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教授の密室

フォンの古い電子カードが、読取機にかざされた瞬間、周囲の魔術結界が奇妙な唸りをあげた。結界の光が緑から不安定な青へと点滅し、壁の一部が音もなくスライドする。そこには、狭く暗い、古びた換気シャフトへと続く、秘密の通路が隠されていた。

「アン…やはりお前は、この場所の全てを知っていたんだな。」フォンは、カードを強く握りしめた。愛の記憶が、今や裏切りの本拠地への鍵となった。

彼らは衛兵の制服を脱ぎ捨て、換気シャフトを這い上った。シャフトを抜けると、そこは旧エネルギー省施設の壁の内側、無菌状態の廊下だった。外部の美しさとは異なり、廊下にはかすかにホルマリンと、鉄のような血の匂いが混じった異様な臭いが漂っていた。

「教授のラボは、この最奥のはずです。」ランは内線で囁き、携帯型のデータパッドで建物の古い設計図と、カイトから得た情報を照合した。

通路は迷路のように複雑だったが、フォンはアンから聞いたわずかな手がかりと、ランの技術を頼りに、警備の目を避けながら突き進んだ。彼らの背後から聞こえるのは、常に監視システムの静かな稼働音だけだ。

そして、彼らはついに目的地に到達した。厚い装甲扉に守られた、**「再生研究室:コード01」**と刻まれた部屋だ。

「行くぞ。」フォンはサイレンサー付きのピストルを構えた。

ランは最後の力を振り絞り、ドアの電子ロックに侵入した。――カチリ。静かな電子音と共に、装甲扉が内部へとスライドする。

研究室の内部は、地獄絵図だった。

部屋の中央には、手術台のようなものが置かれ、周囲には古めかしい儀式用の祭壇と、最先端のホログラム投影装置が混在していた。床には乾燥した血痕と、異形の生物の臓器のようなものが散乱している。

教授ディンは、白衣を纏い、ホログラムの投影データに夢中になっていた。彼は小柄で痩せ細り、黒い縁の眼鏡の奥で、狂的な光を放つ目をしていた。

「誰だ!ここは機密区画だぞ!」ディン教授は振り返り、衛兵の制服を脱ぎ捨てたフォンとランの姿を見て、一瞬で顔色を変えた。「貴様ら…デルタ部隊の残党か! 生き残っていたとは…!」

フォンは一歩ずつディンに近づいた。彼の顔は無表情だが、その瞳には凍てついた憎悪が渦巻いていた。

「ディン教授。お前の研究が、我々の仲間と、俺の愛する者をどうしたか、聞かせてもらう。」

ディンはすぐに冷静を取り戻し、傲慢な笑みを浮かべた。「ああ、君たちの悲劇は実に興味深かった。特に、被験体A-1のデータはね。君の恋人、グエン・ヴァン・アン。彼の身体は素晴らしかった。我々の知る限り、彼は最も高い魔力耐性を持っていたんだ。」

フォンは呼吸さえ忘れた。「アン…被験体A-1…。」

「そうだ! 彼は単なる戦死者ではない、選ばれた者だ! 我々は彼を利用して、魂の定着率を制御するプロトコルを確立した。彼の精神は抵抗したよ、フォン。並外れて強くね。その激しい抵抗こそが、我々に、完全に自我を消去する方法を教えてくれたんだ!」ディンは歓喜に満ちた声で、アンの苦痛を科学的な成功として語った。

その瞬間、フォンの理性は砕け散った。アンの死は、名誉ある犠牲などではなかった。それは、この男の冷酷な好奇心を満たすための、極限の拷問だったのだ。

ランはフォンの肩を掴み、必死に訴えた。「フォン兄さん、待って! 情報を! ヴォイ枢機卿の居場所と、計画の全貌を聞き出すんです!」

「いらない。」フォンは低く、乾いた声で呟いた。彼の復讐は、もはや情報収集のための道具ではない。

フォンはディン教授の目をまっすぐ見据え、ピストルのサイレンサーを外し、教授の頭部に向けて銃口を向けた。

「お前は、俺の全てを奪った。お前の研究は、地獄で完成すればいい。」

――ドォン!

銃声は静寂を打ち破り、ディンの傲慢な笑みは瞬時に、床に広がる鮮血の海へと変わった。フォンは躊躇なく、冷徹に引き金を引いた。それは、軍事的な処刑であり、愛と魂の尊厳を踏みにじった者への、最後の報いだった。

教授の死と共に、研究室内のすべての機器が赤く点滅し始めた。ランはすぐにディンが使っていた端末に飛びつき、主要なデータをダウンロードし始めた。

「アラームです! 警報が城塞全域に発信されました! 兄さん、もう隠れることはできません!」

「わかっている。」フォンは床に散乱したディンの研究ノートを足で蹴散らした。彼の復讐は達成されたが、彼らは今、城塞の心臓部で、全軍を敵に回すことになった。

「ラン、ダウンロードしたデータを確保しろ! 出口へ急げ! 今度は、本当の戦争だ!」

彼らは、地獄の門を開き、怒れる教会の報復を招き入れた。彼らの脱出路は、血で塗り固められることになるだろう。

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