プロローグ『天高くそびえる商店街』
東京都心に位置する、とあるビル。
地上50階、地下20階。その高さは地下深度を含めれば250メートルを越える。
しかしそのビルの本質はその高さではなく、中身。
地下20階から地上25階の計45フロアにはそれぞれ数十の店舗が軒を連ねる『支店層』、地上26階から48階までは支店層で働く『スタッフ』たちの暮らす『住宅層』が入っており、それより上の2フロアにはビルのオーナー及び幹部たちが使う『幹部層』が君臨する。
それらの三ヵ層から成るそのビルには、『シティタワー』という名がついている。
ほんの数年前に建設、開業が果たされ、現在では日本の経済の核のひとつとなり、国にとってその重要性は計り知れないものとなった。
ひとつの会社という体を騙っているものの、その姿は会社というよりも、名の通り『シティ』──つまり『街』である。
支店層に店舗を構える店々はそれぞれがほとんど独立状態であり、しかし本質的には『シティタワー』の『支店』であるから、協力体制を保ったまま、それぞれがそれぞれの売り上げを伸ばしている。
そんなシステム的な話ばかりしているとイメージ的には冷たいシステマチックロボットのように感じるかもしれないが、実際はそんなことはない。
郵送なども受け付けているものの、基本的な商売の基盤は『買いに来た客に商品を売る』ことであり、訪れた人はそのイメージを「昔ながらの商店街のようだ」と感嘆する。
実際、その形容はあながち間違ってはいないのだろう。
故に『シティタワー』は、「世界で最も大規模な商店街」と称される。
とある、まだ『支店層』が活動し始めていない早朝の『シティタワー』。
「おや、小町ちゃん。お父さんに用事かい」
シャッターを上げた肉屋の主人が『支店層』を歩く少女に声をかけた。
実は──と言うほどのことでもないが──シティタワーは、支店層が活動を始める前に関係者以外の人間がビル内に入ることは不可能だ。
中に数百の店舗が詰め込まれているだけあって、そのセキュリティは厳重である。
だから、その『少女』も勿論、関係者ということになるのだが──
「小町ちゃん、今日は良いレタスがあるよ。朝ごはんのサラダにどう?」
今度は八百屋の女店主が声をかけた。
肉屋の主人や八百屋の女店主だけでなく、シャッターを開けて開店の準備をする店主・店員たちの全員がその『少女』に口々に声をかける。
まるで昔から見知った地域の子供に声をかける商店街の人々のように。
声をかけられた『少女』もまた、登校中に近所の大人に「行ってらっしゃい」と言われた子供のように、にこやかに愛嬌のある笑顔を周りに振り撒いていちいち返事をしていた。
『少女』の名前は塔阪小町。
11歳の小学生で、『シティタワー』オーナーのひとり娘だ。
いずれはオーナーの跡を継ぐだろうと言われているが、支店層で働くスタッフたちが彼女に対して愛想が良いのは今のうちにゴマをすっとけというようなビジネス的なものではなく、オーナーに対する信頼と尊敬故、その娘に対しても好意的に接しているという訳だ。
もちろん彼女の可愛らしいパーソナリティも、その『好意的』に拍車をかけているのは言うまでもない。
彼女自身、このビルのスタッフたちに対しては好意的であり、また、地元の優しいおじさん・おばさんのように慕っている。彼女とビルのスタッフたちとは、『シティタワー』オーナーを通した固い絆で結ばれている。
────ということになっていた。
チン、とベルが鳴って、エレベーターが『最上階』に到着したことを告げる。
扉が開くと、そこにいたのは若い女性だった。
秘書のようなキッチリした黒いタイトスカートのスーツに、短く揃えた漆黒のボブカット。小脇には多数の書類を抱えている。
秘書のような、と言ったが、端的に言って、実際にそのまま秘書である。
『シティタワー』創立当初からオーナーの右腕として働いている、『幹部層』のひとりだ。
「御早う御座います、社長」
「社長は止してください。この『シティタワー』は会社ではありません」
エレベーターから降りる進路を空けようと脇に逸れて挨拶した秘書に、『社長』と呼ばれた人物は不満そうに鼻を鳴らした。
「今日の予定は?」
「午前中はフリーです。午後からは米国大手会社社長との会談。それから夜は本国のIT会社社長との会食です」
「いつも通りにお願いします」
「かしこまりました」
社長(本人によると、社長ではなくオーナー)と秘書の会話らしい、そんな掛け合いがしばし続いた。と、そこで『オーナー』は最初の報告を思い出す。
「午前中はフリーなんですか?」
「はい、そうです。社長がおっしゃっていた事と存じますが。常に午前中、及び午後3時までは仕事を入れるな、と」
「はい、確かに言いました。厳守してくれているようで何よりですが、しかし今日は日曜日なので別に予定を入れても構いませんよ?」
それと、社長ではなくオーナーです、と忘れずに付け足す。
そんなやり取りを続け、やがて『オーナー』と秘書は社長室の前で足を止めた。
荘厳な扉を秘書が開く。
扉の向こうにあるのは、いかにも『社長室』という感じの社長室だ(オーナーは『社長室』という室名についても普段から文句を言っている)。
シックな色で統一され、中央には接客用のテーブル、奥ではオーナーが使う椅子と机が異様な重圧を放っていた。
秘書が扉を開けたまま控え、オーナーは社長室に足を踏み入れる。
『オーナーが座るには少し大きな』椅子にどかりと座り込み、『少し背の高い』机に手をかける。
「私としては、社長の言い付けさえなければ、日曜日と言わず、平日の午前中から仕事を入れたいところなのですが」
「仕方がないでしょう。平日は学校があるんです」
私はまだ小学生なのですから。と、『オーナー』は────11歳の少女、塔阪小町はそう言った。




