覚醒の時
深層トンネルの出口で、フォン、ラン、ジン、ミカを待ち受けていたのは、カイトと鉄鎖団の主要メンバーだった。彼らがトンネルから這い出てきたとき、その姿は生ける屍そのものだった。血、泥、そして激しい魔力の焼け跡に覆われた英雄たち。
「成功したのか…?」カイトの声は震えていた。
「成功だ。」ジンは肩の傷を押さえながら、疲弊しきった顔で答えた。「変異体は全滅。ヴォイ枢機卿も死亡。奴らの儀式は、大地の傷痕ごと崩壊した。」
歓喜の叫びは上がらなかった。彼らは疲労と喪失を知る戦士であり、勝利の代償の大きさを理解していたからだ。フォンとランは、すぐに地下クリニックへと運ばれた。
数時間の処置と睡眠の後、フォンは意識を取り戻した。彼の体は重いが、心は不可思議なほど静かだった。彼は隣のベッドにいるランを見た。彼女はまだ眠っていたが、その表情は安らかだった。
クリニックの片隅で、カイトはホログラムを前に、静かに報告を始めた。
「フォン、君たちがやったことは、この世界の構造そのものを変えた。『大地の傷痕』の崩壊は、全世界に地震と魔力の波として感じられた。城塞の権威は、崩壊した。」
カイトは続けた。「トラン上級大将と教会の残党は、この失敗を隠蔽しようとしているが、誰も信用しない。衛兵と市民の間に混乱と暴動が起きている。城塞は今、巨大な権力の空白へと向かっている。」
『虚ろな者たちの時代』は、終わった。フォンがアンの復讐を遂げたことで、最強の軍事的脅威は消滅したのだ。しかし、その代わりに生まれたのは、より複雑で、より血生臭い**『混沌の時代』**だった。
「…俺の復讐は終わった。だが、戦争は続いているようだな。」フォンは冷たく呟いた。
「そうだ。そして、我々の戦いが始まる。」カイトは真剣な眼差しで言った。「君の能力が必要だ。君は、旧体制の最も優秀な兵士であり、彼らの戦術の全てを知っている。君は、復讐者から革命の指導者にならなければならない。」
その時、ランが目覚めた。彼女はかすかに身じろぎ、視線がフォンを捉えた。
「フォン…兄さん。」
「ラン。無事か。」フォンは体を起こし、彼女の傍に寄った。
ランは微笑んだ。その笑顔は、地獄の暗闇から帰還した者が見せる、純粋な安堵の光だった。彼女はゆっくりと手を伸ばし、フォンの手を握った。
「すべて…終わりましたね。ヴォイもディン教授も…アンさんの苦痛は、無駄にはならなかった。」
「ああ。」フォンは答えた。「俺は彼らの死を見た。だが、俺の心に安らぎはなかった。ただ、空虚さだけだ。俺は…ただの殺人者だった。」
ランはフォンの手を強く握り、首を横に振った。
「違います。あなたがアンさんの復讐を遂げたから、私が、彼が本当に望んでいたことを達成できた。彼の残したコードは、憎悪のためではなく、希望のためにあったんです。フォン兄さん、あなたの憎悪は、私たちに道を開いた。でも、これからは…」
ランはフォンの目を真っ直ぐに見つめた。
「これからは、愛のために戦ってください。アンさんが守ろうとした、この世界に残された、わずかな人間性を守るために。」
フォンは、ランの言葉の重さを噛みしめた。復讐は、彼を突き動かす燃料だったが、彼を救う薬ではなかった。彼がアンとの愛から学んだのは、生き残ることの価値、そして、守るべきものを決して手放さないという決意だった。
彼は、胸元のアンのドッグタグに触れた。憎悪の炎は消え、そこに残ったのは、冷たくも確固たる決意だった。
「わかった、ラン。」フォンは立ち上がった。彼の背中には、もう亡霊の影はない。「俺は、もう過去の亡霊のために戦わない。俺は、未来のために戦う。」
彼はカイトへと向き直った。
「カイト、俺は、鉄鎖団と共に戦う。俺の知識は、新しい時代のために使う。だが、俺は革命家ではない。俺は兵士だ。お前たちの、最も鋭い刃となろう。」
カイトは満足そうに頷いた。復讐者の戦いは終わり、真の指導者が覚醒した瞬間だった。
外の世界では、城塞の崩壊が始まっていた。だが、この地下の秘密基地では、フォンという名の元兵士が、新しい世界を築くための、冷たい決意を固めた。




