10 つかの間の思い出語り
「透」
「…っ!」
急に声をかけられて慌て写真立てを下に伏せた。振り返ると香菜子に解放されたらしい渉くんが目を丸くして立っていた。
もしかして写真見られちゃったかもしれない。余計な心配させたくないのに、と思いながら顔はポーカーフェイスを気取った。
「どうしたの」
「あ、いや…じっとしてるからなんか見つかったかなって」
「………」
ちらりと写真立てを見る。見せようか一瞬迷ったけれどやっぱり駄目だ。こんな気味の悪いもの見たら誰だって不安に思ってしまうはず。これがゲームだと分かってるのは私だけなんだからこんなの見る必要がない。
「なんでもないよ」
「…そっか」
「渉くんは何か見つかった?」
なんでもいいから話題を変えたくてそう言うと渉くんは思い出したように握っていた手を開いて私に見せた。中には絵の具が塗られた紙がひと切れあった。ノートに挟んでいる紙切れと似たものだ。
「なんか気になったから拾ったんだけど…やっぱゴミかな」
「それ、似たような紙持ってるよ」
鞄からノートを出して、過去2回拾った紙切れを見せた。ほんとだ、と呟いた渉くんは何かに気付いたようにおもむろに1つの紙切れを手に取って、持っていた紙切れとくっつけた。
「! ぴったり…」
「やっぱこれ1枚の絵みたいだね。あと何枚パーツあんのか分からないけど、一応探しとくよ」
こくんと頷くと手渡されて3枚になった紙切れをノートに挟んで鞄にしまった。
するとちょうど大将くんがみんなに声をかけて、この部屋からはもう出ることになった。写真立てを誰にも見られず、ほっとしながら私は部屋を出た。
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「あー…疲れたわー」
「僕も帰ってゲームしたい…」
「弱音吐いてんじゃねぇぞお前ら!」
そろそろみんなの疲れも出てきたみたいだった。それを叱りつける大将くんもどこかだるそうだ。それもそのはずだ、私がループした時間を足さなくても私達は大分歩き続けているんだから。唯一の救いは真夏だというのに屋敷内は全く暑くないということだけ。蝉の鳴く声も聞こえず窓もないのでたまに今が夏だという事を忘れる。
見えない外を眺めていると、頭上にふっとかざす手が視界に入ってきた。この大きな手は渉くんの手だ。
「ぼーっとしてたけど、透も疲れた?」
「ううん大丈夫」
即答した。多少は疲れていたのかもしれないけれど、そんな事を思っている暇はないというのが1番だった。渉くんは微妙な顔をしてそう、とだけ呟いて私から手を離した。そんな渉くんもどこか疲れているように見えた。
みんなの疲れを屋敷が察してくれたのだろうか、宴会場の隣の部屋をガチャリと開けるとそこは寝室で、2つの柔らかそうなベッドが置かれていた。
「あ、ベッドよ!」
「やっほう!」
何だかんだでやっぱり1番疲れていたらしい大将くんがベッドに飛び付いた。文句を言いながらも香菜子もそれに続く。メガネくんも2人を諫めながらも真っ直ぐにベッドへと近付いて腰を下ろした。どうやらベッドは本当に柔らかくて気持ちいいようで、埃を被って汚い、なんて疲れた身体にはなんともないみたいだ。見事に3人ともベッドから動こうとしない。
「透も座りなさいよ、疲れたでしょ?」
「うん」
香菜子の横に恐る恐る座ってみると、本当にふかっとして気持ちが良かった。自分では意識していなかった疲れがどっと重みとなって布団に沈み込む。足を見ると汚れていて、足裏なんて真っ黒だろうなぁと苦笑した。
「隣は宴会場っと…」
「瞬、何描いてんだよ」
「地図だよ。まぁ適当だけどマッピングはゲームの基本だし一応」
メガネくんのノートを覗き込むと、簡易的で分かりやすい地図が描かれていた。書斎にお風呂にキッチンと、これだけ見ると結構な部屋数を見て回ってるんだなと分かって余計に疲れた。
「ねぇ健、しばらく休憩しましょうよ」
「仕方ねーなぁ」
「でも暇だよねここ、ベッド以外何もないし」
「あ、じゃあ」
すると今まで立っていただけだった渉くんが私の横に座り、話を切り出した。その顔はどこか楽しそうだ。
「君らの仲について聞かせてよ。見たところ性格バラバラだしちょっと気になってたとこ」
「仲ぁ?」
「どう知り合ったとか、何でもいいからさ」
渉くんの質問に私達は顔を見合わせて、出会った当初の事を思い出した。
大将くんとメガネくんは小学校1年からクラスもなんだかんだずっと一緒で妙に仲良し。私も小学校1年から一緒だけどクラスはたまに同じになるだけで特に仲が良いとは思わないけれど、女子の中では良いみたいだ。女子はみんな関わったら面倒くさそうという理由で大将くんの事を避けてるからだと思う。
香菜子は2年の時に転校してきて、そこから私とクラスがずっと一緒。最初はあまり仲が良くなかったけれど少し話したらすぐ仲良くなった。
「健ちゃんとは腐れ縁だよね」
「まぁな。透はなんか殴ってもびーびー泣かなくて珍しいタイプだったから話すようになった」
「いたひ」
「ほらな!」
「ちょ、やばい、健くん透の頬がありえないくらい伸びてるから止めてあげて!」
試しにとばかりに頬を抓られて渉くんが私より焦って止めてくれた。
久しぶりの痛みに懐かしさを覚える。もう少し小さい頃は毎日抓られて今では伸びきってしまった。あの頃だって泣きそうなほど痛かったけれど、どうも私は表情が顔に出ないらしい。
「ギャル…香菜子ちゃんとは?」
「アンタ今ギャル仔って言いかけたでしょ。言いかけたでしょ」
「に、2段階で近付かないで。言ってないって」
「香菜子とは小2の時から一緒」
香菜子は昔からオシャレで、そのせいからかみんなからは“派手”“性格がキツそう”なんて思われて最初は寂しそうだった。香菜子からも積極的に誰かに話しかける事もなく、いつも1人で行動していた。
「話しかけて仲良くなったと?」
「初めは話しかけないでって言われた」
「だ、だって、女子みんなが私の事ギャルとかなんとか言ってると思ったから。でもいくら無視しても悪口言っても無表情で話しかけてくるんだもん。呆れたわ」
「え、ちゃんと笑って話しかけるようにしてたよ」
「どこが!」
ぷはっと吹き出すように笑いながら結構強めに叩かれた。そういえば無視られ続けて1ヶ月ぐらいでようやく普通に話せるような仲まで行ったんだったなぁ、なんて思い出して私もちょっと笑った。
「透は昔から無表情で無口なんだから。社会性ゼロで心配だわ」
「さすがの透もギャル仔には言われたくないんじゃない?」
「し、瞬にも言われたくないわよ! メガネでゲーマー!」
「健ちゃんには負けるよ」
「あぁ!? 誰が社会性ゼロのガキ大将だって!?」
「誰も言ってないよ大将くん」
「うるせっ」
「いたひ」
「…ぶはっ」
しばらく私達のやり取りを見ていた渉くんは吹き出して、ツボに入ったようで可笑しそうに笑った。私達もなんだかおかしくなって笑い出す。
「つまりみんな社会性ゼロなワケよね」
「だね」
「やな共通点だよね」
「全くだな」
けらけらと楽しそうに笑う渉くんを見て、なんとなく渉くんの話も聞きたいと思った。ずっと私達の話ばっかりだったから聞いてみたい。
うん、聞いてみよう。そう思って笑う渉くんの袖を引っ張る。
「ね、渉くんはどう」
「え、俺?」
「そうよ、アンタは学校どんな感じなの?」
「あー…」
まだ中学生でもないのに高校生なんて未知の世界だ。みんなも気になって渉くんへと視線を集中させる。渉くんはいきなり自分へと話題が変わった事に驚いたのか、焦って視線を上にあげた。
「普通の共学だよ。体育祭があって文化祭がある。定期的にテストがあって、悪いと進級できないんだ」
「うわ、赤点ってやつだろ? 姉ちゃんが言ってた」
「でも文化祭っていいわよね! 早く高校生になりたいわー」
「受験あるけどね」
ふと高校生の香菜子を予想してみた。きっともっと美人なんだろうな、と思うとにやける。メガネくんはそろそろコンタクトにしてるだろうか、大将くんは少しくらう大人しくなって欲しいでも無理そう、なんて想像を膨らませると意外にも楽しかった。
「何笑ってんの、透。高校の話そんな楽しい?」
渉くんに頬をつんとつつかれて顔を上げる。
「高校生のみんな想像したら面白いなって」
「高校生のみんな、か」
思い思い妄想してるみんなを見回した渉くんはつついていた手を広げると、先ほど大将くんに抓られた私の頬を優しく撫でた。不思議に思って首を捻ると渉くんは温かく微笑んだ。
「透は綺麗な女の子になるよ、きっと」
「え…」
「それで綺麗な女性になって、いい人と結婚できるよ」
「………」
せっかく褒めてくれてるのにこんな状況だから素直に喜べないのがとても残念だ。私は苦笑いを浮かべてお礼を言った。