補給ステーションへの奇襲
「目標地点まで残り300メートル。警備は武装した『教会衛兵』が4名、自動ターレットが2基。虚ろな者は無し。」
フォンのヘルメットの内部通信が、カイトの冷徹な声を受信した。カイトは後方から監視者のデータパッドと禁域の古地図を照合し、作戦全体の指揮を執っている。
フォンは、共に潜入する鉄鎖団の隊員――元エンジニアのサキと元特殊兵のリョウ――に視線を送った。彼らは簡素な軍服だが、戦闘で酷使された痕跡があり、信頼に足る目つきをしていた。ランはフォンのすぐ後ろに配置され、その手には、奪い取った電子撹乱装置が握られていた。
「計画通り、サキとリョウは東側の換気口から侵入。陽動と鎮圧射撃。俺とランは正面のデータアクセスポイントを叩く。教会衛兵の装甲は薄い。心臓を狙え。もたつく時間は無い。」フォンは静かに、しかし断固として命令した。
彼らは、グレイゾーンの端に立つ、補給ステーションの影へと潜り込んだ。それは、分厚い鋼鉄で覆われた、簡素だが強固なブロック式の建造物だった。
「ラン、警備システムの無効化を。時間は30秒。」
ランは即座に壁に埋め込まれた制御盤に手を当てた。魔力の波が彼女の指先から流れ出し、パネルを覆う。彼女の顔が歪む。この場所は禁域ではないが、教会の防御術式が強力すぎて、肉体に激しい負荷がかかっていた。
「くっ…強すぎます!術式が…ねじ曲げられて…!」
「無理はするな、ラン!俺が**血路**を開ける!」
フォンはランを庇うように立ち、腰から閃光弾を抜き放った。同時刻、東側の換気口から銃声が鳴り響く。サキとリョウの陽動が始まったのだ。
「行け!」
フォンは閃光弾を投げ込み、爆発音と強烈な光が衛兵たちの視界を奪った。彼は即座に突入し、近接戦闘(CQC)用のショットガンで最も近い衛兵の頭部を粉砕した。衛兵たちは訓練を受けていたが、フォンが培ってきたグレイゾーンの生存本能と殺人技術には遠く及ばない。彼は次々と衛兵を打ち倒し、その動きは迷いなく、まるで機械のように効率的だった。
「メインロック解除!残り10秒!」ランが叫ぶ。
フォンは最後の衛兵を壁に叩きつけ、制御盤のロックが解除されるのを確認した。二人は狭い通路を駆け抜け、施設の核となるデータルームを目指した。
データルームは無機質な空間で、部屋の中央には強力なエネルギー炉とデータサーバーが並んでいた。そして、部屋の隅には、彼らの憎悪の源がひっそりと置かれていた。
それは、透明なシリンダーに収められた、数体の**「初期型変異体」**だった。まだ人間の形を強く留めているが、皮膚の下には黒い血管と金属の筋が浮き出ており、瞳は空虚に上を向いていた。
フォンはシリンダーに近づいた瞬間、頭の中で鋭い痛みが走った。この変異体の一つ一つに、アンと同じ犠牲者の顔があった。彼らの犠牲の上に、教会の権力が成り立っている。
「許さない…!」
フォンはショットガンを捨て、アサルトライフルを手に取ると、感情の全てを込めてシリンダーを連射した。ガラスが砕け散り、変異体は醜い液体を噴き出しながら沈黙する。
「フォン!データだ!燃料供給ラインを破壊しろ!」カイトが通信で指示を出した。
ランは素早くメインサーバーにアクセスし、奪ったデータパッドを接続した。彼女の指はキーボードの上で素早く動き、極秘ファイルをダウンロードしていく。
その時、警報が鳴り響いた。
――ウォー!ウォー!
「増援だ!教会の部隊が本気で来るぞ!ラン、急げ!」
ランは最後のデータをダウンロードし終えると、接続を解除した。
「完了しました!でも、サーバーに残されたデータが…変異体の**『魂の定着率』**に関するものです。彼らは、個体の精神を完全に消去する方法を探っている…」ランの声は恐怖で震えていた。
「もういい!破壊するぞ!」
フォンは部屋の中央にあるエネルギー炉に、時限式の白リン爆薬を設置した。この炉が破壊されれば、供給ラインは数週間は停止する。
二人が部屋を飛び出すや否や、通路の反対側から「聖なる監視者」の新たな増援部隊が突入してきた。彼らはシールドと呪文弾で武装し、圧倒的な火力を誇っていた。
「退避!鉄鎖団の撤収ルートを使え!」フォンはランを庇いながら、瓦礫の陰に飛び込んだ。
戦闘は出口へと続く通路で再燃した。フォンは巧みな鎮圧射撃で敵の動きを止め、リョウとサキが残した撤収のためのマークを辿る。カイトが事前に用意していた、教会の目を逃れるための地下トンネルの入り口だった。
トンネルに滑り込む直前、フォンは振り返り、炎上し始めたデータルームと、突入してくる衛兵たちに最後の敬意を払った。
ドォオオオォン!
トンネルの入り口が崩れると同時に、背後で激しい爆発音が轟いた。補給ステーションは、データと共に、数週間の生産能力を失った。
フォンとランは、真っ暗なトンネルの冷たい床に倒れ込んだ。任務は成功した。しかし、彼らが手に入れたデータは、教会の恐ろしい目標と、アンの苦痛が単なる始まりに過ぎないという事実を裏付けていた。
「…俺たちは、戦争を始めたんだな。」フォンは暗闇の中で、静かに呟いた。




