盗まれた王冠
「…お前たちは、城塞の道具か? それとも、反逆者か?」
静寂の中で発せられたその問いは、鋭利な刃物のようにフォンとランを試した。フォンの軍人としての訓練が、反射的にライフルを構えることを命じたが、彼はその衝動を抑え込んだ。目の前の人物は、敵意に満ちた「監視者」たちとは異なる、疲労と決意に満ちた眼差しを持っていた。
その人影は、黒ずんだ重装甲を纏っていた。ヘルメットのバイザーは暗く、表情は読み取れない。装甲には、紋章の代わりに砕かれた王冠と鎖のシンボルが刻まれている。
「我々は…後者だ。」フォンは慎重に答えた。彼の声は低く、疑念に満ちていた。「デルタ-4。城塞の裏切り者だ。あんたは何者だ?」
人影は警戒を解くことなく、しかし、ゆっくりと銃を下げた。
「我が名はカイト。この**禁域**に潜む、かつての城塞の亡霊だ。」カイトと名乗る人物は、荒い息遣いで続けた。「お前たちが反逆者だという証拠はあるか? 教会の手先の可能性もある。」
フォンは即座に行動した。彼はランに命じ、回収したデータパッド(監視者のもの)と、自らの胸元に隠していた「再生計画」の極秘ファイルを取り出させた。
「見ろ。城塞は我々の英雄たちを怪物に変えている。俺の部隊は、この秘密を知ったが故に抹殺されかけた。これが、俺たちの反逆の証拠だ。」
カイトはデータパッドを受け取り、素早く内容を確認した。彼の沈黙は長く、重かった。やがて彼は、低く、しかし感情のこもった声で呟いた。
「…この地獄に、我々以外の人間的な怒りが残っていたとはな。フォン、ラン、よく来てくれた。ここは**『鉄鎖団』**の隠れ家だ。」
カイトは古代の石塔の壁に、特殊な手信号を送った。石壁が軋みをあげてスライドし、地下深くへと続く階段が現れた。
「ついて来い。酸性雨の心配がない場所で話そう。そして、お前たちが持ってきたその『宝』が、我々の計画を数年早めるかもしれない。」
フォンとランは躊躇した。これは新たな罠かもしれない。しかし、背後にはいつでも「聖なる監視者」が迫ってくる。選択肢はなかった。彼らはカイトに続き、闇の中へと降りていった。
地下施設は、塔の外観からは想像もできないほど広大で、古代の巨石と最新の軍事技術が不気味に融合していた。元科学者、元軍人、そして異界の魔力を扱う異端者たちが、それぞれ武器の手入れや機械の修理に勤しんでいた。彼らは皆、疲弊し、絶望を知っている者の目つきをしていたが、同時に強固な目的意識を持っていた。
カイトは二人に簡素な食糧と水を与え、塔の深部にある司令室へと導いた。
「『第三の灯台』は、大交差以前から存在する力の焦点だ。教会の連中は、ここを支配することで、異界の魔力を制御し、究極の兵器化を企てている。その究極の兵器こそが、お前たちが見た『機械変異体』だ。」
カイトの説明は、フォンの疑惑を確信へと変えた。
「なぜ『砕かれた王冠』なんだ?」フォンが尋ねた。
カイトは自らの装甲の紋章に触れた。「我々は、この世界から『支配』という概念を打ち砕くために戦っている。城塞の軍事独裁も、教会の狂信も、全ては腐敗した王冠だ。我々は、真の自由のために鎖を繋ぎ、戦う者たちだ。」
ランはデータパッドの解析を終え、顔を上げた。「このデータによれば、再生計画は特定の遺伝子を持つ兵士を対象にしています。特に身体能力や、稀に存在する魔力耐性の高い者が狙われている…」
この言葉が、フォンの胸を深くえぐった。
アンは、並外れた身体能力を持っていただけでなく、生まれつき魔力耐性が強かった。そのおかげで、彼は数々の作戦で生き延びたのだ。フォンは、アンが単に作戦中に死んだのではない、という事実を受け入れかけていたが、今や、彼の死と変異は偶然ではなく、選ばれた悲劇だったと確信した。
フォンは立ち上がり、静かに、しかし凄まじい怒りを滲ませた声でカイトに言った。
「俺たちの目標は同じだ。奴らの支配を終わらせること。だが、俺は個人的な理由で動いている。俺が愛した男は、奴らの道具にされた。俺は、全ての責任者に、アンの受けた苦痛を千倍にして返してやるつもりだ。」
カイトはフォンの目に宿る、愛と憎悪が混じった炎を見た。それは、純粋な理想主義よりも、遥かに強く、現実的な力だった。
「わかった、フォン。」カイトは頷いた。「お前たちの復讐は、我々の革命だ。我々には、お前たちが持っている『計画』の全データと、お前の軍事経験が必要だ。その代わり、お前たちには安全な避難所と、復讐を果たすための戦力を提供しよう。」
カイトは古びた地図を広げた。「教会の連中は、明日、第三の灯台に燃料を供給するために、このグレイゾーンの端にあるデータハブを経由する。奴らは、そこにある古代の呪文生成装置を使って、あの変異体を量産するつもりだ。」
「それが、我々の最初の標的だ。」フォンは断言した。「ラン、準備しろ。俺たちは、奴らの喉笛を狙う。」
地下の静寂の中、反逆者たちの新たな、危険な同盟が、血と復讐の誓いと共に結ばれた。




