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パピヨンゲージ  作者: 砂知恵
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故郷.3

epi.4「故郷.3」


純の目的地は、彼の自宅を基準にして南側にある山を越えたところにある海岸線だった。海岸線、とは言ってもかなり小規模で、しかも遊泳禁止とされている場所なのだが、彼はそこが昔から気に入っていた。特別な思い出がある場所でもない。ただ、そこの景色が何となく気に入ってからよく行くようになった場所、と言うのが彼にとって1番しっくりくる表現であった。


だがしかし、彼がその足で歩きゆく方向は決して南側ではなく、西であった。それにも、それなりの理由がある。と言うのも、確かに無理矢理に南へ下っても目的地には到着できるが、西側から回り込む形で行く方が色々とやりやすいのだ。何せ、南側に構えている山々は道路整備こそされているが、年間10件前後の事故率を誇るほどに複雑な道なのだ。それに、坂も異様なほどに急で、酷いところになると42度にもなる。

それに対して、西側からのルートを取ると比較的平坦で単純な道のりだから、安全面でも体力面でも都合が良い。彼が西側ルートを選択するのも、自明の理である。


ところで、彼はそう言う現実的な方面でそのルートを好んでいるのだが、その一方で個人的な理由で西側ルートを嫌っていた。


彼が通っていた小中学ともに、その道中にあるからだ。


と言うのも。彼はかつて、クラスの生徒によくいじめられていた。いじめられる理由は昔から変わらなかった。曰く、何を考えてるか分からない、何となく気味が悪い。彼がいじめられていた理由はそう言った理不尽な物だった。そしてそれは、純本人としては心外極まりない理由だった。自分も人並みに喜怒哀楽を示していて普通に人と喋っているのに、何が分からないのか、と。

そう言った、あまり気分のよろしくない記憶が積められた場所があるからこそ、彼はやはりその道を感情的に好いていなかった。


しかしながら、自分の命と自分の感情を天秤に掛けるならば、やはり命の方が重たくなるから、多少のことは我慢しなければならない。

純は、いささか不愉快な気分になりながらもその道を進んでいった。



中学生時代のことを例えに出してみると、澄川・純と言う人間はいじめられる理由を除いて言えば、それなりに優秀な生徒であった、と言えた。1、2、3年ともに学力的な成績は常に学年でも上位20名の内に数えられていたし、運動も人並み以上に出来ていた。部活では少林寺拳法部に所属していて、乱取り大会では何度か優勝経験もある。そして、優秀な生徒とは少し離れるが、何より見てくれが良かったと言えば良かった。身長は176㎝、小顔のハンサム。しかも、普通に感じの良い性格をしていた。言ってしまえば、彼は外聞的には非常に恵まれていたのだ。


なら何故に彼はそんなにいじめられていたのか、と訊かれたのならば誰も答えられない。実際、彼は人間性において嫌われるような要素は持ち合わせていなかったのだから。ただ、1つだけ言えるとしたら、彼は嫌われていじめられていたというよりかは、気味悪がられていた、と言った方が正確ではあった。



道中、嫌な場所を2つ通過して彼は、ゆったりとした山道を歩いていた。家を出てから、おおよそ40分ほど経過していた。


彼が今歩いている道を進んでいけば10数分後には目的地に着く予定だ。今回は幸いなことに、道中において知り合いと会うことはなかった。


彼は、目的地が1番気に入っているのだが、今歩いているその道、緩やかで木漏れ日に照らされているこの時間帯の道も気に入っていた。やや西に傾いた太陽が照らし出すその道は、その時間帯だけの、どことなく西洋的な雰囲気の山道。無論生えている樹木は、スギやマツで至って日本の山らしい種類の物ばかりだが、樹木間が広く取られているそれらは、そこだけ日本ではないようでもある。風通しが良く、かつ程良く乾いた山独特の空気と匂い。彼はそう言ったものも好んでいた。


「演習のときなんて・・・・・・」


彼は、歩きながらぼやいた。


「こんなに余裕がある山じゃなかったからなぁ・・・

バイクですり抜けるのも大変だったのに、この山は普通にまっすぐ突き抜けられそう」


立ち止まり、木々の隙間の広さを見つめながら、彼はしみじみとそう言った。彼は、陸上自衛隊の機甲科偵察部隊に所属している。ちなみに第3偵察隊だ。

演習でも、やはり偵察斥候要員として活躍しているのだが、彼は山中でのバイクのコントロールがあまり得意ではなかった。できないわけではないのだが、不得手なせいで他の隊員よりも体力を消耗しがちなのだ。


額に滲む汗を拭い、呼吸を整えて、彼はまた歩き始めた。かすかな潮のにおいが空気に混じって、彼の鼻腔に届いていた。


もうしばらく歩いていくと、彼の視界が一気に開けた。


そして・・・・・・



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