先制攻撃計画
『第三の灯台』の司令室は、緊張感とテクノロジーが交錯する作戦本部へと変貌していた。ホログラム地図が部屋の中央に展開され、最終目標である**『大地の傷痕』**が、不気味な赤い光を放っている。
フォンは、治療を終えたばかりの体で、カイトと共に作戦の最終確認を行っていた。彼の顔の傷は生々しいが、その瞳は澄み切っており、指揮官としての冷徹さを取り戻していた。
「教会は三日後に、この古代遺跡を使い、機甲化変異体(Kikōka Hen'itai)の軍団を一斉に起動させるつもりだ。」カイトは地図上の古代遺跡を指した。「『大地の傷痕』は、大交差以前から魔力の奔流が集まる場所だ。奴らはそこを、兵器起動のための巨大なエネルギー炉として利用する。」
「三日は待てない。」フォンはきっぱりと言い切った。「奴らは我々がディン教授を殺したことで、最高レベルの警戒体制に入っている。我々が動くべきは、教会が最も油断している瞬間だ。明日夜明け前に、我々は攻撃を開始する。」
カイトは、フォンの無謀とも言える判断に眉をひそめたが、その軍事的合理性を理解した。「最短ルートは、グレイゾーンの主要な監視網を突っ切ることになる。不可能だ。」
「不可能ではない。」フォンはランに視線を送った。「俺たちの切り札は、お前だ、ラン。そして、**深層トンネル(しんそうトンネル)**を使う。」
深層トンネル――それは、城塞が建設される遥か昔、古代文明が利用していた地下通路のネットワークであり、現在は高レベルの**虚ろな者**が巣食う、最も危険な地域として封鎖されている。
「ラン、お前は、ディン教授のデータにある教会の上層通信プロトコルと、お前のテクニカを融合させろ。トンネルを移動する際、俺たちの魔力共鳴を、既存の教会のパトロール隊の**『虚ろな者監視信号』**と誤認させるんだ。奴らは、トンネルの奥の信号を単なる『異常値』として処理するだろう。」
ランは全身の疲労を無視し、データパッドを操作した。「…リスクは高いです。魔力の出力調整を少しでも間違えれば、我々は即座に教会の魔術師部隊に捕捉されます。でも、やります。アンさんの残した希望を、無駄にはしません。」
カイトはフォンの作戦の過酷さに、鉄鎖団のメンバーを見渡した。生存率は極めて低い。
「わかった。我々は全力で支援する。」カイトは決断した。「俺たちの任務は、陽動だ。教会の主要な兵器工場である『第四区画』に大規模な爆破を仕掛け、奴らの注意を『大地の傷痕』から逸らす。お前たちが本体だ。連れて行くのは、経験豊富なトンネルのスペシャリスト、ジンとミカだ。」
ジン(ジン)は元工兵で、無口だが爆破と地下戦のプロだ。ミカ(ミカ)は元医療兵だが、教会の狂信的な儀式を目撃したことで鉄鎖団に参加した、精神力の強い女性だった。
彼らは作戦に必要な装備の最終チェックを行った。鉄鎖団の技術者が用意したのは、教会の結界を一時的に無効化する魔力パルスグレネードと、敵の装甲を貫通するために魔術的に強化された重いアサルトライフルだった。
フォンは、自分に課せられた重責を理解していた。この攻撃は、単なる復讐ではなく、城塞の支配構造を崩壊させるための最初で最後の決定的な一撃となる。
作戦開始直前、フォンはランを呼び寄せた。
「ラン、お前は常に俺の背後から離れるな。もし俺が虚ろな者に取り憑かれそうになったら、躊躇せずに…」
「分かっています、フォン兄さん。」ランはフォンの言葉を遮り、彼の腕にそっと触れた。「私たちにはデータがあります。アンさんが命を懸けて守ったデータが。生きて、この戦いを終わらせましょう。そのためなら、私は全ての魔力を使う覚悟です。」
フォンはランの決意を受け止めた。彼女の純粋な献身と、アンの残した希望こそが、彼をこの闇の中で人間に留めている最後の砦だった。
彼は、アンのドッグタグを握りしめた。冷たい金属の感触が、彼の復讐の決意を再確認させる。
「行こう。俺たちの戦争の、最終章だ。」
夜が明ける直前、フォンとラン、そしてジンとミカの4人は、崩れかけた古代の入り口から、虚ろな者の領域である深層トンネルの暗闇へと、静かに降下していった。彼らの足音は、歴史の転換点となる最初の一歩だった。




