01 ゲームスタート
やめろ、と男は走りながら叫んだ。
許してくれ、ととあるモノから必死に逃げながら。
男がどれだけ叫ぼうと許しを乞おうとそれは容赦なく襲い、やがて周りは全て闇に包まれた。男は倒れた状態からゆっくりと上体を起こす。フッと現れた白い文字を虚ろな目で見て何か呟くと、男は最後に吐き捨てるように笑って消えた。
暗闇には、白い文字だけ残されていた。
はじめから
つづきから
→あきらめる
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「うわ、でっけー家!」
「ねぇやっぱやめない? こんなの自由研究にしたらバチあたるって」
「大丈夫だよギャル仔。呪われた屋敷っていっても誰か死んでるわけじゃないんだから」
「メガネは黙っときなさいよ! あとギャル仔って呼ばないで」
ミンミンと永遠に鳴き続ける蝉の声をBGMにみんなは何か言い合いを続けている。その様子をぼうっと見ていると後ろから風が吹き、肩上に切り揃えられた髪と着ているワンピースが揺れた。その風の冷たさに背筋が震えた私は思わず後ろを振り向いた。
そこにあるのは、もう誰も使われていない大きな屋敷。
どうして私達がこんないかにも出そうなお屋敷の前で集まることになってしまったのかは、数日前にさかのぼる。
「…はい桐咲です」
『透? 私、香菜子』
夏休み中、家族全員が出掛けて1人で留守番していたときに親友の香菜子から電話が掛かってきた。どうしたの、と問い掛けると香菜子は疲れた様子で大きくため息をつくのが電話越しに聞こえた。
『どうしたもこうしたも…透は山の中の屋敷って分かるわよね』
「…お屋敷?」
『呪われた屋敷って呼ばれてるとこ』
「………、あ、大将くんが言ってたやつだ」
夏休みに入る前に、クラスのガキ大将である健くんが突然怪談話を始めた。ほぼ強制的に聞かされたその話によるとこの近くに『呪われた屋敷』と呼ばれている心霊スポットがあるらしい。そのお屋敷に忍び込んだ人全てが気を失って倒れた、とかその後も目覚めない、とかなんとか。怖いなぁなんて他人事のように聞いていた話だけど、それがどうしたんだろう。
『そうそれ。それを最後の自由研究にしようってあのバカが言い出したのよ!』
「バカって…大将くん?」
『違う、メガネよ! で、それはいいって健がのったの』
「…メガネくんオカルト好きだよね」
メガネとはクラスメイトの瞬くん。ゲーム好きでいつもパソコンを持ち歩いている。もちろん眼鏡をしているからメガネ。
大将くんとメガネくんの2人はタイプは違うけど割に仲が良い。行動派の大将くんと頭脳派のメガネくん。興味のある事が重なってしまえば誰も適わないのだ。
『それに付き合えって言われたのよ』
「危なそうだけど…気を付けてね」
『何言ってんのアンタもよ?』
「………、うん?」
という事で今に至る。
集合してから15分経った今も香菜子と大将くんの喧嘩は終わりそうにない。まぁそこまで暑くないからいっかとただ木々を見つめていると大将くんは何故か私を睨んだ。
「おいトロ子! お前もギャル仔を説得しろよな!」
「えー…」
「透だって嫌よね!?」
「まさか嫌とか言うつもりねぇだろな!」
「…………………」
大将くんと香菜子は決定権は私に任せたと言わんばかりに睨んでくる。まさに板挟み状態だ。メガネくんはやれやれといった感じで私達を見ている。助けてくれたっていいのにとも思ったけれど、この状況は私がどっちに賛成するかハッキリしない限り止まってくれないんだろう。仕方ないなぁ。
私は親指と人差し指でギリギリ見えるか見えないかぐらいの小さな隙間を作った。
「じゃあ…ちょっとだけ」
「透!」
「よーし、これで全員文句ねえな! 入るぞー!」
香菜子は怒りながら大将くんを止めたが彼は気にする事なく、お屋敷の鉄でできた大きな門を開けてさっさと入っていった。メガネくんも楽しそうに後に続く。透のせいだからね、と可愛い顔を恨めしそうにして私に言うと香菜子も渋々と続いた。
「だって大将くんに殴られるの痛いから…」
私もそう言い訳しながら門をくぐった時だった。
→はじめから
あきらめる
「え?」
頭の中に文字がパッと浮かんだ。まるでゲームのスタート画面のようだったソレは今は嘘のように消えている。
矢印は“はじめから”という文字を指していた。これから何が始まるというんだろう。さっと見てさっと帰ろうなんて軽く考えていた私の中で嫌な予感がぐにゃりと渦巻いた。
「…透? ちょっと透!」
立ち止まっているのを不思議に思ったのか香菜子が振り返って私に呼び掛けた。ハッとなって前を向くと重い足が少し軽くなった。
…今のは、何?
「ちょっと透…どうしたの? 汗ひどいわよ」
「え、あ、」
自分の顔を拭ってみるとびっしょりと手が濡れた。特に暑くて仕方ないわけではない。
…冷や汗なんだ。
「大丈夫?」
「……うん、大丈夫」
香菜子は私にハンカチをくれたけど、自分も持ってるからと断った。それなりに高いブランドのハンカチを何の疑問もなく私に渡そうとしてくれた香菜子の優しさに、ちょっと救われた。
門をくぐるとすぐお屋敷、というわけではなく雑草がぼうぼうに茂った庭が広がっていた。雑草で埋め尽くされている今も広いと感じているのに、これ全部抜いたらもっと広く感じるだろうなぁと思いながら進むと、やっとお屋敷の入り口までたどり着いた。見た事もないくらい大きな扉。威圧感があって重そうで、私達だけで開けれるのか分からない。
大将くんが何も考えず取っ手を掴むと、軋んだが扉は意外にも簡単に開いた。そこから冷気が漏れた。
「お、なんか涼しいぞ?」
「ほんとだ、クーラーとかまだ使えてるのかな」
「そうだとしても誰がつけたのよそんなの」
「………」
涼しいのにどうしてか快適とは感じず、気味が悪いと思ってしまった。入る足取りが重くなるがまた立ち止まって心配させるわけにもいかずさっさと香菜子の後に続いた。最後に私が入って扉から手を放すと、扉はガコンと音をたてて閉まる。こんなに重そうなのにどうしてだろうとまた思ったけれど、切り替えて中を見渡す。
思ったよりも明るいとまず思う。全体を見る限りここからでは階段と、左右と奥に廊下が続いてることしか確認できない。全部の部屋を確認するなんて時間がかかりそう。
「ちょ…靴ぐらい脱ぎなさいよ健」
「もう誰も使ってねーんだからいいじゃん。脱いだ方が汚れるっての」
あっけらかんとそう言った大将くんはそのまま土足でズカズカと中に入っていった。3人で目を合わせたがメガネくんも香菜子もそれもそうかと同じように土足で入った。
→脱ぐ
脱がない
みんなが立ち止まって見ている後ろで私はうーんと考えた末に、そっと靴を脱いで鞄にしまった。少し大きめの鞄を持って来て良かった。
「とりあえず、左から行ってみようぜ」
「そうね」
周囲を見終わるとさっそく長い廊下部屋を並んで歩く。元々ここに住んでいた人は絵を描く事が好きだったのか、廊下には絵がたくさん飾られている。それをなんとなく眺めながら最初の部屋を目指した。部屋は片っ端から調べようという話になっている。やっぱり打ち合わせ通り大将くんとメガネくんは部屋を見つけるなり迷いもなくドアノブに手をかける。そして軋む音をたてながら扉は開いた。
8/12 少し追加しました。
8/28 修正