ヴォイの次の手
イシイ中尉が逮捕され、ヴォイの残党は、カイトが自身の法を武器にして彼らを上回ったことを悟った。彼らのリーダー、カインは、怒りと共に、これが最後の機会であることを理解した。彼らは、カイトの政治的権威を、彼の法の理想そのものを利用して、公然と打ち砕くという、最終的な作戦を立案した。
ヴォイの残党は、城塞で最も象徴的かつ人通りの多い場所、中央通信塔を襲撃した。彼らは、その塔に偶然居合わせた数十名の技術者と評議会職員を人質にとり、塔の最上階を占拠した。
カインは、襲撃した通信塔から、城塞全域に向けて、メッセージを流した。
「カイト議長よ! お前は、法の名のもとに、無実の者を逮捕し、裏切り者をかばっている! お前が築いた法は、市民の命よりも、お前の権威の偽善の方が重要だと叫んでいる!」
ヴォイの残党の要求は、明確かつ過激だった。
* 指名手配の即時撤回: フォン元司令官に対する全ての指名手配令を、直ちに撤回し、彼の無実を公的に宣言すること。
* 評議会の解体: 現在の暫定評議会を、即座に解体し、ヴォイの残党を含む新たな真の民兵組織による暫定的な統治を認めること。
* 時間制限: 1時間以内に要求が実行されなければ、人質を一人残らず処刑する。
城塞は、たちまちパニックに陥った。中央通信塔からの映像は、絶望的な人質の姿と、ヴォイの残党の武装した影をリアルタイムで映し出し、市民の怒りと恐怖を煽った。
カイトの究極のジレンマ
カイトは、指令室で、激しく揺れる映像と、ダイ司令官の混乱した報告を前に、立ち尽くしていた。
「司令官! 特殊部隊の編成は可能か!? 強行突入は!?」カイトは、ダイに問い詰めた。
ダイ司令官は、狼狽していた。「不可能です、議長! 彼らは、人質を盾にしており、塔の構造は複雑で、マニュアルでは、長期の交渉を経る必要があると…」
カイトは、理解した。ダイ司令官の部隊は、法の支配の下で動く。それは、プロトコル、許可、そして交渉を最優先する。しかし、ヴォイの残党は、カイトの法が、人質の命を救えないことを証明しようとしていたのだ。
カイトは、絶望的な状況下で、ジンに指示を出した。「フォンに、連絡を取れ。直ちにだ。」
ジンは、すぐさま、奈落の深部にいるフォンとの秘密通信を確立した。
「フォン。状況は知っているはずだ。ヴォイの要求は…」カイトは、言葉に詰まった。「人質の命がかかっている。法的手続きでは、間に合わない。」
フォンの声は、通信機から冷徹に響いた。「カイト。あなたの法が、あなたの市民を殺すだろう。私は、いつでも行動できる。しかし、あなたは、私の行動が、あなたの統治の政治的な終わりを意味することを知っている。」
フォンが求めているのは、指名手配の撤回や評議会の解体といったヴォイの要求ではない。フォンが求めているのは、カイトが法を完全に放棄し、一時的な独裁権をフォンに委任するという、公的な決定だった。
もしカイトがフォンに全権を委任すれば、彼は自らの政治的理想を完全に裏切ることになる。彼は、法の支配よりも軍事力を優先した指導者として、歴史に名を残すだろう。しかし、そうしなければ、人質は殺され、市民の信頼は永遠に失われる。
時計の針と市民の叫び
通信塔からの映像では、ヴォイの残党が、人質の一人に銃を突きつけ、カウントダウンを開始した。残された時間は、わずか30分。
評議会のホールでは、評議員たちが、パニックに陥り、カイトに強権の発動を懇願していた。
「議長! 法など、後からいくらでも修復できる! 今は、人命が最優先だ! フォンに全てを任せましょう!」
カイトは、己の信念と、目の前の現実との間で、引き裂かれていた。彼は、トランの支配を終わらせるために、血を流した。その法の支配を、一瞬にして、自らの手で破壊しなければならないのか?
「フォン…もし私が、君に全権を委任すれば、君の行動は、評議会の法廷で裁かれることはない。君は、事実上の軍事独裁者として行動することになる。私の全てが、無意味になる…」カイトは、苦悶の声を漏らした。
「カイト。あなたが私に全権を委任する、その一瞬だけ、法は死ぬ。しかし、人質が救われた後、あなたは法を蘇らせることができる。しかし、人質が死ねば、法を蘇らせる市民の希望は、永遠に死ぬ。」フォンは、カイトの良心を直接突いた。
カイトは、指令室の時計を見た。残された時間は、10分。彼は、もはや、政治的な計算や、理想の維持について考える余裕はなかった。彼は、一人の人間として、目の前の命を救うという、単純な命令に従わなければならなかった。
カイトは、深く息を吸い込んだ。その決断は、彼の政治生命の終わりを意味し、城塞の運命を永遠に変えるものだった。
「フォン…私は…決断する。」




