ヴォイの反撃
フォンが城塞の深部へと姿を消した数日後、ヴォイの残党は、彼らが待ち望んでいた好機と判断し、大規模な報復を開始した。彼らの攻撃は、以前の軍閥のような散発的なものではなく、城塞の全てのインフラを同時に破壊しようとする、高度に連携されたサイバー・物理複合攻撃だった。
中央指令室は、瞬く間に地獄と化した。警告ランプが赤く点滅し、壁一面のスクリーンには、次々とシステムエラーを示す警告文が表示された。
「カイト! 主電力系統が、未知のマルウェアに感染しています! 配水ポンプ、換気システム、そして評議会の通信ネットワークが、次々とヴォイの残党にハイジャックされています!」ランは、叫んだ。彼女のスキルをもってしても、この軍事レベルのサイバー攻撃には、単独では対処できなかった。
ダイ司令官は、完全に麻痺していた。彼は、指令室で、分厚い作戦マニュアルをめくりながら、怒鳴り散らしていた。「対サイバーテロリズムのプロトコルはどこだ!? 誰か、攻撃者の物理的な居場所を特定しろ! 法的な交戦承認が必要だ!」
彼の対応は、このデジタル戦争においては無意味だった。ヴォイの残党は、コードと電気信号の向こう側にいた。
ジンの地下防衛線
カイトは、公式にはランに依存していたが、彼の隣には、密かにジンがいた。ジンは、評議会のネットワークから隔離された緊急バックアップシステム(彼自身が設計したもの)を操作していた。彼は、カイトの私的技術顧問という、非公式の役割を担っていた。
「ラン、主電源を切断しないで。ヴォイの目的は、システムを破壊することではなく、私たちを内部から制御することだ。もし切断すれば、都市の制御権は彼らの手に落ちる!」ジンは、ランに正確な指示を出し、ヴォイが仕掛けた複雑なデジタル・トラップを一つ一つ回避していった。
ジンの画面は、激しいサイバー戦場と化していた。ヴォイのハッキングチームは、旧トラン軍の専門家で構成されており、その攻撃は執拗だった。ジンは、エンジニアとしての知識と、元鉄鎖団としての経験を全て注ぎ込み、システムの安定化に努めた。
「彼らは、配水システムを通じて、水を汚染しようとしている! 評議会への不信感を煽るつもりだ!」ジンは、汗まみれになりながら叫び、配水制御のコードを、ヴォイのウイルスからギリギリのところで奪い返した。
ミカの苦闘と物理的侵入
サイバー攻撃が混乱を引き起こす中、ヴォイの残党の物理的部隊が動き出した。彼らは、ダイ司令官の部隊が守る、最も警備が手薄になった箇所(ダイが重要視していなかった古い保守通路)を突き、中央指令室の周辺へと静かに浸透していた。
ミカは、異常を察知した唯一の現場指揮官だった。彼女は、ダイの部隊に、即座に南側区画の防衛を命じたが、ダイはプロトコルを重視し、命令書なしの移動を許可しなかった。
「ミカ! あなたは、許可なく部隊を動かすことはできない! 評議会の定めた手順に従いなさい!」ダイ司令官は、自らの机にしがみついていた。
「このままでは、ヴォイの残党が、指令室に到達するわ! 手順なんて、役に立たない!」ミカは、怒りを抑えきれず、自らの部隊だけを連れて、浸透経路の迎撃に向かった。
ミカは、ヴォイの残党の侵入を一時的に食い止めたが、彼らの数は多く、そして、彼らが使用する装備は、治安維持隊の標準装備よりも優れていた。ミカの部隊は、数で圧倒され始めた。
カイトは、指令室の内部で、この恐ろしい現実を目の当たりにした。ジンが、彼の世界をデジタルの崩壊から救っている一方で、光の下の彼の秩序は、物理的な暴力によって崩壊しようとしていた。
「ダイ司令官! 直ちに応援を!」カイトは命じたが、ダイはマニュアルをめくるだけで動かない。
カイトは、自分の手でフォンを追放した決断の、恐ろしい代償を初めて完全に理解した。法は、混乱を前にして、無力だった。
ジンは、キーボードから顔を上げ、カイトに切実な目で訴えた。「カイト! 物理的な防衛は、これ以上もちません! ヴォイの残党は、私たちの通信システムを、あと数分で完全に掌握するでしょう! 彼らを、この複雑な構造から追い出すには、軍事的な天才が必要です!」
カイトは、指令室の窓の外、銃声が響き渡る暗闇を見た。彼が頼れるのは、今、法によって城塞から追放された、たった一人の男だけだった。彼は、震える手で、緊急衛星電話のスイッチを入れた。それは、フォンがかつて、いかなる監視からも逃れるために使用していた、古い軍用回線だった。
「フォン…聞こえるか。君の助けが必要だ。すぐにだ!」カイトの声は、弱々しかったが、それは、評議会が初めて、影の守護者に正式な救援を求めた瞬間だった。




