06 捕獲作戦開始
「あ、縄みっけ」
「なんで台所に縄があんのよ」
「使ってた人に聞いてよ」
という事で。
運命のイタズラで材料が揃ってしまったことにより『銀の鎧、捕獲大作戦』がここに始まってしまった。
材料は洗剤、油、シャンプーやリンスなどとりあえずヌルヌルしたもの。縛る為の縄、そして投げつける用のフライパン。洗面所で見つけた長靴。以上。
話し合って決めた手順はこう。
まず廊下にヌルヌルしてるものを全部撒く。次に引き付ける為にフライパンを投げる。それによって鎧がこちらに走ってくる(はず)。鎧が滑って転ぶ(はず)。その隙に縛って大人しくさせ(れ)る(はず)。作戦成功。
………。
「うまくいく気がしない…」
「うるせーぞトロ子! いいから撒け!」
最小限での声量で文句を言ったはずなのに、地獄耳の持ち主の大将くんに聞かれて叩かれた。
30メートル先には光る銀色の鎧が見える。それを見ないようにして洗剤を撒いた。メガネくんのアドバイスにより、「成功した時僕達があっちに行けるように」と廊下の端は撒かないように注意する。
「よし、全部撒いたな。フライパン!」
「はい。部屋に当たるようにね健ちゃん」
洗剤等の手前でフライパン片手に気合い充分の大将くんと縄を持ったメガネくん。何か非常事態があった時すぐ隠れれるように、香菜子と私は最初の部屋のドアからこっそりと見守る。
「よしいくぞー…っらぁ!」
大将くんは思いっきり振りかぶってフライパンを投げた。さすが野球少年、フライパンはすごい勢いで真っ直ぐに部屋に向かっていく。このまま当たってしまうんじゃないかと思った瞬間鎧が動いて剣をバットのように振りかぶり、ギンと金属のぶつかる音がしたと思うとあろうことか、フライパンは2つに裂けていた。ゾッと血の気が冷める。
鎧は私達を見つけるとギッと錆びた音を出してこちらに走ってくる。大将くんもメガネくんも逃げ出したいのをぐっとこらえて待っているのが分かった。
そしてそのまますごいスピードで洗剤等の部分へ足を入れた。
「…転べっ!」
大将くんがそう叫ぶと、その通りに鎧は滑って体制を崩し、床へべしゃりと音をたてて派手に転んだ。作戦通りだ。
「よし!」
「やったあ!」
香菜子は喜んで私に抱き付いたけれど、私は何故か安心する事が出来ず見続けた。
メガネくんが縄を持って近付くと、鎧は剣を構えようとする。が、うまく構えられず苦戦していた。
このままいけば大丈夫だ。私はやっとほっとして目を閉じた。
『…する……私が…お守り…』
その時、どこからか声が聞こえて、思わず目を開けて周りを確かめた。男性の声。でも大将くんでもメガネくんでもましてや渉くんでもない。
もしかして、と鎧を見る。ソレは縛られる1歩手前だというのに剣から手を放さず抵抗し続けていた。まさか本当に。
「鎧の声…?」
「…透?」
→近付いてよく聞いてみる
その場でじっとする
危ない、なんて考えもせずに私はふらっと近付いて声に集中してみた。
『…私が…らないと……が…』
駄目だまだ聞こえにくい。もう少し近付かないと−
「おい下がれ!」
「危ない透!」
ハッとなった時には遅かった。目前の鎧は既に私を捉え、ドッと衝撃が身体に響いたと感じた頃には剣が突き刺さっていた。遠くでみんなが呼んでいる気がしたけれど、私は何も答える事が出来ずに倒れた。びしゃりと赤いものが視界いっぱいに広がってやがて黒く塗りつぶされた。
【ゲームオーバー】
**Now Loading**
「…やらかした」
3度目の暗闇で目を覚ます。せっかく上手くいっていたのに、まさか自分のせいで繰り返さなくちゃいけないなんて、と悔しさにもう1度強く目を閉じた。
それでもあの声は聞かなかった事には出来なかった。強い感情を感じるような、あんな声は。どうしてあんなに悲痛そうに聞こえたのかはよく分からない。
とりあえずやり直さなきゃ、と起き上がって白い文字を見ると見慣れない文字が現れている事に気付いた。
はじめから
→つつぎから
あきらめる
「…つづきから?」
続きって、どの続きなんだろう。若干の不安を抱えつつも、最初から繰り返すよりはマシなのかもしれないと、恐る恐る“つづきから”と呟いた。
**Now Loading**
「おいトロ子! ぼーっとしてないで撒け!」
「え…」
目を開けて、あぁここかと思い出す。目の前は洗剤等のヌルヌル地獄。作戦開始の少し前に巻き戻されたらしい。
「よし、全部撒いたな。フライパン!」
「はい。部屋に当たるようにね健ちゃん」
「透、何ぼーっとしてんのこっち!」
香菜子に手を引かれ同じ場所から見守ると、同じように気合いを入れて大将くんがフライパンを投げた。後もきっと同じはずだと思い、私は耳を塞いで目を閉じた。もうさっきみたいに声に惑わされないようにと塞ぐ手に力を込める。
遠くで金属音が小さく聞こえた。きっと鎧が動いたんだ。このままいけば鎧は転んで身動きし辛くなるはず。私が邪魔さえしなければ−
『…は私……』
「っ!」
こんなに強く耳を塞いでいるのにさっきと同じ音量で声が聞こえた。更に力を入れて塞ぐが変わらない。でも絶対動くわけにはいかなかった。
近付いてよく聞いてみる
→その場でじっとする
聞いちゃ駄目だ聞いちゃ駄目だと意識するほど、声に集中してしまって身体が強張る。
『…私が…なくちゃ…私しか』
何をしなくちゃいけないの。
何を背負っているの。
貴方は何を−
「おい下がれ!」
「え…」
大将くんの声がして目を開くと私は1歩踏み出している事に気付いた。慌てて前を見るとさっきほど近くはないものの鎧は私の方を向いていて、真っ直ぐに剣を構えていた。
また駄目だった。私が駄目にした。あれだけ聞かないようにしていたのに。あれだけ我慢したのに。ごめんみんな。ごめん。ごめんなさい。ごめんなさい。
「危ない透っ!」
剣が私に投げられたのを確認した瞬間死を覚悟してぎゅっと目を瞑る。そして一瞬でまたドッと身体に衝撃が、
…来なかった。その代わり何か温かいものに押し倒されて床に身体を打つ。
「ーっあのね、無理しないでってお兄さんさっき言わなかったかなぁ」
「え」
息を切らした聞き慣れない声がする。でも初めて聞く声じゃない。まさかと思いつつもぱっと頭を上げると頭上に綺麗な黒髪がまず見えた。
「わ、たるくん?」
「そうだよ、全く」
やっぱり渉くんだった。どうしてここに、と思った瞬間渉くんの持つ分厚い本に目が止まる。その本にはぐっさりと剣が刺さっていて先っぽが裏側に少しだけ出ていた。それにこんな体制。
「…守ってくれたの?」
「ほんと間一髪だったけどね」
そう言って優しい笑顔を見せる渉くん。この屋敷の中ではそんなに時間が経っていなくても、私にとっては何だか久しぶりに会ったような気がして思わずその服にしがみついた。渉くんは安心したように息を吐いて、私を抱えたまま上体を起こした。
「ほら、君達相手は丸腰だよ。さっさと縛っちゃって」
「お、おう! 行くぞ瞬」
「う、うん」
「君はそのままそこに居て。まだ危ないから」
「はぁ…」
渉くんとは初対面のみんなは戸惑いながらも、彼の指示通りにした。私の胸には安心感がたまらなく広がっていった。