分散と結束
カイトの放送が、城塞の混沌に火をつけた。ランのコンソールには、広範囲にわたる市民の呼応を示すデータが流れ込んでいた。下層区の自治組織の立ち上げ、軍閥に対する局地的な抵抗、そして忠誠派の残党への抗議活動。革命は、一握りの戦士の手に負えないほど、急速に広がっていた。
フォン、カイト、ランは、一時的な隠れ家で、今後の戦略を決定していた。
「市民は動いた。カイトのメッセージは、恐怖を希望に変えた。」フォンは、簡素なホログラム地図上の、無数の黄色い点(市民の抵抗活動)を見つめた。「だが、彼らは訓練も、装備も、組織も持たない。この勢いを維持できなければ、トランの部隊か、貪欲な軍閥に簡単に押し潰される。」
「固定された司令部を失った今、我々が司令部になることはできない。」カイトは言った。「我々は、**触媒(Catalyst)**にならなければならない。人々の自発的な抵抗を、組織された力へと変える触媒に。」
戦略は、迅速に決定された。それは、鉄鎖団のコアチームを、最も危険な瞬間に、最も広大なエリアへと分散させるという、極めて危険な賭けだった。
「ランと俺は、引き続き中央司令塔を務める。ランが通信と情報戦を管理し、俺が全体の戦略を指示する。我々は、常に移動し、敵の追跡を逃れる。」フォンは宣言した。
彼は、残る3人に目を向けた。この3人が、革命の炎を城塞全域に運ぶ、最も重要な任務を負うことになる。
「カイト、お前は、城塞の上層区と中層区へ向かえ。そこには、知識層、旧体制の行政官、そして政治的な影響力を持つ市民が多くいる。お前の役割は、政治的な組織化と正当性の確立だ。市民の自治政府の基盤を築け。」
カイトは、静かに頷いた。「私が、人々の心と、新しい法の枠組みを確立しよう。」
次にフォンはジンに向き直った。「ジン、お前は城塞の工業地区と、物資の集積所のある東部へ向かえ。お前の役割は、軍事工学とロジスティクスだ。市民の抵抗部隊に、武器の製造方法、防御施設の構築方法、そして食糧の流通方法を教えろ。お前が、革命の背骨を築くのだ。」
ジンは、その重責を理解し、真剣な眼差しで答えた。「了解した。武器工廠は失われたが、俺が新しい製造拠点を築いてみせる。時間はかかるが、必ずやる。」
最後に、ミカだ。フォンは、彼女に最も困難で、最も残酷な任務を託した。
「ミカ、お前は、この革命の最初の発火点となった、下層区とグレイゾーンへ向かえ。そこは、軍閥の支配と貧困が最も深い場所だ。お前の役割は、遊撃隊の指導と医療だ。最も過酷な環境で戦う兵士たちの、実戦的な組織化と、命の救護を担え。」
ミカは、銃を握りしめた。「フォン、私は、最も弱い人々のために戦う。彼らが、トランの残党や軍閥に踏みにじられることは許さない。」
彼らは、長年、命を預け合ってきた仲間だ。分散は、彼らの生存確率を上げる一方で、個々のリスクを最大限に高める。感情的な緊張が、隠れ家の中に漂っていた。
「全員、理解しているな。我々は、もはや一つの部隊ではない。我々全員が、独立した革命の種となる。ランの通信網が、唯一の生命線だ。誰か一人でも捕まれば、革命全体が危機に瀕する。」フォンは、警告した。
「一つ質問だ。」ジンが尋ねた。「我々の新しいコードネームは? 放浪者という名では、組織として曖昧すぎる。」
フォンは、静かに答えた。「我々は、鉄鎖団だ。その名は、変わらない。だが、市民が我々を認識し、団結するための、新しい呼称が必要だ。」
「**『解放戦線』**だ。」カイトが提案した。「我々は、この城塞全体を、抑圧から解放するのだ。」
その言葉は、彼らの新たな使命にふさわしかった。
夜が明け始めた。カイトは、政治文書を抱え、高級車の残骸が散らばる通りへ。ジンは、ツールキットと工学図面を持って、工業地区の暗い通路へと姿を消した。ミカは、医療物資とライフルを手に、グレイゾーンの危険な入口へと消えていった。
フォンとランは、彼らが安全圏に入ったことを確認した後、すぐに指令システムを解体し、次の隠れ家へと向かった。
鉄鎖団は、一つの小さな抵抗組織であることをやめ、城塞全域に広がる、解放戦線という名の、巨大で分散した抵抗運動へと進化した。内戦は、今、その真の規模に達しようとしていた。




