蛇の目のお迎え
クリスマスも年末も、カレンダーをめくってお正月も、空は頑ななまでに青く乾いていた。甘い香りに包まれたバレンタインでさえ、この町に雪が舞うことはなく。
自宅のリビングではテレビが東北のニュース映像を流し、私は一人、静寂をそのまま形にしたような銀世界を羨ましく眺めている。
私は雪が好きだ。その清かな白さも、喧騒を吸われた静かな景色も。やはり冬は雪が降ってこそ。他人事のようにそんなことを考えながらため息をつく。
小さな息は加湿器の微かな稼働音に吸い込まれて消えた。
ふと視線を動かせば、テレビの脇に置かれたガラスのジュエリーケースの中で指輪が鈍く光を放っていた。神主だった祖母の形見だ。
まだ幼かった頃、私はその石の真ん中に走る一条の光の筋を見て「ねこちゃんのおめめの石」とはしゃいだものだった。
私がねこちゃんねこちゃんと言うたびに祖母は困ったように眉を下げて笑った。
『菊乃、これはねこちゃんじゃなくてね、蛇の目石なのよ』
猫目石とは正式名称をクリソベリル・キャッツアイと言い、祖母の指輪の蛇の目石とまったく別種の宝石だということを私が知るのはずっと後になってから。
祖母の一人娘だった母は神社を継ぐことなく、早々に家を出て別の道を歩んだ。けれどその血は私の中で静かに脈打っているらしい。
二月二十二日。猫の鳴き声が重なるようなその日に、私は二十二歳の誕生日を迎える。
今年大学を卒業したら、私は祖母が守っていたあの静かな神社へと戻り、母の代わりに装束を継ぐことになっていた。
なんだか湿った気配を感じて無意識に重たい空気の匂いを嗅ぐ。
――夕方に雨がくる。
天気予報を確認するまでもなかった。今のうちに買い物を済ませておこうとコートを羽織ってテレビの電源を落とし、リビングを出る。
予感通りの夕立はアスファルトを緩やかに叩き続け、夜半過ぎには雪に変わった。
煤けた都会の景色を幻想的に揺らめく白が覆ってゆく。
リビングから窓の外を眺めながら祖母のことを思い出していた。おっとりと優しく、それでいて妙に近寄りがたい神秘を纏っていた人。
『菊乃は私に似てるからね。あんまり強く雨を願っちゃいけないよ』
祖母の雨乞いは近所のお年寄りたちの間では伝説のように語り継がれているという。彼女がひとたび祈れば、干からびた田畑はたちまち潤った。
私の「雪が見たい」という願いが、もしかしたら雨雲を呼んでしまったのかもしれない。……なんてね。
ライトを消し、寝室に向かおうとして一度だけ振り返る。暗くなったリビングでは、指輪の石が獲物を狙う猫の瞳のように――あるいは神の使いたる蛇の目のように、きらりと鋭い光を放っていた。
「大丈夫よ、おばあちゃん」
私はちゃんと心得てるわ。適度な雨と乾燥と、ちょっと嗜む程度の雪しか望まないから。




