プロローグ・吉井編
『四番ピッチャー吉井君』
この男がまた打席に入る。
今日は夏の甲子園出場校を決めるための広島県大会・準々決勝。
去年、県準優勝の水没館高校対福川商業の戦い。
俺が今日、この試合を見に来たのは吉井を一目見るためだ。ベスト8に名前が挙がるのが、32年ぶりの福川商業を1年のこいつが相手のピッチャーを打ち崩し、完封をしてここまでやってきた。
水没館高校のピッチャーの熊田政史はMax149㎞のストレートに、チェンジアップなどの変化球で緩急を使って打者を打ち取る。
しかし、一回の裏、二死二塁。吉井はツーストライクワンボールからの4球目のチェンジアップをスタンドに運び先制した。
そこから熊田は崩れた。ストライクが入らず四球の連続。ストライクが入ったと思いきや、真ん中への甘い球で痛打を浴びる。
なぜこのようになったかはわかるであろう。彼は、速い球で追い込んだ後、自分の一番自信のある決め球【チェンジアップ】でタイミングを外し、三振を狙いに行った。だが、打ち取ることはできなかった。
天才・吉井。
完全にタイミングを外された、吉井だったが、何とか足で踏みとどまり、バットの先端で詰まらされながらも、フェンスオーバー。
それが答えたに違いないだろう。
今は四回の裏、1-10。
二死三塁二塁。マウンドに熊田はいない。
相手は敬遠とまではいかないが、アウトサイドのストライクゾーンよりもボール2つ分くらい離れたゾーンへキャッチャーはミットを構える。
背番号18の1年ピッチャーにコントロールはなかった。
外に投げるつもりが、完全に内側に入ってしまい、打球はレフトスタンドへ吸い込まれる。
1-13。
五回コールド。2-13
まさか誰もがあの水没館がダークホースに敗れるとは思いもしなかっただろう。
いい記事が書けそうだ。
次は田中編です。