第6話 王女との出会い
第6話をお届けします。
掃除士として認知されつつある翔太に、王城から特別な依頼が。
三年間眠り続ける王女エリーゼを救えるのか?
呪いも「汚れ」として浄化する掃除士の新たな挑戦が始まります。
聖剣の掃除士。
その名前が、王都中に広まるまで、そう時間はかからなかった。
召喚から十日。俺は王都最大の冒険者ギルドで、今日も清掃依頼を確認している。朝の光が、ギルドの大窓から差し込み、聖剣エクスカリバーの柄を黄金に輝かせていた。
「翔太さん、ちょうど良かった」
受付嬢のリサが、安堵の表情を浮かべる。彼女の態度は、最初の頃とは百八十度変わっていた。あの時の軽蔑の眼差しが、今では尊敬と親愛に変わっている。
「実は、今朝方、特別な依頼が入りまして……」
リサが声を潜め、周囲を確認してから続ける。その瞳には、興奮と不安が混じっていた。
「王城から極秘の依頼なんです」
王城? まさか王族から? 俺の心臓が、期待と緊張で高鳴った。
「詳細は直接お会いしてから、ということですが……第三王女エリーゼ様に関することらしくて」
第三王女エリーゼ。名前は聞いたことがある。王国の宝石と呼ばれる美しい王女だが、ここ数年は公の場に姿を見せていないという。何か深刻な事情があるのだろうか。
「分かりました。引き受けます」
俺が即答すると、リサが安堵の表情を浮かべた。
「実は、もう何人もの高名な聖職者が挑戦したんですが、全員失敗したそうで……でも、翔太さんの浄化なら、もしかしたら」
彼女の目には、切実な願いが込められていた。王女への敬愛と、救いたいという純粋な想いが。
◆
王城への道のりは、思ったより長かった。
石畳の大通りを進むにつれ、街並みが徐々に豪華になっていく。商人の店から貴族の屋敷へ、そして最後には白亜の城壁が見えてきた。
城門で身分証を見せると、衛兵たちがざわめいた。
「聖剣の掃除士……」
「本当にあの聖剣エクスカリバーを?」
「アンデッドキングを浄化したって話は本当なのか」
俺は静かに頷き、聖剣を見せる。黄金の刀身が陽光を反射し、衛兵たちが息を呑んだ。その畏敬の眼差しに、俺は複雑な気持ちになった。二週間前までは、最弱と蔑まれていたのに。
城内に案内されると、豪華な廊下を延々と歩かされた。天井には美しいシャンデリアが輝き、壁には歴代の王の肖像画が並んでいる。足音が大理石の床に響く。
やがて、重厚な扉の前に着いた。
「エリーゼ様のお部屋です」
案内役の侍女が、悲しそうな顔で言う。彼女の目には、深い憂いが宿っていた。長年仕えてきた主人を救えない無力感が、その表情に滲んでいた。
「もう三年……誰も、お救いすることができなくて」
三年。その長さに、俺は息を呑んだ。どれほどの苦しみだろうか。
扉が開かれると、薬草と香の匂いが鼻を突いた。そして、その奥から――瘴気を感じる。
◆
部屋の中央に、天蓋付きのベッドがあった。
そこに横たわっていたのは、息を呑むほど美しい少女だった。
長い銀髪が枕に広がり、整った顔立ちは人形のように完璧。しかし、その肌は病的に青白く、苦しそうに眉をひそめている。
そして、彼女の周りに――紫色の霧が漂っていた。
俺は一歩、また一歩と近づいた。近くで見ると、彼女の苦しみがより鮮明に感じられた。微かに震える睫毛、浅い呼吸、時折眉間に寄るしわ。意識があるのに、身体が動かない。その苦痛は、想像を絶するものだろう。
「これは……呪い?」
俺が近づくと、老年の男性が立ち上がった。豪華なローブに身を包んだ、明らかに高位の聖職者だ。
「君が噂の掃除士か」
彼の声には、疲労と諦めが滲んでいた。深い皺が刻まれた顔には、三年間の苦闘の跡が見えた。
「私は大司教ガブリエル。この国最高位の聖職者だ。だが……」
彼は悔しそうに拳を握る。その手が、微かに震えていた。
「三年だ。三年間、あらゆる手を尽くしたが、この呪いを解くことができない。私の無力が、王女様を苦しめ続けている」
自責の念に苛まれる老聖職者の姿に、俺は胸が痛んだ。
「どんな呪いなんですか?」
「分からない。ただ、三年前の夜、突然エリーゼ様が倒れて、それ以来ずっとこの状態だ」
大司教が続ける。
「意識はあるようだが、言葉を発することができない。身体も動かせない。まるで、魂だけが身体に閉じ込められているような……」
俺は鑑定スキルを使ってみた。
【呪い:永遠の眠り】
等級:古代級
効果:対象の身体機能を最低限に保ちつつ、意識を封印する
解呪条件:???
古代級の呪い。これは確かに、普通の解呪魔法では無理だろう。
でも、俺の浄化なら――
「浄化させてもらってもいいですか?」
大司教が驚いた顔をする。
「浄化? 解呪ではなく?」
「呪いも、ある意味では穢れです。本来あるべき状態を歪めているという点で」
俺はエリーゼに近づいた。
近くで見ると、さらに美しい。まるで、おとぎ話の眠り姫のようだ。長いまつ毛が、頬に影を作っている。
そして、彼女の身体から立ち昇る紫の霧――これが呪いの実体か。
「浄化」
手を翳すと、光がエリーゼを包み込む。
しかし――
バチッ!
呪いが反発し、俺の手が弾かれた。
「くっ……」
予想以上に強い。アンデッドキングの呪いとは、また違う種類の強さ。これは、悪意ではなく――執着?
「やはり無理か……」
大司教が諦めたように呟く。
でも、俺は諦めない。聖剣を抜いた。
「聖剣エクスカリバー……」
大司教が息を呑む。
聖剣を通して、もう一度浄化を試みる。邪悪特効の効果が、呪いの本質を見抜いてくれるはずだ。
「浄化」
今度は、光が呪いに浸透していく。
ゆっくりと、だが確実に、紫の霧が薄れ始めた。まるで朝霧が陽光に晒されるように。
すると――呪いの中から、映像が浮かび上がった。
◆
それは、三年前の記憶だった。
若い男性貴族が、エリーゼに求婚している場面。しかし、エリーゼは首を横に振る。
『私には、もう心に決めた人がいます』
『なんだと? 誰だ、そいつは!』
『それは言えません。でも、あなたとは結婚できません』
男性貴族の顔が、怒りに歪む。しかし、その奥には深い悲しみもあった。
『ならば、永遠に誰のものにもなるな!』
彼が呪いの札を投げつける。紫の霧が、エリーゼを包み込む。
『お前は永遠に眠り続ける。目覚めることがあるとすれば――』
男性の顔が、狂気と悲しみに歪む。
『真実の愛を持つ者の、清らかな力によってのみだ。だが、そんな者はこの世にいない!』
映像が消えた。
◆
「なるほど……執着と嫉妬の呪いか」
俺は理解した。これは単純な悪意ではない。歪んだ愛情が生み出した呪い。だから、聖職者の聖なる力では解けなかった。
必要なのは、清らかな力。それも、打算のない、純粋な――
俺の中で、何かが動いた。この美しい王女を、苦しみから解放したいという純粋な想い。それは恋愛感情でも、報酬目当てでもない。ただ、困っている人を助けたいという、掃除士としての本能だった。
「もう一度」
俺は聖剣を握り直し、今度は別のアプローチを取った。
呪いを打ち破るのではなく、受け入れて、浄化する。歪んだ愛情を、本来の形に戻す。執着を解放し、嫉妬を洗い流す。
「浄化――いや、解放してあげる」
光が、優しくエリーゼを包む。
今度は反発しない。むしろ、呪い自体が光を受け入れているようだった。まるで、ずっと解放されるのを待っていたかのように。
紫の霧が、少しずつ消えていく。
そして――
「ん……」
エリーゼの瞼が、ゆっくりと開いた。
深い青の瞳が、俺を見つめる。宝石のように澄んだ、美しい瞳だった。その瞳に映る困惑と、安堵と、そして希望が、俺の胸を打った。
「あなたは……?」
か細い声。三年ぶりに発せられた言葉。その声の震えに、長い苦しみの跡が感じられた。
「掃除士の佐藤翔太です」
俺が名乗ると、エリーゼは不思議そうに首を傾げた。
「掃除士……? でも、その剣は……」
「聖剣エクスカリバーです。たまたま手に入れました」
エリーゼが微笑む。それは、春の陽光のような温かい笑顔だった。三年間の苦しみを経てなお、その笑顔は純粋で美しかった。
「掃除士が聖剣を……面白い方ですね」
そして、彼女は身体を起こそうとして――よろめいた。
「っ……」
俺は反射的に彼女を支える。華奢な身体が、俺の腕の中に収まった。ほのかに花の香りがする。
「す、すみません」
エリーゼが頬を赤らめる。
「三年も眠っていたから、身体が……」
「エリーゼ様!」
大司教が駆け寄ってくる。彼の目には、涙が浮かんでいた。老いた顔に、若々しい喜びが溢れていた。
「本当に……本当にお目覚めになられた!」
部屋の外からも、歓声が聞こえてくる。侍女たちが泣きながら駆け込んでくる。
「エリーゼ様!」
「ああ、奇跡だ!」
「三年ぶりに……」
騒ぎを聞きつけて、王と王妃も駆けつけてきた。
「エリーゼ! 我が娘よ!」
王が娘を抱きしめる。その大きな体が震えていた。王妃も涙を流している。三年間の不安と悲しみが、一気に解放されたのだろう。
家族の再会を見守りながら、俺は静かに部屋を出ようとした。
でも――
「待って」
エリーゼが俺を呼び止める。家族の腕から離れ、まだふらつく足取りで俺に近づいてきた。
「翔太さん……でしたね」
彼女は家族から離れ、俺の前に立った。そして、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。あなたは、私の命の恩人です」
「いえ、俺はただ掃除をしただけです」
俺の言葉に、エリーゼがくすりと笑う。
「呪いを掃除、ですか。やはり面白い方」
そして、彼女は真剣な顔になる。その瞳に、強い決意が宿った。
「翔太さん。もしよろしければ、また会ってもらえませんか?」
「え?」
「三年間、ずっと意識はあったんです。でも、身体が動かなくて、言葉も出なくて……」
エリーゼの目に、寂しさが浮かぶ。その孤独の深さに、俺は胸が締め付けられた。
「その間、いろいろ考えました。もし目覚めることができたら、何をしたいか。誰と話したいか」
彼女は俺を見つめる。
「あなたともっと話がしたい。清らかな力で私を救ってくれた、掃除士のあなたのことを、もっと知りたいんです」
その瞳には、真剣な光が宿っていた。それは、三年間の孤独を経て生まれた、純粋な願いだった。
━━━━━━━━━━━━━━━
【ステータス】
佐藤翔太 Lv.42
職業:掃除士
称号:聖剣の主、宮廷浄化士
━━━━━━━━━━━━━━━
HP :730/730
MP :1100/1100
攻撃力:94(+300)
防御力:334
敏捷 :94(+50)
━━━━━━━━━━━━━━━
【スキル】
浄化 Lv.10
└効果:呪い浄化まで可能
鑑定 Lv.4
収納 Lv.4
剣術 Lv.1
浄化効率:52
汚染耐性:21
━━━━━━━━━━━━━━━
レベル42。確実に強くなっている。
そして、新たな出会いもあった。第三王女エリーゼ。彼女とは、また会うことになりそうだ。
窓の外を見る。
夕日が、王都を金色に染めている。どこか遠くで、教会の鐘が鳴っている。
この世界に来て、まだ十日。
でも、俺の居場所は、確実にできつつある。
掃除士として、聖剣の主として、そして――誰かを救える者として。
明日も、きっと新しい出会いが待っている。
俺は、その日を楽しみに、宿へと歩き始めた。
お読みいただきありがとうございました。
エリーゼの呪いは歪んだ愛情から生まれたもの。
聖なる力ではなく、純粋な「助けたい」という想いが解決の鍵でした。
掃除士の本質は「本来あるべき姿に戻す」こと。
それは物だけでなく、人の心も同じなのかもしれません。
次回、エリーゼとの関係はどう発展するのか。
ご期待ください!