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幼い日に出会った銀髪の美しい騎士との思い出は、本当にあったことだったのだろうか

作者: 渓夏 酔月

 まだ私が幼い頃、片田舎にある実家に住んでいた時の話だ。その日はいつもはうるさい蝉の声が静かで、不思議と朝から落ち着かない感じがしていたのを憶えている。


 私がひとりで留守番をしていると、突然玄関から怪我をした女の人が入ってきた。長い銀髪に透き通るような白い肌。それに真っ青な瞳をしていた。こども心にとても綺麗な女の人だと思ったのを憶えている。その人は、白地に金の模様の入った甲冑を着て、抜身の白銀に輝く剣を持っていた。


「悪いね坊や、少しかくまってくれ」


 その女の人の腕からは血が流れていた。


「だいじょうぶ? けがしてるの?」


「何だ、心配してくれるのか? 坊やはいい男だな」


 そう言うと、私ににこっと笑ってくれた。


「だれかに追われているの?」


「う~ん、そもそも私が奴を追ってこの世界まで来たのだが、ヘマをして今は私が追われている。ザマはないなあ」


「じゃあ、ぼくがたすけるよ。パパは男は女の人をまもらなきゃダメだって言ってた」


「坊やはカッコいいねえ。じゃあ水とタオルを持ってきてくれるか」


 私は急いでお風呂場に置いてあったタライに水を入れ、タオルと一緒に玄関に持っていった。その女の人は、玄関から外の様子をうかがっていたが、手慣れた手つきで傷口をタライの水で洗うと、タオルを腕に巻き付けて縛った。きっとこのような怪我は、彼女にとって日常茶飯事なのだろう。


 怪我の処置を終えて再び外の様子を見ていた彼女は、手のひらを私に向けて静かにするように伝えた。すると突然外へ飛び出し、剣を下から上へと薙ぎ払った。その時私が見たのは、黒い角を生やした男が声を上げる隙もなく真っ二つに斬られ、その身が黒い霧となって霧散していく様だった。


 私は角を生やした男への恐怖よりも、彼女の美しい剣技とカッコよさに心を奪われた。


「いや~、坊や助かったよ。奴もまさかこんなところに隠れているなんて思わなかっただろうなあ。不意打ちでも勝ちは勝ちだ、あはは」


「おねえさんってすごく強いね! カッコよかった!」


「そうか? そうだろ強いだろ? わたしにホレちゃったか?」


「うん。おねえさんぼくとけっこんして!」


 その女の人は、一瞬びっくりしたような顔をした後、大笑いした。


「よ~し、いいぞ。坊やがこれから剣術を修行して、わたしより強くなったらお姉さんは坊やのお嫁さんになるよ」


「うん! がんばる!」


「ちゃんと修行して、わたしを嫁にもらってくれよ」


 そう言って、私の頭をワシャワシャと撫でると、ほっぺたにキスしてくれた。


「わたしの名前はエルフリーデだ。ありがとな」


 その女の人は、そう言うと私ににっこり笑った。すると銀色の光に包まれたかと思うと消えていなくなっていた。


 これは私がまだ幼稚園に通っていた頃の出来事だ。今思うと、彼女はいわゆる異世界からやってきた騎士のような恰好をしていた。ただ、自分でも時が経つにつれて記憶は薄れ、あの日のことが本当にあったことなのかも曖昧になってきた。


 当時、帰宅した両親に玄関に落ちていた血痕のことを聞かれ、見ず知らずの人を家に入れたことをこっぴどく怒られた。先日たまたま実家に帰った時、この時のことを両親に尋ねたら、全く憶えていなかった。私の記憶違いだったのだろうか。当時夢で見たことと現実がごちゃ混ぜになってしまっていたのだろうか。


 あの日以来私は剣術、実際には剣道に打ち込んだ。あの綺麗な女の人と結婚したい一心で。しかし、いつしか段々と剣道自体を好きになり、彼女のことはあまり思い出さなくなった。


 小学校、中学校、高校、大学と、ずっと剣道に打ち込み、社会人になってからも続けた。そして先日、とうとう日本一を決める全日本剣道選手権大会で優勝することができた。職場の同僚、恩師や仲間達が祝福してくれる中、帰り際に女性が話しかけてきた。


「坊や、強くなったな。おめでとう」


 フードを深くかぶっていて顔はよく見えなかったが、今にして思うと銀髪で、瞳の色が青かったように思う。その時はその後の祝賀会へと仲間達にせかされて、もみくちゃになりながらタクシーに乗り込んでしまった。しかし数日経って冷静に考えてみると、あの女性はエルフリーデだったのではないだろうか。


 ということは彼女は異世界人ではなく、日本に住んでいる外人の女性を、幼い自分が異世界人のように感じただけだったのだろうか。それともわざわざ異世界からあの日の約束を見届けようと律儀にやってきてくれたのだろうか。何となく、彼女ならそのくらいのことはしてくれそうな気がする。


 悔やんでも悔やみきれない。何故あの時もっと話さなかったのだろう。何故顔をもっとよく見なかったのだろう。何故自分から話しかけなかったのだろう。彼女のために剣道を頑張ってきたはずだったのに。


 その後武道館の周りをあてもなく探し回ったりしたが、それらしい人はどこにもいなかった。ただ、最近ではどこで知ったか私を応援してくれる人もいるので、そういう類の人だったのかもしれない。


 それ以来、私の幼い日の出来事を改めて思い出す日々が続いている。私の心の中にはあの日見た彼女が笑う姿と、私の頭を乱暴に撫でてくれた感触が残っている。


 雑踏に出ると、いつの間にかフードをかぶった人を探してしまう。街に吹く風がだいぶ冷たくなってきた。季節はもう冬に向かっていた。


 ふと私の口からこぼれた言葉は、白い息となって消えていった。




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