月に一度のホットケーキ
私は料理が得意ではない
亡き夫の資産が底をつくまで
食事は専属のシェフに任せるつもりだ
とはいえ月に一度は
自ら台所に立ちホットケーキを作る
とはいえ特別なものではなく
市販のプレミックスを
箱に記載されたレシピ通りの材料で丁重に作るだけ
夫の母がそうしたように
私は甘いものが苦手なので
最後のひと手間、ラム酒を加え
夫の遺影を前にホットケーキを食べるのだ
◇
夫は資産家の息子だった
彼の父は会社の創業者だったが
彼の母が二代目を継いだ
父親は厳格な人だったと聞くが
母親は庶民的で息子に優しく
ときおり家族にホットケーキを作って振舞った
とはいえ特別なものではなく
市販のプレミックスを
箱に記載されたレシピ通りの材料で丁重に作るだけ
今の私がそうするように
◇
夫の会社は二度、経営危機に陥っている
一度目は取引先の倒産による
債権の焦げ付きで資金繰りが悪化
心労に倒れた創業者の膨大な保険金が
命と引き換えに会社を救ったのだ
二度目は家族経営による杜撰な経理
順調な時は表面化しなかったが
景気が悪くなると資金繰りが悪化した
◇
ある時私は用事があり自宅を離れたが
忘れ物があり家に戻った
そこには私をのぞく親族が集められ
義母がホットケーキを振舞っている
私は自分の身辺を調査した
そうか
そういうことか
そういうことならば
二度目の経営危機を救ったのは
私が名義変更した
多額の保険金だった
私のいない親族の集まりで
ひと手間かけた料理が振舞われてしまったらしい
◇
私は会社を継がなかった
元より経営というものに興味がない
ただ、家族と見なされなくなったことが
許せなかっただけなのだ
だから私は月に一度
好きでもないホットケーキを
二度と味わえぬ夫を前にして堪能するのだ




