07 なれの果て
「捕獲!」
大将くんの叫ぶ声とガシャンという錆びた音が大きく響き、渉くんの身体からそっと顔を出してみると鎧が縛られて床に倒れているのが見えた。
…もう声は聞こえない。
「うへー、ぬめって気持ちワリ」
「大丈夫なの? 透」
「あ、うん」
みんなは鎧はもう大丈夫だと分かると、私と渉くんの下へ来てくれた。私の無事を確認すると、渉くんに視線が集中する。
「で、誰お前」
「知り合い?」
「てゆうかそろそろ透から離れたらどうなのアンタ」
「え、あ、ごめん透」
「あ、ううんありがとう」
私達は香菜子に言われてはじめて未だ近い距離にいる事に気付いて、そそくさと離れた。離れた今も視線が痛い(特に香菜子の)。早く説明しないとあらぬ誤解が生まれてしまうかもしれない。
「えっと…こちら渉くん。さっき会ったの。渉くんも出れなくて困ってるみたい」
「あーどうも…?」
「何歳、彼女は」
「は?」
「いま何歳で彼女はいるのかって聞いてんの」
怖い、香菜子が怖い。どうしてだろう格好いい人は好きなはずなのに渉くんへの風当たりが痛い。
香菜子は勘違いされやすい性格だから嫌な思いしてなければいいな、と渉くんの方をみると少し焦った様子で特に不快な思いはしてないようだ。良かった。
「えーっと、17歳。彼女はできた事ない…けど?」
「…よし!」
渉くんを下から上までしっかりと見た後、香菜子はOKマークを出した。なんかよく分からないけど合格みたいだ。
「アタシ香菜子。透の事本気になったら協力してあげてもいいわよ?」
「俺は健! コイツの事はギャル仔って呼べば喜ぶぞ」
「だ れ が んな事言ったのよ! アンタだってガキ大将で充分でしょうが!」
「僕は瞬。瞬でもメガネでもいいよ」
「えーと大将くんにメガネくんに、…ギャル仔ちゃん?」
「話聞いてんの!?」
みんなにギャーギャーと騒がれ対応に追われている渉くんをそろそろ助けてあげようかな、と何か言おうとした時視界の隅で鎧が僅かに動いたのが見えた。危機感を覚えてバッとそちらを見ると、鎧は動きを止めず、なお剣を掴もうと軋んでいた。
「やめて」
自分でも驚くほど素早く静止の言葉が飛び出した。その声で鎧が未だ抵抗している事にみんなが気付き、鎧を睨む。それでも抵抗する鎧に私はその傍に座った。危ないよと香菜子が言ってくれたけど、私は大丈夫な事を頷きのサインで返してまた鎧と向き合った。
「どうして私の大切な人をきず付けるの」
抵抗するだけで返事はない。
「どうしてこんな事するの」
返事はない。
「何をそんなに必死に守ってるの」
返事は、あった。
私が−と低い声が響いた。
『私がこの屋敷を守らなくてはならない。皆が帰ってくるまで私が…』
さっきまで聞こえていた男性の声が聞こえた。すると、その鎧は中が見えるように透けだして、奥には燕尾服を着た男性が虚ろな目で地面を見ている。歳は30代くらいだろうか、一見若いのにその姿は酷くやつれているようだった。これを人は幽霊と呼ぶのだろうか、不思議と怖さはない。
帰ってくるまで、と言ったのはもしかしてこの屋敷が今は無人だと知らないんだろうか。死んでもまだこの屋敷を守っているんだろうか。もしそうならそれは、あまりにも悲しかった。
『奥様と旦那様が私に命令して下さったこの部屋だけでも…私が守らなくては…』
「でも、もうここにはだれもいないんだよ」
聞こえているのかは微妙だったが会話しようと話しかけると、男性は疑問の目で私を見た。私はなんとか屋敷の“今”を知ってほしくて、その鎧に触った。想像以上に冷たくて一瞬息が詰まったけれど、そんな場合ではないと会話を続ける。
「大丈夫だよ、もう終わったよ。ちゃんと守りきったんだよ」
『………』
「もう休んでいいんだよ」
俯きながらもそう言うと、しばらく黙っていた男性はふと辺りを見回して「ああそうか」とさっきよりも優しい口調で息を吐くように言った。
『とっくに、終わっていたか』
その瞬間、私の横に生ぬるい風が通り過ぎた。同時に透けて見えた男性の姿はふっと消え、鎧は力を無くしたように床にその身体を打ちつけた。その弾みでゴロリと頭が転がる。
それっきりもう動く様子はなかった。
「…消えた」
どうなったのか分からず渉くんを見上げると、彼は泣きそうな顔で笑い隣に座って鎧をトンと小突いた。
「…成仏ってやつじゃないかな。もう使命を果たしたって分かって眠ったんだよ」
「………、そっか」
しばらくみんな、その場を動く事が出来なかった。全員が、何らかの理由で死んでしまったにも関わらずに使命を果たそうとして、
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「って開かねぇし!」
大将くん渾身の突っ込み。
ずっと立ち尽くしているわけにもいかず、行こうかと渉くんが合図してみんなで奥の部屋に入るべくドアノブを捻ると鍵がかかっているようで開かなかった。鎧と鍵の二重のロックとは恐ろしい。
「仕方ないよ、次行こう健ちゃん」
「ちっしゃーねぇか」
開かないと分かるとメガネくんと大将くんはさっさと引き返して玄関の方へと向かった。きっと南の方の部屋を調べに行くんだろう。2人の後に続いた香菜子に名前を呼ばれて少し駆けた後、振り返って渉くんを見た。
「渉くんはどうするの。まだあそこで本調べる?」
「あー…」
渉くんは視線を外して何か考えたあと、首を左右に振った。
「いや…うん、透達と屋敷内見て回ることにする。いい?」
「うん」
ちょっと安心した。大人がいるんだ、もし何か怖い事が起きても渉くんが居るなら大丈夫な気がする。難しい本が見つかっても渉くんなら。と、そこまで考えて保留にしていた“あれ”を思い出して鞄を漁った。
「渉くん、これ」
「何これ?」
「金庫の暗号だと思う。3ケタの数字」
「………」
書斎で見つけた日記と金庫のメモを出して渡した。渉くんは歩きながらそれを見て、最初の部屋の前に来る頃には成る程ね、と呟いた。何か分かったのだろうか、と見上げると日記を渡された。
「日記の月が消されてるのは何でだと思う?」
「…プライバシー?」
「はは、最近の小学生はプライバシーなんて知ってるんだ」
私の答えに吹き出して笑っていたけれど、正解は違ったみたいだった。渉くんは両手の人差し指を交差させて「ぶぶー」と効果音を出した。なんだか悔しい。
「プライバシー保護の為なら日付も消すさ。とゆうか本棚にはまずおいとかないよね」
「………」
「正解は必要ないからだよ」
ぎぃっと扉の開く音が響いた。振り返ると渉くんが最初の部屋を開けて私へと手招きする。
「答え合わせをしよう」