表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/60

回想とデータ

禁域の地下深くにある鉄鎖団の隠れ家は、外部の荒廃とはかけ離れた、奇妙な静寂に包まれていた。第七章の激戦を終えたフォンは、司令室の隅でライフルを分解し、無心で手入れをしていた。カイトと数人の技術者が隣で、補給ステーションから持ち帰ったデータパッドを分析している。

肉体の疲労は激しいが、フォンの心はそれ以上に重かった。あの地下施設で見た初期型変異体、そして、その犠牲者たちが体験したであろう苦痛。それは、彼が今背負っている復讐の重さを何倍にも増幅させた。

「…ラン、解析はどこまで進んだ?」カイトが静かに尋ねた。

ランは目の下のクマを濃くし、冷たい汗を滲ませながら顔を上げた。彼女の精神力は、教会の術式防壁を打ち破ったことで限界に達していたが、得られた情報は目を覆いたくなるものだった。

「ひどい…これは、ただの肉体の改造ではありません。」ランの声は震えていた。「奴らが最も重要視しているのは**『魂の定着率』**という項目です。変異体が自我や精神を保持してしまうと制御が効かなくなるため、彼らは『深淵の息吹』の魔力を使い、段階的に魂を、意志を、消去している…それも、生きたまま、最も苦痛を伴う方法で。」

魂の消去。その言葉は、まるで鉄の楔のようにフォンの脳裏に打ち込まれた。変異体がただの怪物ではなく、拷問され意識を剥ぎ取られた人々の残骸だという事実が、彼の胸を切り裂いた。

その瞬間、フォンの意識は、この汚い地下室から遠く離れた、過去へと引き戻された。

(フォンの回想)

――それは城塞の兵舎の一室だった。雨の音だけが聞こえる夜。

任務後の疲労と硝煙の匂いの中、アンはフォンの硬いアーマーを外し、軍支給の粗末な毛布を二人で分け合っていた。

「フォン、お前はいつも気を張りすぎだ。少しは休めよ。」アンはそう言って、フォンの荒れた頬に、優しい唇を寄せた。

アンはフォンと違い、大げさな誓いや、世界を変えるという理想を語ることはなかった。ただ、目の前の一日を懸命に生き、フォンにささやかな人間的な安らぎを与えることだけを望んでいた。彼の笑顔は、絶えず酸性雨が降る城塞で、唯一曇りを知らない太陽だった。

「俺は、お前を守らなきゃならないからな。お前が、この地獄の中で唯一…俺に人間であることを思い出させてくれる光だから。」フォンはアンの肩に顔を埋めた。

「俺は、お前の武器じゃない。お前の恋人だ。お前は俺を守ろうとするな。ただ、生きていろ。約束だぞ。」

アンの体温、肌の柔らかさ、そして彼の囁き。全てが、今のフォンの身を覆う冷たい金属と、腐敗の臭いと、あまりにも対照的だった。

――その約束を、俺は破った。そして、奴らは彼を…俺の愛する人の魂を、弄んだのか。

フォンは、ライフルを握る手に、骨がきしむほどの力を込めた。彼の復讐心は、もはや政治的な正義感ではない。それは、魂の尊厳を踏みにじられたことに対する、個人的な宣戦布告だった。アンは戦場で名誉の死を遂げたのではない。彼は、この教会の科学者たちによって、何度も、何度も、精神的に殺され続けたのだ。

(回想終了)

フォンは静かにライフルを組み立て終え、その銃口をデータの光に向けて向けた。

カイトが咳払いをした。「フォン、聞いたか? その怒りは理解できる。だが、そのデータには、もっと重要な情報がある。」

ランは震えを抑え、最後の解析結果を口にした。「『再生計画』を推進している核心人物が特定されました。教会の神聖法務局に所属する枢機卿ヴォイ。そして、彼と直接連携している首席研究官は、元城塞大学の教授、ディンという名前です。彼らの研究拠点は、城塞の『上層区』にある、旧エネルギー省の施設です。」

城塞の上層区――軍事政権と教会の権力の中枢。最も守りが固く、最も汚い秘密が隠されている場所。

フォンは立ち上がった。彼の目に迷いはなかった。

「上層区へ行く。」

カイトは驚き、声を荒げた。「フォン、正気か? そこは我々が何十年も手が出せなかった場所だ。自殺行為だ。」

「手段はある。」フォンは冷徹に言い放った。「俺たちは公式には死んでいる。そして、アンはかつて、上層区の機密施設へのアクセス権を持っていた。彼は…俺の恋人は、ただの兵士ではなかった。秘密裏に、城塞の核となる技術を守るための、暗部の存在だった。そのアクセスコードは、俺の頭の中に残っている。」

フォンはランを見た。彼の目は、彼女に対する警告であり、誓いだった。

「俺たちは、奴らの最も大切な場所を叩き、この腐りきった王冠を内側から破壊する。ラン、準備しろ。俺たちは、今度は城塞の心臓部へ乗り込む。」

彼はデータパッドを閉じた。復讐の道は定まった。そしてそれは、血と、彼の愛した男の魂の断片が散らばる、最も危険な道だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ