新宿地下迷宮4
天井から飛び降りて額へとノクトビジョンをずらし、コンクリートの床に耳をつける。
大地は多くの場合、空気よりも音を届けてくれる。1分ほどそうしていたら、ほんのかすかに何かを感じた。
どうやら倒したオークたちがそのまま向かおうとしていた方角のようだった。
通路は今までの場所より崩れて足場が悪いが、足音を立てないまま走る。
途中でいくつかの通路があったがそのたびに耳をつけて曲がってきた。
分かれ道では蛍光マーカーでの目印も念のため書いているので帰り道に迷うことはないだろう。
だがここまで奥に来たのは俺にとっても初めてだった。
そのまま15分ほど走ったところで見たくもない光景が目に入ってきた。
点々とワームの死骸が無造作に転がっているのを見つける羽目になったのだ。
通路の目につくところだけでも40~50匹以上の死骸がある。
さほど血も乾いていないためまだ時間がさほど経っていないようだが、優秀な迷宮の掃除人であるネズミや虫が何匹かにたかっていた。
(おいおい、勘弁してくれ・・・)
軽い絶望感のあまり眩暈がしそうだ。
ひとつの場所であまりにも同一モンスターを狩りつくせば生態系が変化する恐れがあるのだ。
だから俺は多くても10匹以上は絶対にワームを狩らないように気をつけてきた。
何匹のワームを短期間で殺せば生態系が変化するかまでは分からないが、次のこのエリアの支配者がより我が家の家計を潤してくれる相手だという期待はとても持てない。
まずこの惨劇を起こしたのはオークだろうと思った。
オークが繁殖手段として縄張り外の異種族を狙ったり、人口が増えすぎて食糧が不足した時、他の土地へと集団侵攻する習性のことはよく知られている。
このエリアへの侵攻を始めたのだろうか?
(・・・いやおかしいな)
ここにはオークの繁殖相手がいない。
まあオークとエロトークをした経験は無いのではっきりとは分からないが、いくら奴らが性欲旺盛でも大きいミミズを相手に欲情出来るほどのマニアではないだろう。
オークは異種族間でも妊娠させられる特性を持つが繁殖相手はせいぜいヒューマンか亜人種までだったはず。
いくらなんでもミミズは無理だろう。
では食糧としてだろうか?
可能性はゼロではないがそれならワームの死骸を放置しているのはおかしいし、またこの地下3階層の深部に潜るまで、もっと肉として対象になる獲物はいたことだろう。
そこまで考えて一番いやな想像が浮かんだ。
(まさか俺のように、・・・アストラル石を狩りに来た?)
オークの集団にそこまでの知性やアストラル石への執着があるかは知らないが、もしそうなら致命的である。
ここを知った奴らの集落を含めて全て狩りつくさねば、この金のなる木は守れなくなる。
そしてそんなことはソロの俺にはとても不可能だ。
いや新宿地区でのオーク集落の中には千人単位の大規模集落もあると聞いている。
城塞都市の冒険者が全員出張ったとしても根絶やしまでは難しいだろう。
すくなくとも森林と高層ビル群の廃墟に守られた新宿地区は、一部を除いてモンスターの領域になっている。
そこにあるオーク集落に一時的にでも侵攻し征伐するとなると軍クラスの戦力がいる。
そして俺にそんなコネは無いし、ミミズ保護のために政府軍が動いてくれるほど動物愛護精神が旺盛になったとは聞いたこともない。
悔しいし残念だが狩り場をあきらめるしかないだろう。
(・・いや待て、アストラル石狙いでオークがやったと決まった訳でもないよな)
まだ虫がたかっていないワームの死骸に近づくと、どうやらアストラル石も取らずに放置したままなのがすぐにわかった。
鋭利な刃物による手際で上手く脳幹までを潰してはいるようだが、アストラル石がある部分の表面は無傷なのだ。
(・・・アストラル石が無傷なのもそうだが、やはり変だ。オークは力任せで剣を武器に使ってもこんな綺麗な傷跡にはならない。)
次に誰がやったんだと疑問が浮かんだ。ワーム相手とはいえこれだけの数を相手に出来るのはなかなかの腕だが、熟練の冒険者ならワームは美味しい獲物と知っているはずだ。
こんな食い散らかしたまま何も取らないようなもったいない事をするだろうか?
まず冒険者なら自分に危険がない限りは必ず戦利品を取るだろうし、オークのようなある程度の知性のあるモンスターの仕業でもアストラル石は利用価値があるため敗者の体内から抜かれてしまうことが多い。
俺はあらためてこれをやった相手に興味が湧いた。
そのまま走るのはやめて警戒して進む。
ワームの死骸を放置して行くのはもったいないが時間を無駄にすべきではないだろう。
戻るときにアストラル石を抜く時間くらいは作れるかもしれない。
下層階への階段を見つけた。
どうやら音が下から漏れているようだ。
(4階層か・・・)
モンスター同士でも縄張りに近いものが必ずあり、多くの場合は階層が違えば生態系が変わる。
(すこし危険だが行くか・・・)