内戦と呼びかけ
武器工廠の破壊から数時間。中央城塞のトラン上級大将の司令部には、爆発の轟音がもたらした後の、耳をつんざくような沈黙が支配していた。窓の外では、爆発の炎がまだ夜空を照らしている。
トランは、爆心地からの損害報告を、無表情で聞いていた。彼の参謀たちは、敗北の衝撃で青ざめ、言葉を失っていた。
「上級大将…工廠は完全に消滅しました。我々の重火器と弾薬の9割が…」参謀の一人が、報告を続けることができなかった。
トランは、初めて感情を表した。しかし、それは怒りではなく、深い、戦略的な理解だった。
「フォンめ…奴は、我々を軍事力で倒すのではなく、我々自身の重さで潰すことを選んだのだ。」
彼は立ち上がった。「ヴォイ枢機卿の幻想的な魔法への依存が、敵に隙を与えた。そして、私の伝統的な軍事力への依存が、フォンに決定的な打撃を与える機会を与えた。」
トランは、机上の地図を操作し、残存する忠誠派部隊の配置を確認した。
「軍事的な勝利は、もはや不可能だ。我々は、戦争に負けたのではない。我々は、戦場のルールを失ったのだ。」
トランは、冷徹な命令を下した。「全忠誠派部隊に命令する。直ちに全ての外郭パトロールを停止し、中央城塞へ後退せよ。全ての資源を、城塞の防御に集中させろ。我々は、ここで敵を迎え撃つのではない。ここで、最後の政治的な交渉を行うための砦を築くのだ。」
トランの目標は、殲滅から生存へと完全にシフトした。彼は、フォンとの内戦を避けられないと悟り、その最終局面を、最も強固な場所から迎え撃つ決断をした。
その頃、城塞の下層区では、爆発が引き金となり、秩序が完全に崩壊していた。
市民たちは、教会と軍の権威の崩壊を、この巨大な炎の噴出で理解した。略奪と暴動は制御不能となり、軍閥は公然と、食糧と資源の支配地域を奪い始めた。街は、複数の勢力が血で血を洗う、無政府状態へと突入した。
『放浪者の司令部』では、カイトが、ランが急遽立ち上げた放送設備の前で、緊張した面持ちで立っていた。これが、鉄鎖団の最初で最後の、公的な呼びかけとなる。
「ラン、準備はいいか。この信号は、トランの部隊のジャミングを突破し、城塞の全ての通信網に、同時に届かなければならない。」カイトが言った。
「システムは安定しています。トランは、今、防御体制に入っているため、強力な妨害は来ないでしょう。カイト、行ってください。これは、銃弾よりも強力な一撃です。」ランは頷いた。
カイトは深呼吸をし、カメラの前で静かに話し始めた。彼の声は、市民のラジオや通信端末に、ノイズを突き破って響き渡った。
「市民の皆さん。鉄鎖団のカイトだ。」
彼の声は、熱烈でありながら、落ち着きを保っていた。
「今、皆さんが目撃したのは、ヴォイ枢機卿と、トラン上級大将が守ろうとした、偽りの時代の終焉の光だ。武器工廠の爆発は、単なる破壊ではない。それは、旧体制の鉄の心臓が、打ち砕かれた音だ!」
カイトは続けた。「教会の魔法も、軍の重装甲も、もはや皆さんを守ることはできない。彼らは、皆さんの食糧を奪い、皆さんの自由を抑圧し、そして、今、自分たちの砦に閉じこもった。」
「我々、鉄鎖団は、皆さんを救うためにここにいるのではない。我々は、皆さんと共に戦うためにここにいる。我々は、この混沌を終わらせ、新しい秩序を築くために、街をさまよう『放浪者』となった。」
彼のメッセージは、希望と行動の呼びかけでクライマックスを迎えた。
「立ち上がれ! 組織化せよ! 飢えた者たちに食糧を与え、暴徒から自分たちの街を守れ! 武器を取れ! 我々は、トランの支配から解放された今、皆さんの手で、自由という名の新しい城塞を築かなければならない!」
カイトは、放送を終え、全身の力を使い果たしたように、その場に崩れ落ちた。
フォンは、ホログラム地図上の、カイトのメッセージを受信したエリアの広がりを見ていた。市民の抵抗の炎が、瞬く間に城塞全域に広がっていく。
「これで、内戦は公式に始まった。」フォンは、静かに言った。「トランは中央城塞に籠城するだろう。軍閥は領土を争う。そして、我々は市民を組織し、第三の勢力となる。」
鉄鎖団のゲリラ戦争は、今、情報の戦争、そして市民革命へと移行した。武器工廠の爆発は、戦術的な勝利だったが、カイトの呼びかけは、政治的な勝利となった。
城塞の運命を決める、最後の戦いが、始まろうとしていた。




