帰郷
はじめまして。砂知恵と申します。
今回が処女作になります。
それなりに長い間練り込んだ作品ですので、どうかお楽しみいただけたら幸いです。
それでは。
第1章 ~それは、花のように美しく~
epi.1「帰郷」
世の中には、一見何を考えているのか分からない人間、というものがいる。正しく彼は、そう言った種類の人間に数えられる、それこそ代表例のような男だった。
その名を、澄川・純と言う。
一昨年高校を卒業して、現在陸上自衛官である彼はたまっていた有給の消化を命じられて、奇跡的に3ヶ月分たまっていたそれを片すために実家に戻っていた。
「あれ・・・・・・車が足りない・・・?」
車庫を覗き、その変化に彼は思わず感想を口に出してしまった。そう言えば俺が出て行ったら車1台に絞るとか言ってたっけな、と思いながら、彼は実家の玄関口へと足を進めた。
「・・・・・・ただいま」
素っ気ない玄関の戸を開きながら彼はそう呟くように言った。車庫に車がないところを見るに、彼の家族は外出をしているようだった。
無理もない。
何せ、彼は何の連絡も入れず、ゲリラ的に実家に戻ってきたのだ。しかも8月の休日の午前11時に。
やっぱりか、そう嘆息して玄関の敷居をまたぐと、奥の方から来るある気配に、彼は気付いた。
殺気を伴わない程度に警戒していると、奥からの気配の主が、ひょっこりと顔を出した。
「!・・・ハヤトラ」
それは、ドデカい雄猫であった。メイクーンであるハヤトラは、少なくとも彼が高校三年生の時には体長が80cmを越えていた。体重にしても、10kgを優に越していたのだ。今では、どれほどの大きさなのか、純には想像がつかなかった。
玄関をあがって部屋に入ると、まず彼はハヤトラを抱き上げた。肩の位置に抱くとハヤトラはまるでジャケットのファーのように純に巻き付いた。一見すれば、本当にファーのようにも見える。純が着ている服が、自衛官の制服でなければ。
低くややしゃがれた声でハヤトラが鳴く。
「・・・・・・ただいまな、ハヤトラ」
純の右肩に顎を乗せてくつろぐハヤトラを撫でながら、彼はそう言った。
ハヤトラは満足そうに、左肩の方でだれているフサフサの尻尾を揺らしていた。
「・・・・・・重くなったな、お前」
久方ぶりの帰郷は、ハヤトラの体重増加の事実と、襟元や背中についているであろう抜け毛の処理の算段などの案外素朴なもので飾られることになった。
家の中は、純が家を出た日のものと、ほとんど変わっていなかった。もっとも、ほとんどと言うだけあって多少の変化は見られた。一番顕著だったのが、外に干してある洗濯物だった。
そこには、彼が着ていた高校指定のカッターシャツも、愛用のTシャツも、部活の道着もタオルも、「純の」が頭に付くものが何一つ干されていなかった。
当たり前と言えば当たり前なのだが、それでも彼はそれだけで自分がこの家を出ていったのだなと言う事実を改めて感ぜずにはいられなかった。
とりあえず、食卓の椅子に制服の上着をかけると、彼は洗濯物を取り込むことにした。
「昔は・・・・・・こういう手伝いを・・・・・・死ぬほど嫌がってたかな」
半分ほどを取り込んだところで、彼はそう呟いて苦笑た。
「あのときは・・・・・・何にでも・・・・・・イラついてたしな」
全ての洗濯物を取り込んだところで、彼は腰を伸ばして、そのついでに空を見上げた。彼の目に反射しているのは夏の日差しと青々とした空、そして入道雲だった。しかし、彼が見ているものは、少しばかり遠くなった過去であった。
「やっと今年で20歳か」
目を閉じて感慨深そうにそう呟いていると、彼の耳に懐かしい音が微かに入ってきた。
「あ・・・・・・母さんの車にしたのか」
懐かしいエンジン音を聞きながら、彼はそう類推した。彼の家の家族それぞれが軽であれ何であれ、それぞれ1台ずつ車をも持っていた。その中でも、とりわけ燃費が良くて扱いも簡単だったのが純の母親が持っていた軽自動車であった。それが残って、現在も使われているのはそう言う所以だろう、と彼はさらに推測を掘り下げた。
そして、やはり車庫の前に留まったのは彼の母親の車だった。後部座席のドアが開いて、中から彼の祖父母がパンパンに膨らんだトートバッグを抱えて出て来た。
「お帰りなさい。先に上がらせてもらってるよ。あと、洗濯物もさっき取り込んだから。畳むのも俺がやっとくよ」
さも当たり前のような態度でそう言う彼を、彼の祖父母は信じられない物を見るような目つきをしたまましばし固まることで返事とした。
「お帰りなさいでただいま。帰ってきてたのね、連絡無かったからビックリしちゃったじゃない」
「そうだったっけ? まあ、ただいま」
「おぉ、クソ孫。生きてたか」
「じいちゃん。うん、危なげなく生きてたよ、ただいま」
「おぅ、おけーりおけーり」
彼は2年ぶりに、自分の家に帰ってきた。
まだまだ続きます。
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では!