「寒いねー」

「寒いならいっそ雪でも降ってくれればいいのにね」

 そんなことを話しながら、歩いて数分の場所にあるイルミネーショの近くまで戻る。そしてイルミネーションがよく見える場所に並んで立った。

「わ……」

 声にならない感嘆が私たちを包んだ。

 夕闇の中で見たのとは比べ物にならないほどの幻想的な光景に、思わず息をのんだ。


 左右に広がるイルミネーションの全体を見るために、視線を移したその先。

 どことなく寄り添うように立つ男女の、男性に目を奪われた。

(要君……)

 好きな人を見間違えるはずがない。斜め後ろからの顔だって、すぐに要君だとわかる。もうイルミネーションなんて目に入らなかった。

 隣にいる人は誰? 要君の大切な人?

 心の中で要君に問いかけた。もちろん、答えなどあるはずがない。


 ただひたすらに二人の様子を見つめていた。

 隣に立つ女の人が、要君に顔を向けた。どんな顔の人かまでは、ここからではわからない。ただ、ふわりとした髪が揺れたのがわかった。

 何事かを言われたのか、要君もその人に顔を向けた。顔をハッキリと確認できた。

(やっぱり要君だ)


 女の人が片手を伸ばして、要君の頬に触れると同時に背伸びして……。

 口付けた。


 キス、してる。


 目の前が真っ暗になりそうだった。それでも要君から目が反らせなかった。

 要君が目を見開くのが見えた。突然のことに驚いた様子だった。そしてなぜか要君の視線がさまよって。

「……っな、んで」

 目が合った。お互いの表情がかろうじてわかるという微妙な距離。それでも、要君の目がさらに開かれたのはわかった。

 そして慌てたように隣の彼女を引き剥がした。知った人間にキスシーンを見られたことが、恥ずかしかったのかもしれない。


「そろそろ行こうか」

 その声に、ようやくを視線を彼から引き剥がすことができた。

 イルミネーションから少し離れたところで集まって、帰り道が同じ方向同士でグループになる。

「今日は楽しかったね!」

「また遊ぼーね」

「冬休み、始まったばっかだけど短いよね」

 そんなことを笑いながら言い合う。たぶん、私もちゃんと笑えてたはず。

 名残惜しく、互いに何度も別れの言葉を口にしながらも、本当に解散になったのは三十分ほど経ってからだった。


 駅ビルの地下から地下鉄に乗って二駅。

 自宅最寄り駅のここで降りるのは私だけ。車内に残る三人に手を振り、電車がホームから見えなくなるまで見送った。そうしてからようやく、私はホームから改札口へと向かった。

 駅の南口から出ると、自宅へと歩き出した。

 駅から自宅までは十分くらい。住宅地を抜ける道には人通りがほとんどいないけれど、等間隔で置かれた街灯に照らされて、道は十分に明るい。

 一人になって歩いていると、先程見た光景が何度も思い出された。


 伸ばされた腕と、触れ合う唇。

 思わず眉根を寄せて唇を軽く噛んだ。そうでもしないと、涙がこぼれてしまいそうだった。

 隣に立った女の人の顔は、最後まで見えなかった。要君は驚いていたみたいだけれど、人前であんなことするくらいだもん。きっと恋人なんだよね。

――あの人が、要君の大切な人。


「はぁ……」

 深いため息が零れ落ちた。

 四歳という年齢差は大きいと思う。ふわりと揺れた彼女の髪は、大人の女性の象徴のように思えた。それに比べて、私なんていかにも子供って感じに見えるんだろうな。

  家へと帰る足取りは重かった。一歩、また一歩と、歩みを進めるたびにさらに重くなっていくような気さえした。

 今頃、要君はあの人とクリスマスの夜を過ごしているに違いない。要君はあの人の前ではどんな風なんだろう。


「失恋、しちゃった……」

 呟いた言葉は、寒空の下で冷たい空気に溶けて消えるはずだった。

「どうかしたのか?」

 突然聞こえた懐かしいとさえ思えるその声に、俯けていた顔をあげた。

 少し離れた先、電柱にもたれるようにして要君が立っていた。

「な、どうして? あの女の人は? イブなのに、なんで」

 私の質問に答えることなく、要君はこちらに向かって歩いてきた。


 私のすぐ目の前に立った要君は、私の髪に手を伸ばした。

「なんか、泣きそうだな。失恋って聞こえた。好きなヤツに振られたか?」

 要君の手が髪の毛の上を滑り降りて肩に移動した。その手で私を要君へと引き寄せたのだ。

 要君の胸に顔を少しうずめるような距離に驚く。慌てて顔を少し後ろへと反らして要君を見上げれば、私をじっと見つめる要君と目が合って、慌てて視線をそらした。


「な……、なんて、さっきの人は?」

 呟くように聞けば、静かな要君の声が頭上から聞こえた。

「さっきの人って?」

「駅ビルのイルミネーションのとこで、……キス、してた」

 再び脳裏に甦る光景に、声が震える。

 やっぱり見てたのかと、要君が息を吐き出した。その息が耳元をくすぐって、恥ずかしくなる。

「あれはただのゼミ仲間。たまたま必要な資料を探しに行ってて、ついでにイルミネーションも見てた」

 小さなため息が落とされて、体が震えた。

「でも彼女なんでしょ? じゃなきゃキスなんてしない」

「彼女なんかじゃない」

 私の問いかけに、すぐにキッパリと要君が言い切る。

「だまし討ちみたいにキスされて、すっごく不快だったよ。よりにもよって莉緒に見られたし」

 私の肩に置かれていた要君の手が背中に回った。ゆっくりとその腕に力がこめられて、あっと思ったときにはしっかりと抱きしめられていた。


「好きでもないヤツとのキスなんて、気持ち悪いだけだ」

 耳元で聞こえる声。耳や髪にかかる吐息。それを感じるたびに、顔に熱が集まるのを止められない。

 彼女じゃないという要君の言葉に安心した。

 でも、だまし討ちみたいとは言うけれど、それでもキスはキス。それが悲しくてたまらない。

 積極的にキスができる女性。それくらい彼女は要君のことを好きなのかもしれない。

 胸の奥がチクリと痛んだ。

 要君だって、今は好きじゃないと言うけれど、この先はわからない。だって積極的にアピールされ続けたら……。


 背中に回されていた要君の腕が急に離された。要君のぬくもりが消えた背中がやけに寒く感じる。

「なあ、莉緒?」

 もう一度ぬくもりを感じたくて、そして要君の問いかけに答えるように、再び彼を見上げた。

「お前の好きなヤツってどんなヤツ? 莉緒を振るなんて、見る目がないな」

 合わさった視線をそらすことができない。

「そんな男、やめちゃえよ」

 そう言って突然、要君の顔が近付いてきた。

 再び腕が背中に回されて、そのぬくもりに幸せを覚えた。

 同時に触れ合う唇からも伝わる彼のぬくもり。


 キスをされているのだと、ようやく気付いた時には涙が溢れていた。

 さっき、好きでもないヤツとのキスなんて気持ち悪いって言ってたのに。それなのに、彼は今、私にキスしている。

 少しだけ唇が離された。

「なんで抵抗しないんだよ? 抵抗してくれないと、止められないだろ」

 話す要君の吐息が唇にかかって、なんだかくすぐったい。

 抵抗なんてできるわけがない。要君がなんでこんなことをするのかはわからないけれど、私は唇を離して欲しくないと思っているのだから。


 少しの間じっと様子を窺っていたらしい要君は、それでも私が抵抗しないと気付くと再び唇を合わせてきた。

 最初はそっと触れるだけ。

 そして少し押し付けるように。

 角度を変えて何度も。

 徐々に深く口付けられ、口内をまさぐられる。

 何度も何度も、重ねられる唇。

 もしかして、要君も私のことが……。勘違いかもしれない。けれど、胸の奥底から湧き上がる幸せ。

 ためらいながらも、私も要君の背中に腕を回した。


 一瞬、要君の動きが止まったと思ったら、抱きしめる腕の力が強まった。

 キスが繰り返される合間、少しだけ離れた唇が開いて

「りお、莉緒」

 何度も名前を呼ばれた。それだけで、ますます幸せになる。


 ようやく唇が完全に離れても、抱きしめられる腕は離れない。

「なんで抵抗しなかった?」

 静かな声で聞かれた。

「だって……」

 告白、してもいいのかな。私の気持ち、伝えてもいいの?

「お前、好きなヤツがいるんだろ? 好きでもない俺にあんなことされて……。もしかしくて、怖くて抵抗もできなかった、とか」

 要君は誤解している。

 その好きな人は要君で、要君だからキスされても拒まなかった。


 伝えよう。自分の気持ちを。

「私、失恋したと思ったの。好きな人が、ずっと好きだった人が、知らない誰かとキスしてて。その相手が、要君の恋人だと思った」

 その言葉を最後まで言い終えたかどうか。

 再び、唇を奪われた。

「俺は、……俺も、ずっと莉緒が好きだった。まさか莉緒に先に言われるなんて。俺、かっこわる」

 離された唇が耳元に寄せられて、静かな声が届く。その言葉に、囁きにこもる熱に、胸が震えた。

「嫌われたと思ってた。要君、私のこと避けてるみたいで。好きで、ずっと好きだったから、辛くて。悲しくて」

 こぼれ落ちる涙を、要君が優しくぬぐいとる。

「うん、ごめんな」

 ぎゅっと、要君の背中に回した腕に力をこめた。


 少しして、私が落ち着くのを見計らったからのように再び要君が口を開いた。

「莉緒が、高校の制服を着てるのを初めて見たとき、一瞬で欲情した」

「よ、くじょう?」

「そう」

 要君は照れたように表情を崩した。

「抱きたいって、思ったんだよ。お前が泣いても、抱いて俺のものにしてしまいたいって。そう思った自分が怖くて、莉緒を避けてた」

――抱きたいって、つまり、その……。

 一気に顔が熱で火照った。

「要君、好き。ずっと好きだったの」

 精一杯の私の気持ち。

「俺も、莉緒が好きだ。ずっと」

 その言葉が胸の隅々にまで染み渡った。


「帰ろう。風邪をひかないうちに」

 回された腕が、抱きしめられていた体が離れていくことに寂しくなって。

 思わずもう一度、ぎゅっと抱きしめた。

「ダメだよ、莉緒。言っただろ。俺は莉緒が抱きたいんだって」

 困ったような顔を見せる要君。その言葉に驚いて、彼の背中に回していた腕を離した。

「大丈夫、無理矢理なんてしないから。それくらいの理性はある」

 そっと手が繋がれて、そこから伝わる要君のぬくもりに、再び幸せに満たされた。



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