外交と裏切り
カイトが提案した『赤い斧団(あかいおの団)』との交渉は、緊張した空気に包まれていた。彼らが支配する食糧倉庫は、城塞の飢えた市民にとって、生命線だった。カイトは、治安維持隊の武装を最低限に抑え、自ら交渉団を率いて、軍閥の支配地域へと足を踏み入れた。
フォンは、予備部隊を率いて、倉庫から数ブロック離れた廃墟の中で待機していた。ランが、彼らの通信を傍受し、状況をリアルタイムで報告する。
「カイトの交渉は、始まっているわ。赤い斧団の頭領、バルカンが、尋常ではない要求をしている。」ランの声には、緊迫感が混じっていた。
倉庫の奥深く、バルカンは、巨大な斧を傍らに置き、傲慢な笑みを浮かべていた。彼は、暫定評議会の政治的権威を、全く尊重していなかった。
「20%だと? カイト議長。お前たち、新しい政府は、私たちがこの食糧を守っていることを理解していないようだ。」バルカンは、嘲るように言った。
カイトは冷静に答えた。「我々は、あなたに城塞の再建に参加する機会を与えている。しかし、市民の食糧は、政治的取引の道具ではない。我々の要求は変わらない。あなたたちの支配地域にも、評議会の食糧配給法を適用する。」
バルカンの要求は、食糧の比率を超えていた。彼は、自身の領土を独立国家として承認し、評議会から重火器と燃料の恒久的な供給を受けることを求めた。
「それを拒否すれば、どうなる?」カイトは、バルカンの脅しを試すように尋ねた。
バルカンは、冷酷な笑みを浮かべた。「お前たち、新しい政府には、心臓がない。力を見せなければ、誰も従わない。」
そして、外交は裏切りへと転じた。
バルカンは、隠されていた合図を送り、部屋の周囲に潜んでいた兵士たちが、一斉にカイトと交渉団を取り囲んだ。
「カイト議長。お前は、評議会にとって最も重要な駒だ。これでお前たちも、力のルールを理解するだろう。」
『フォン! 捕らえられたわ! バルカンがカイトを人質に取った! 全通信が途絶した!』ランの叫びが、フォンの通信機を叩いた。
フォンは、予期していた事態にもかかわらず、怒りに体が震えた。カイトの理想が、現実の冷酷さによって、打ち砕かれたのだ。
「カイト、俺の警告を聞かなかったな。」フォンは呟いたが、感傷に浸っている時間はなかった。彼は直ちに、待機させていた治安維持隊に命令を下した。
「ジン! ミカ! 全員突入だ! 陽動は必要ない。速やかに圧倒しろ!」
救出作戦:電光石火の強襲
ミカは、即座に、遊撃隊を率いて食糧倉庫のメインゲートへと猛攻をかけた。彼女の戦術は、バルカンが予想していた正面からの包囲戦ではなかった。
「彼らに考える時間を与えるな! 躊躇は敗北だ!」ミカは叫び、防衛線を構築しようとするバルカンの兵士たちに、高密度の火力を浴びせかけた。
同時に、ジンは、彼の役割を果たした。彼は、倉庫の構造図を事前に分析しており、バルカンが強化したであろう裏口の電子ロックシステムに、高出力の電流を流し込んだ。
バチバチッ!
火花が散り、ロックが破壊された。ジンが、フォンと救出チームのための、完璧な侵入路を確保した。
フォンは、少数の精鋭を率いて、この裏口から倉庫内部へと突入した。倉庫内部は、大量の食糧の袋と、バルカンの兵士でごった返していた。
バルカンは、カイトを人質に取ったことで安心しきっていた。彼の驚愕は、フォンが彼らの通信の盲点から現れたとき、最高潮に達した。
「バルカン。交渉は終わった。」フォンは、冷たい声で宣言した。
フォンは、バルカンの兵士を、躊躇なく、しかし迅速に無力化した。彼の動きは、精密で、無駄がなかった。兵士たちは、トランの軍隊とは異なり、規律がなく、彼らの指導者が倒されると、すぐに混乱に陥った。
フォンは、カイトが拘束されていた部屋へと突入した。カイトは、多少の衝撃を受けていたものの、無傷だった。
バルカンは、フォンに銃を向けようとしたが、フォンは、彼に反撃の機会を与えなかった。一瞬のCQC技で、バルカンは床に倒れ伏した。
「カイト議長。外交は失敗しました。」フォンは、カイトを拘束から解放しながら、簡潔に言った。
カイトは、拘束具を外されながら、バルカンの兵士たちが彼の周囲で、血を流して倒れていく光景を目の当たりにした。彼は、言葉を失っていたが、その目に、現実の冷たさが深く刻み込まれていた。
「…フォン。あなたの言う通りだった。」カイトは、かすれた声で言った。「この城塞では、まだ、力が唯一の通用する言語だ。」
倉庫は完全に制圧された。食糧は安全に確保され、バルカンとその幹部たちは捕らえられた。
この一件は、暫定評議会にとって痛烈な教訓となった。政治的な理想は必要だが、それを守るためには、フォンの無慈悲な現実主義が必要だったのだ。
フォンとカイトの間の綱引きは、一時的に解決した。カイトは、治安維持隊の必要性を理解し、フォンは、自分の役割が、城塞に新しい秩序を築くための剣であることを再認識した。




