破壊の遺産
『大地の傷痕』が崩壊してから一週間。地下の『第三の灯台』は、もはや隠れ家ではなかった。それは、城塞の混沌の中で新たな支配を確立しようとする、革命軍の司令部へと変貌していた。
フォンは、傷の手当てを終え、簡素な軍服に身を包んでいた。彼の左肩にはまだ痛みが残っていたが、表情からは迷いが完全に消えていた。彼はカイト、ラン、そしてジンとミカと共に、広げられたホログラムの城塞地図を囲んでいた。地図は、忠誠派、日和見主義者、そして飢えた市民の動きを示す無数の点で埋め尽くされていた。
「君たちの成功により、教会の魔術的な力は根底から断たれた。しかし、代償として、我々は新たな戦いに直面している。」カイトが険しい顔で説明した。
「最大の脅威は、**トラン上級大将(General Tran)**だ。ヴォイ枢機卿が死亡した今、彼は軍事権力を掌握し、**中央城塞(Chūō Jōsai)**に最後の忠誠派部隊を集結させている。奴は今や、魔力に頼れない、純粋な軍事力で抑圧を維持しようとしている。」
「次に危険なのは、**軍閥(Gunbatsu)**だ。」ジンが地図の郊外を指差した。「教会の管理が緩んだことで、独立した軍事ユニットや強盗団が、食糧備蓄や水資源を奪い始めている。このままでは、市民は飢餓で自滅する。」
フォンは地図を一瞥し、冷静に状況を分析した。
「目標は明確だ。トラン上級大将の打倒は最終目標とする。しかし、最優先は生存だ。我々はまず、人々の支持を得るために、彼らを飢えから救わなければならない。」
彼はホログラムの特定の一点を指差した。「ここだ。城塞の南西部に位置する、穀倉地帯(Kokurachi-tai)。古い時代の食糧備蓄倉庫群だ。ここはまだ軍閥に完全には制圧されていない。」
「穀倉地帯は、我々の勢力圏から最も遠い。」カイトは懸念を示した。「そして、守りが固い。失敗すれば、軍閥とトラン上級大将の両方から狙われる。」
「だからこそ、プロの動きが必要だ。」フォンは言い切った。「我々はゲリラ戦術だけでなく、迅速で正確な軍事作戦を実行する。ラン、穀倉地帯のセキュリティシステムと、周辺の通信プロトコルを解析しろ。ジン、お前の工兵知識で、外部からの侵入経路を特定する。ミカ、お前は戦闘班の指揮を頼む。負傷者の搬送ルートも重要だ。」
ランは、まだ青白い顔でコンソールを操作していた。彼女は、もはや魔力枯渇の疲労を超越し、知性の力だけで任務に集中している。
「穀倉地帯の防御システムは、主に旧式の電子ロックと熱センサーです。教会の魔法結界は張られていません。ハッキングは可能です。ただし、成功の鍵はスピードと静音性です。」ランが報告した。
「静音性か。」フォンはうなずいた。「戦闘は避ける。しかし、必要な場合は、躊躇しない。」
彼の指揮は冷徹で無駄がない。これは、アンと共に生きた時代に培われた、完璧な戦術家としての姿だった。彼の憎悪は、今、革命という巨大な戦略へと昇華されていた。
「ジン、お前とミカが先鋒となる。目標は、倉庫の主要な制御室の確保と、食糧輸送ルートの確立だ。失敗は許されない。これは、鉄鎖団が市民に、新しい時代を示すための最初の約束だ。」
ジンとミカは、フォンの変わり果てた姿に、もはや驚きはなかった。彼らは、復讐に燃えるフォンではなく、人々を救うために冷酷な決断を下す指導者の姿を見ていた。
「了解した。俺がルートを切り開き、ミカがそれを守る。」ジンが答えた。
作戦は即座に実行に移された。鉄鎖団のメンバーは、長年隠してきた武器と車両を動かし、グレイゾーンの闇の中へ消えていった。
フォンは、指令室に残った。彼の隣には、情報サポートのためにランが静かに座っている。
「フォン兄さん…」ランが、ふと静かに尋ねた。「あなたの目的は…本当に、復讐から解放されたのですか?」
フォンはホログラムの地図から目を離さなかった。
「復讐は…終わった。だが、俺はまだ、アンが残した問いに答えていない。俺たちの世界は、次に何のために存在するべきか、という問いに。」
彼はランの方を向いた。
「俺が戦うのは、この世界に、アンのような存在が、もう二度と生まれないようにするためだ。そして、お前のような存在が、安心してその技術を未来のために使えるようにするためだ。これは、俺がアンに捧げる、最後の誓いだ。」
ランは静かに微笑み、フォンの決意が真実であることを理解した。彼は、亡霊との戦いを終え、今、生きている人々のための戦いを選んだのだ。
窓の外では、夜明けの光が、混沌とした城塞のシルエットを照らし始めた。穀倉地帯への攻撃は、その光と共に始まる。
破壊の遺産は重い。しかし、その瓦礫の下から、希望という名の革命が、静かに、そして確実に芽生え始めていた。




