第7話 聖水泉の汚染
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最弱職【掃除士】、実は世界最強でした 第7話をお届けします。
王女の呪いを解いた翔太に、貴族からの依頼が殺到!
そんな中、中央教会の聖水泉が謎の汚染に見舞われます。
エリーゼと共に挑む新たな浄化案件と、その裏に潜む陰謀とは……?
お楽しみください!
王女の呪いを解いて三日が経った。
俺の日常は、一変していた。
朝、宿の扉を開けると、そこには貴族の使者が列を作っている。皆、俺の浄化能力を頼って来たのだ。手には金貨の詰まった袋や、高価な宝石を持っている者もいる。
「佐藤様! 我が家の呪われた家宝を浄化していただきたく」
「掃除士殿、屋敷の瘴気を祓ってくださらぬか」
「翔太様、娘の病を……」
正直、困惑した。つい二週間前まで、俺は最弱職と馬鹿にされていたのに。その落差に、まだ心が追いついていない。時折、これは夢なのではないかと思うこともある。
でも、困っている人がいるなら、俺にできることはやりたい。それが掃除士としての、俺の仕事だから。
その日も、俺は冒険者ギルドで依頼を整理していた。リサが苦笑しながら、山のような依頼書を机に広げる。
「翔太さん、本当に全部受けるんですか?」
「できる限りは。でも、優先順位をつけないと」
俺が依頼書を確認していると、ギルドの扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、白いローブに身を包んだ若い神官だった。顔は青ざめ、息を切らしている。額には脂汗が浮かび、全身が小刻みに震えていた。
「た、大変だ! 聖水泉が……」
彼は膝に手をついて、荒い息を整えながら続ける。
「中央教会の聖水泉が、黒く濁ってしまった!」
その言葉に、ギルド内が一瞬静まり返った。次の瞬間、騒然となる。聖水泉は、この国の信仰の中心。それが汚染されたということの重大さを、誰もが理解していた。
◆
中央教会は、王都の中心部にある巨大な建造物だ。
白い大理石で作られた荘厳な建物は、朝日を受けて神々しく輝いている。尖塔は空高くそびえ、その頂上には黄金の聖印が掲げられていた。
しかし、教会の中は混乱していた。
神官や聖職者たちが慌ただしく走り回り、信者たちは不安そうに囁き合っている。空気には、焦りと恐怖が漂っていた。泣き出す子供、祈りを捧げる老人、そして蒼白な顔で立ち尽くす若い神官たち。
「翔太殿、来てくれたか」
大司教ガブリエルが、疲れた顔で俺を迎える。エリーゼの呪いを解いた時に会った、あの老聖職者だ。しかし、わずか三日で、さらに老け込んだように見えた。
「聖水泉が汚染されたと聞きました」
「ああ、今朝からだ。見てくれ」
彼に案内されて、教会の中庭へ向かう。
そこには、直径十メートルほどの円形の泉があった。本来なら澄み切った水が湛えられているはずだが――
「これは……」
俺は息を呑んだ。
水は、真っ黒に濁っていた。
いや、濁っているというより、まるで墨汁のように黒い。そこから立ち昇る瘴気は、見ているだけで気分が悪くなる。俺でさえ、本能的な嫌悪感を覚えた。
「聖水泉は、この国の信仰の要だ」
ガブリエルが説明する。その声には、深い絶望が滲んでいた。
「ここから汲み上げた水は、病を癒し、呪いを弱め、魔を退ける。しかし、今は……」
彼が杖で黒い水を指す。手が震えていた。
「触れた者は、逆に呪われてしまう。既に三人の神官が倒れた」
俺は鑑定スキルを使ってみた。
【呪われた聖水】
状態:重度の汚染
原因:???
浄化難易度:極高
原因不明の汚染。しかも、難易度が極めて高い。
「聖職者の方々は、浄化を試みなかったんですか?」
「もちろん試した。私を含め、高位の聖職者全員でだ」
ガブリエルが悔しそうに拳を握る。
「だが、我々の聖なる力では、この汚染には歯が立たなかった。むしろ、浄化しようとした者ほど、強い反動を受けた」
つまり、これは単純な汚染ではない。何か、意図的なものを感じる。誰かが、わざとこの聖水泉を汚染させたのだろうか。
「分かりました。浄化してみます」
俺が前に出ようとすると――
「待って!」
聞き覚えのある声。振り返ると、そこにはエリーゼが立っていた。
銀髪を風になびかせ、純白のドレスに身を包んだ王女。三日前より顔色も良く、生命力に満ちている。
「エリーゼ様、なぜここに」
「聖水泉の異変を聞いて、駆けつけました」
彼女は俺の隣に立つ。その瞳には、王族としての責任感が宿っていた。
「これは王国の危機です。王族として、見過ごすわけにはいきません」
そして、俺を見つめる。
「それに、翔太さんが危険な浄化をするなら、私も一緒にいたいんです」
「でも、危険ですよ」
「分かっています。でも……」
エリーゼの瞳に、強い意志が宿る。その奥には、三年間の無力感を払拭したいという切実な想いがあった。
「三年間、何もできずに眠っていました。もう、ただ守られるだけの王女でいたくないんです。私にも、この国のためにできることがあるはず」
その決意の固さに、俺は頷いた。彼女の想いを、否定することはできなかった。
「分かりました。でも、無理はしないでください」
◆
俺は聖剣エクスカリバーを抜き、黒い泉に向かった。
近づくにつれて、瘴気がさらに濃くなる。肌がピリピリと痛み、呼吸が苦しくなる。汚染耐性がなければ、即座に倒れていただろう。
「浄化」
聖剣を通して、光を放つ。
しかし――
ドォン!
黒い水が爆発するように噴き上がり、俺は後方に吹き飛ばされた。背中から地面に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。
「翔太さん!」
エリーゼが駆け寄ってくる。彼女の顔には、心配と恐怖が浮かんでいた。
「大丈夫です……でも、これは」
普通の汚染じゃない。何か、強い意志を持った存在が、この泉を汚染している。
もう一度、鑑定スキルを使う。今度は、もっと深く探ってみる。
すると――
【呪いの源:嫉妬の結晶】
設置者:???
効果:聖なるものを穢れに変える
解除条件:結晶の破壊または浄化
泉の底に、何かがある。
「潜ってみます」
「え? でも、その水に触れたら」
エリーゼが心配そうに言う。彼女の手が、無意識に俺の袖を掴んでいた。
「大丈夫です。汚染耐性があるので」
俺は覚悟を決めた。これは、俺にしかできない仕事だ。
深呼吸をして、黒い水に飛び込んだ。
瞬間、全身を瘴気が包む。まるで、濃硫酸の中を泳いでいるような感覚。汚染耐性がフル稼働して、かろうじて身体を守っている。それでも、皮膚が焼けるような痛みが走る。
泉の底は、思ったより深かった。
五メートル、十メートル……どんどん潜っていく。光も届かない暗闇の中、手探りで底を探る。肺が空気を求めて悲鳴を上げ始める。意識が朦朧としてくる。
このまま、ここで力尽きるのか――そう思った時、指先が何かに触れた。
固い、結晶のような感触。引き上げようとするが、まるで底に根を張っているかのように動かない。
なら――
「浄化!」
水中で、全力の浄化を放つ。
光が暗闇を切り裂き、結晶を包み込む。すると、結晶から映像が浮かび上がった。
黒いローブを着た人物が、夜中にこっそりと結晶を沈めている場面。顔は見えないが、手には貴族の紋章が入った指輪が光っている。
誰かが、意図的に聖水泉を汚染したのだ。その事実に、俺は怒りを覚えた。多くの人々の心の拠り所を、こんな形で汚すなんて。
結晶が、少しずつ浄化されていく。黒い色が薄れ、本来の透明な姿を取り戻していく。
そして――パキン!
結晶が砕け散った。
◆
次の瞬間、黒い水が急速に透明になっていく。
まるで、墨汁に清水を注ぎ込んだかのように、黒が薄れ、本来の澄んだ水が姿を現す。
俺は水面に顔を出した。
「はぁ、はぁ……」
肺が空気を求めて、激しく呼吸する。全身から力が抜けそうになる。
「翔太さん!」
エリーゼが泉の縁に手を伸ばし、俺を引き上げてくれる。彼女の細い腕に、意外な力があった。
「成功しました。聖水泉は、元に戻りました」
見ると、泉の水は完全に透明になっていた。それどころか、以前よりも清らかに、神聖な光を放っている。
「素晴らしい!」
ガブリエルが感嘆の声を上げる。老いた顔に、若々しい喜びが蘇っていた。
「これほど清らかな聖水は、百年ぶりだ!」
周りの聖職者たちも、歓声を上げている。涙を流しながら祈る者、感謝の言葉を述べる者、そして俺に向かって深々と頭を下げる者。
しかし、俺の表情は晴れなかった。
「大司教、これは人為的な汚染でした」
「なんだと?」
俺は結晶の破片を見せる。
「泉の底に、呪いの結晶が仕込まれていました。誰かが、意図的に聖水泉を汚染したんです」
ガブリエルの顔が青ざめる。
「そんな……誰が、なぜ」
「分かりません。でも、犯人は貴族の関係者のようでした」
エリーゼが眉をひそめる。
「貴族が、教会に対して何か企んでいる……?」
重い沈黙が、その場を包んだ。
王国の中枢で、何か不穏な動きがある。それは確実だった。
◆
その日の夕方、俺は報酬を受け取りにギルドへ戻った。
聖水泉の浄化の報酬は、金貨五百枚。さらに、教会からは「聖泉守護者」という称号も授与された。
しかし、俺の心は晴れない。
誰が、何の目的で聖水泉を汚染したのか。そして、これは始まりに過ぎないのではないか。
「翔太さん」
エリーゼが、ギルドの外で待っていた。夕日が、彼女の銀髪を黄金に染めている。
「今日は、ありがとうございました」
「いえ、俺は自分の仕事をしただけです」
彼女は首を横に振る。
「違います。あなたは、ただ掃除をしているんじゃない。この国を、穢れから守っているんです」
そして、真剣な顔で続ける。少し頬を赤らめながら。
「翔太さん、お願いがあります」
「なんですか?」
「私に、あなたの仕事を手伝わせてください」
意外な申し出に、俺は驚いた。
「でも、王女様が掃除の仕事なんて」
「王女だからこそ、です」
エリーゼの瞳が、夕日を受けて輝く。そこには、強い決意と、何か別の感情が宿っていた。
「この国で何かが起きている。王族として、それを見過ごすわけにはいきません。それに……」
彼女は少し頬を赤らめ、声を小さくする。
「あなたともっと一緒にいたいんです。あなたの純粋な心と、清らかな力に触れていたい。三年間の眠りから覚めて、最初に見た光があなただった。その光を、もっと近くで感じていたいんです」
その言葉に、俺も顔が熱くなった。胸の奥で、何か温かいものが広がっていく。
「分かりました。でも、危険なことはさせられません」
「もちろんです。私にできることを、精一杯やります」
エリーゼが微笑む。それは、本当に嬉しそうな笑顔だった。まるで、ずっと欲しかったものを手に入れた子供のような、純粋な喜びに満ちた笑顔。
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【ステータス】
佐藤翔太 Lv.44
職業:掃除士
称号:聖剣の主、宮廷浄化士、聖泉守護者
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HP :780/780
MP :1200/1200
攻撃力:98(+300)
防御力:352
敏捷 :98(+50)
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【スキル】
浄化 Lv.10
└効果:呪い浄化まで可能
鑑定 Lv.4
収納 Lv.4
剣術 Lv.1
浄化効率:54
汚染耐性:22
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レベル44。聖水泉の浄化で、また少し強くなった。
そして、新たな仲間も得た。第三王女エリーゼ。彼女と共に、この国の穢れと戦っていく。
夕日が沈み、街に夜の帳が下りる。
どこかで、陰謀が動いている。聖水泉の汚染は、その序章に過ぎない。
でも、俺には浄化の力がある。聖剣がある。そして、信じてくれる人たちがいる。
どんな穢れも、俺が綺麗にしてみせる。
それが、掃除士としての俺の使命だから。
第7話、いかがでしたでしょうか?
聖水泉の汚染という、王国の信仰に関わる重大事件が発生しました。
そして、それが人為的なものだったという事実……。
王国の中枢で、何か不穏な動きが始まっているようです。
エリーゼが翔太のパートナーになりたいと申し出たのも、今回の見どころですね。
王女として、そして一人の女性として、翔太への想いが深まっていく様子が描けたでしょうか。
次回は、陰謀の正体が少しずつ明らかに……?
翔太とエリーゼの関係も、さらに深まっていきそうです。
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