03 繰り返す恐怖
無難な机に無難な部屋、広いクローゼット。さっき見た部屋と何も変わらないのに、みんなはまるで初めて来たみたいに見て回っている。
「金庫があったよ!」
メガネくんが同じ事を同じ場所で言った。みんなが集まって黒い金庫を見て驚く。あ、大将くんがまたパスワードの事で機嫌が悪くなった。じゃあ次は、と思って恐る恐る足元を見ると黄ばんだ紙が落ちていた。
−『日々を重ねよ』。
書いてある事も一緒だった。これ以上何もないと分かった大将くんが機嫌悪く部屋を出てくのも一緒だ。
同じ。全部同じ。お屋敷に入ってから起きた事全部繰り返してるんだ。
じゃあさっきの“はじめから”っていう白い文字と真っ暗な場所は夢でも何でもなくて。本当にゲームで。正しいエンドまで行かないとずっとこれを繰り返す事になるの?
「…っ!」
そう思うと得体の知れない恐怖が身体を襲った。心細い。こんな事、みんなに相談もできない。
どうすれば。
どうすれば。
「っと、いた! 何してるのよ透!」
「かな、こ」
立ちすくんでいると、部屋のドアが開いて香菜子が顔を見せた。そういえば、この部屋にはもう私しか居なかった。
「透がぼーっとしてるからバカ達さっさと行っちゃってあらかた部屋調べたわよ。ま、なーんもなくてイライラしてたけど。ぷぷ」
「…っ1番奥の部屋も!?」
「え? あぁ1番奥は今から…っていうかどうしたの、透がそんなに大声出すのってめずら」
「うわあああぁぁ!!」
その瞬間メガネくんの叫び声がした。声は遠くから。つまり、1番奥の部屋だ。あそこは確かー
急いで部屋から出ると、メガネくんがこっちに走って来ているのが見えた。その後ろには、やっぱりあの鎧が追ってきている。手には血のついた剣が握られていた。
「な、何よあれ!」
「……っ」
「ちょっと透!?」
走ってメガネくんの方へ向かう。血がついてるという事はもう大将くんは切られてしまったという事だ。暗闇で見た白い文字には、友達が1人でも死んでしまったら駄目だと書かれていたはず。じゃあもう、終わりなんだ。
メガネくんが驚きながらも何も言えず私の横を通り過ぎた。鎧は真っ直ぐに走って来る。
…これでいいや。もう香菜子やメガネくんが殺されるのなんて見たくない。
香菜子が何か叫んでいるのが聞こえる。でも私は聞こえないフリをして目を閉じた。
【ゲームオーバー】
**Now Loading**
目を開けると、また暗闇だった。目の前には白い文字。
→はじめから
あきらめる
私は、なんだか笑いたくなるような気分だった。この後何回これを繰り返すんだろう。この後何回死ななくちゃいけないんだろう。
…それでも、あきらめる事なんてできない。家に帰りたい。
私が小さくはじめから、と呟くと辺りは白い光に包まれた。
**Now loading**
「…おる、透ってば!」
香菜子が呼んでる。また戻ってきた。
目を開くとやっぱりそこは屋敷の玄関だった。絶望感が増す。本当に、繰り返しちゃうんだ。
「バカ達はもう左の廊下の部屋から片っ端で調べてるから私達もいこっ」
香菜子は同じ事を言って私の手を引いた。けれど私は進む事ができなくて、ただ俯いて立ち止まっていた。
「透?」
「………」
何してるんだろう、こんな事したら香菜子に心配をかけちゃう。どうしたのと聞かれても答えられない。こんなんじゃ駄目なのに。早く終わらせなくちゃいけないのに。早く帰りたいのに。
それでも、怖くて動けない。足が震えて進めない。
「透…」
「………」
「…来て!」
「え、うわっ」
黙ったままでいると、急に香菜子が強く手を引いた。そのまま怒ったように歩いて、最初の部屋の扉を壊れそうなほど乱暴に開けた。
「うわっ…ってギャル仔かよビックリさせんな!」
「どうしたのさ急に」
「どうしたのじゃないわよ!」
驚く2人に、香菜子は目一杯息を吸い込んで怒鳴った。いつもピリピリしている性格の香菜子だけど、ここまで怒っているのを見るのは久しぶりだった。
「見なさいよこの透の顔! 真っ青でしょうが!」
「え…」
「うわ本当だ、大丈夫?」
「なんだよ具合悪いならさっさと言えよ」
「いや、ちが…」
「そーよ違うわよ! 怖がってんのよ帰りたいのよ! それぐらいの分かりなさい!」
いやそれもちょっと違う。そう言いたいけど香菜子の弾丸トークにそれを言わせる隙はなかった。もうちょっと女子の気持ちに気付けだとか大体強引なんだとか、普段の不満も含めて2人をずけずけと非難している。メガネくんはいつも通りやれやれといった顔でそれを聞いているけれど、大将くんはいつもと違って言いかえせずに苦い顔で黙っているだけだった。珍しい。
「っ以上よ! 分かった!?」
「わ、わーったよ!」
「分かったからちょっと落ち着いて。ゼーハーしてるよ?」
終わったのか香菜子は肩を上げ下げしながら息を吐いた。まだ怒っているようだったけど言いたい事は言えたらしい。
苦笑いしているとおい、と大将くんから声をかけられた。
「なに?」
「…っ悪かったな!」
「?」
「でも恨むなよな! まさかあのトロ子が怖がりなんか誰も思わないだろが!」
「ちょ、ちょっと待って…」
今度は大将くんの弾丸トークが始まってしまった。言い訳のようなものが続いて、何を言いたいのかよく分からない。
困っているとメガネくんが横にやってきた。
「つまりね、『ごめんね、帰りたいなら帰ろう』って健ちゃんは言いたいんだよ」
「え…」
「おいメガネ! 勝手な事言うな!」
「まぁ僕もそう思う。無理そうなら帰ろう。嫌な思いさせてごめん」
「無視すんなコラ!」
「だってさっさと言わないから」
「今言おうとしてたんだろが!」
「………」
まさかこんな事を言ってもらえるなんて思いもせず、呆然としてしまった。絶望でいっぱいだった胸が何か温かいものに変わってゆく。
そうして初めて自分の事しか考えてなかった事に気付いた。帰りたいばかりで、みんなの事を考えもしなかった。
帰りたい、じゃない。みんなを帰そう。そう思えば、頑張れる気がする。…ううん頑張るんだ。
「…ありがとう。私は大丈夫」
「本当に? 無理してない?」
「うん」
「なんだよ心配させんなよ」
「じゃあ調べるの再開しよっか。無理そうなら言って」
「分かった」
私が笑うと、みんなはほっとしたような顔を見せてそれぞれ探索を再開した。
しばらくして同じようにメガネくんが金庫を見つけて同じように紙が足元に落ちてきた。一応中も確認してみたけれど相変わらず『日々を重ねよ』と書かれているだけだった。部屋を後にして、他の部屋は何もない事を確認する。全く同じ事を繰り返したけれど、不思議と怖くはなかった。
「…なんだあれ」
「!」
1番奥の部屋に向かって行くと大将くんは問題のあの鎧を見つけたようだった。みんなが近付く前に止めないと逃げ遅れる。
「待ってみんな」
「?」
そう言うとみんなは立ち止まって私を不思議そうに見た。…さてなんて言おうかな、考えてなかった。鎧が動く事を知ってたら変な話だし。うーん。
「どうしたのさ」
「…えっと、あれ動きそうだなって」
「はぁ? 頭までトロくなったかよお前」
わあ思いっきり馬鹿にされた。でも続けてみんなを足止めしないとこのままじゃ危ない。
「でも、動いたら危ないよね」
「怖い事言わないでよ透!」
「アホらし、行くぞ」
「ま、待って」
進もうとする大将くんの首元を引っ張って無理やり止めさせると苛立ったように睨まれた。
これじゃ駄目だ。言葉で説得なんて無理がある。せめてあの鎧が結構距離がある今動き出してくれたらみんなで逃げられる。
…そうだ。
良いことを思いついて鞄に手を伸ばした。中から靴の片一方を取り出して、ぶんと投げると鎧に思いっきりぶつかった。
「な、何してんの!?」
「いやこうしたら怒って動くかなって」
「………」
「………」
「………」
「………」
「動く様子はないね」
「そろそろ進んでいいか?」
「あ、あと少し待って」
鎧自身に当てても意味がないみたいだった。みんなの不審な目が痛い上に投げて届きそうなものは靴のもう片一方しか持ってない。チャンスはあと1回しかないんだ。
どうしようと悩んで、そういえば初めて鎧を見たとき部屋を守っているような気がした事を思い出した。もしかするかもしれない、と思い切って奥の部屋の扉にに当たるよう投げてみた。
すると−
「うわっ!?」
「動いた!」
靴は扉に当たる前に鎧が剣でザンと切ってしまった。ぎぎ、と音をたててこちらを向く。今だ。
私は両隣に居たメガネくんと香菜子の服を引っ張って来た道を走って戻った。
「逃げようみんな」
「ちょ、何なんだよクソ!」
「嘘でしょー!?」
私達は初めて、全員で一斉に走り出した。