選択の呪縛
トラン上級大将の非情な命令は、地下深くに潜む『解放戦線』の移動司令部に、冷たい衝撃として届いた。トランは、市民の抵抗運動の核となる指導者たちを逮捕し、中央広場での公開処刑を計画していた。その中には、カイトの呼びかけに応じた、新しい自治組織のリーダーたちが含まれている。
「フォン、これは罠よ。明白な罠だわ!」ランは、警報を示すデータを前に、悲鳴に近い声を上げた。「トランは、私たちが彼らを救うために、自ら分散戦略を放棄し、姿を現すことを期待している。もし私たちが動けば、彼は我々の中枢を一度に叩き潰すでしょう!」
ランの論理は、戦略的に見て完璧だった。彼らが公開処刑を無視し、放浪者としての戦略を続ければ、トランの追跡は困難なまま続く。しかし、その代償は、市民の命と、革命の精神だった。
「その通りだ、ラン。」カイトの声は、怒りと苦悩に震えていた。「だが、もし私たちが彼らを見捨てれば、市民は私たちを臆病者と見なすだろう。私たちは、彼らに希望を与えた。その希望の対価が、彼らの公開処刑だとすれば、私たちの政治的な正当性は、この瞬間、完全に崩壊する!」
選択は、地獄の二択だった。
戦略を優先するか(生存)、
道義を優先するか(政治的な死)。
フォンは、静かに目を閉じていた。彼の脳裏には、アンの復讐を誓った時の誓いと、市民を抑圧から解放するという革命の使命が交錯していた。彼は兵士であり、戦術家だが、同時に彼らの希望の旗印でもある。
「トランの狙いは、我々の**心**を打ち砕くことだ。」フォンは、目を開き、冷たい声で言った。「奴は、我々が戦略を捨てて突入するか、あるいは、市民を見殺しにして道徳的に敗北するか、どちらかを選べば、勝利できると考えている。」
「だが…奴は、一つだけ見落としている。」
ランが尋ねた。「何を?」
「我々の技術と、結束力だ。トランは、我々が中央集権的な軍隊と同じように行動すると予測している。だが、我々は違う。我々は、戦略を捨てずに、彼らを救出する。」
フォンは、決断を下した。その声には、一切の迷いがなかった。
「作戦を立てる。公開処刑の場所は、中央広場。最も警備が厳重な上層区だ。トランは、大規模な部隊を展開し、我々を待ち構えているだろう。だが、我々も最大戦力で臨む。」
フォンは、分散中のジンとミカに、最高度の暗号化を施した緊急メッセージを送った。
『コード:選択。全作戦を停止し、直ちに戻れ。ターゲット、中央広場。救出作戦を実行する。』
カイトは驚愕した。「ジンとミカを呼び戻すのか!? 彼らは今、工業地区と下層区の組織化という、最も重要な任務を担っている。彼らを失えば…」
「失うわけにはいかない。だが、カイト。もし、この危機で彼らを見捨てれば、我々の『解放戦線』は、ただの空虚なスローガンになる。我々は、自分たちが守ると誓った人々のために、戦わなければならない。」フォンはきっぱりと言った。
計画は、3つの独立した軸で構成された。
* ジン(工学軸): 中央広場周辺の地下インフラを混乱させ、敵の注意を上方に引きつけるための構造的陽動を実行する。
* ミカ(戦闘軸): 処刑場の警戒線を突破し、犠牲者たちを確保するための突入部隊の先鋒を務める。
* フォン(指揮・戦術軸): 処刑の実行タイミングと、トランが準備した迎撃部隊への対抗策を指揮する。
ランは、悲壮な決意を込めてコンソールを操作した。「…ジンとミカから返信が来ました。彼らは、それぞれの任務を放棄し、全速力で中央広場へと向かっています。到着まで、あと1時間。」
時計は、残酷に時間を刻む。中央広場では、忠誠派の兵士たちが、銃剣を構え、処刑台を厳重に囲んでいた。トランの罠は、完璧に仕掛けられていた。
フォンは、銃と最小限の装備を手に、ランに最後の指示を出した。「ラン、常にトランの通信を傍受しろ。奴が、俺たちの到着を察知した瞬間を、俺に教えろ。」
「わかったわ。…気をつけて、フォン。」
フォンは、深層トンネルの暗闇の中へと姿を消した。彼の背後には、彼が守ろうと決意した、彼の仲間たちと、この革命の未来がかかっていた。彼は、トランの用意した地獄の選択に、自ら足を踏み入れたのだ。




