第45話 エリーゼの決断
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最弱職【掃除士】、実は世界最強でした 第45話をお届けします。
エリーゼの存在が限界を迎え、新たな脅威「虚空の胎動」が現れる。
究極の選択を迫られたエリーゼが選んだ道とは——
朝。翔太が目覚めると、隣にいるはずのエリーゼの姿がなかった。
「エリーゼ?」
慌てて部屋を見回すが、彼女の姿はどこにもない。不安に駆られて寝室を飛び出すと、廊下でソフィアとぶつかった。
「翔太様!エリーゼ様が——」
ソフィアの顔は青ざめていた。その表情を見て、翔太の心臓が凍りつく。
「どこに!?」
「庭園です、急いで!」
二人は走った。朝の冷たい空気が肺を刺す。庭園に着くと、そこには——
エリーゼが倒れていた。
朝露に濡れた芝生の上で、彼女の体はほとんど透明になっていた。まるで朝靄のように、輪郭がぼやけて見える。
「エリーゼ!」
翔太が駆け寄り、彼女を抱き起こそうとする。しかし、手がすり抜けた。まるで幻を掴もうとしているかのように、彼女の体に触れることができない。
「ごめんなさい...」
エリーゼの声が、遠くから聞こえるように響いた。風に乗って消えていきそうな、か細い声。
「もう、限界みたい」
その言葉に、翔太の全身から血の気が引いた。
◆
一時間後、王城の会議室には主要メンバーが集まっていた。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、レオ、そしてヴァルガス。誰もが深刻な表情で、ベッドに横たわるエリーゼを見つめていた。
彼女の体は、今やほとんど透けて見える。顔の輪郭がかろうじて分かる程度で、手足はもう見えなくなりかけていた。
「封印術の代償が...ついに限界に達したようです」
ソフィアが震える声で説明する。彼女の右腕も、相変わらず半透明のままだった。
「先日の虚無王との戦いの際、エリーゼ様は自分の存在を犠牲にして封印を強化されました。それ以来、体の実体化が困難になっていたのですが...」
「なんとかできないのか!」ミーナが叫ぶ。「私の魔法で、時間を巻き戻すとか——」
「無理です」カールが首を振る。「封印術の代償は、世界の理に刻まれたもの。それを覆せば、封印そのものが解けてしまう」
翔太は拳を握りしめた。爪が掌に食い込み、血が滲む。
「必ず...必ず方法を見つける」
その時、扉が開いた。
「失礼する」
現れたのは、長い白髭を蓄えた老人だった。深い青のローブに身を包み、古びた杖を手にしている。その瞳には、深い悲しみが宿っていた。
「私はオルディン。この世界の歴史を見守ってきた者だ」
◆
オルディンは、エリーゼの様子を一瞥すると、深いため息をついた。
「やはり、そうなったか...」
「あなたは何か知っているのか!」翔太が詰め寄る。
オルディンは静かに頷いた。
「私には、かつて弟子がいた。300年前のことだ」
老人の目が、遠い過去を見つめる。その瞳の奥に、深い後悔の色が滲んでいた。
「彼の名はレイン。才能に溢れ、純粋で、誰よりも優しい青年だった。掃除士として、村々を巡り、人々を助けていた」
オルディンは杖を握りしめる。節くれだった手が、かすかに震えた。
「ある日、彼は虚無に侵された廃村を発見した。私は危険だから近づくなと警告したが、彼は『苦しんでいる人がいるかもしれない』と言って...」
老賢者の声が、一瞬途切れた。
「三日後、彼を見つけた時には、もう手遅れだった。虚無に侵食され、自我を保つのがやっとの状態で...最後に彼は言った。『先生、知識だけじゃ人は救えません。行動しなければ』と」
オルディンの手が、震えを止めようと杖を強く握る。
「私は知識ばかりを追い求め、実際に行動することを怠った。知識があっても、それを使う勇気がなければ、大切な人を守ることはできない」
彼は翔太を見つめた。その瞳に、何か懐かしいものを見出したかのように。
「君は...あの子に似ている。同じ眼差しをしている」
オルディンは杖で床を叩いた。すると、空中に古代の文字が浮かび上がった。
「今、この世界は新たな脅威に直面している。虚無王は倒されたが、それは『蓋』の役割も果たしていた。その消滅により、世界の外側から新たな存在が侵入しようとしている」
文字が形を変え、巨大な影を描き出す。
「『虚空の胎動』——この世界が本来、廃棄場として作られた時の、元の管理者だ」
◆
エリーゼが目を覚ました。しかし、その姿はさらに薄くなっていた。
「翔太...」
彼女が手を伸ばす。翔太がその手を取ろうとすると、今度は触れることができた。二人の手が重なった瞬間だけ、彼女の体が少しだけ実体化する。
「ごめんなさい...こんな体になって」
「謝るな」翔太が優しく言う。「俺たちは一緒だ。ずっと」
エリーゼは微笑もうとしたが、涙が頬を伝った。その涙だけが、はっきりと見えた。
「私、カップも持てないの。ご飯も味がしない。でも...」
彼女は翔太の手を強く握った。
「あなたに触れている時だけ、私は私でいられる」
その時、エリーゼの腹部にある紋様が、激しく脈動し始めた。金色の光が部屋を満たす。
「これは...」オルディンが息を呑む。「封印紋様が暴走している!」
ソフィアが慌てて診断魔法を発動させる。
「このままでは、明日の朝には、エリーゼ様は完全に消失してしまいます!」
リクが剣を抜いた。
「なら、今すぐ虚空の胎動とやらを倒しに行く!」
リクが勢いよく立ち上がるが、剣を抜きかけた手が震えていることに気づく。
「待て」オルディンが制止する。老賢者の顔には、深い憂慮が浮かんでいた。「相手は測定不能の存在だ。虚無王以上の脅威と思え」
「じゃあどうしろって言うんだ!」
その時、エリーゼが静かに立ち上がった。彼女の体は幻のようだったが、その瞳には強い決意が宿っていた。
「私は...知っています」
◆
深夜。エリーゼは一人、王城の地下にある封印の間にいた。
古代の封印術式を、自分の透けた体に刻んでいく。金色の線が、彼女の肌を這うように広がっていった。痛みで意識が遠のきそうになるが、彼女は歯を食いしばった。
「エリザベート様...」
彼女が先祖の名を呼ぶと、薄っすらと霊体が現れた。初代封印術師、エリザベート。
「その道を選ぶのね、エリーゼ」
「はい。これが私の使命です」
エリザベートの霊体は、悲しげに微笑んだ。
「私も、愛する騎士と共に命を捧げた。それが封印術師の宿命。でも、あなたには——」
「分かっています」エリーゼが遮る。「でも、翔太や、みんなを守れるなら」
術式が完成に近づく。エリーゼの体が、さらに透明になっていく。
「さようなら、翔太...」
翌朝、異変が起きた。
空に巨大な裂け目が現れた。まるで世界の布が裂けたかのように、黒い亀裂が広がっていく。そこから、おぞましい触手が這い出してきた。
「虚空の胎動だ!」オルディンが叫ぶ。
黒い触手が王都を襲う。建物が次々と飲み込まれ、人々の悲鳴が響き渡る。
強大な敵が、次から次へと出現した。騎士団も冒険者も、まったく歯が立たない。その圧倒的な力の前に、誰もが膝をつきそうになる。
「こんなの...勝てるわけない!」
レオが震えながらも、小さな浄化の杖を握りしめる。
その時、エリーゼが前に出た。
彼女の体は、もうほとんど見えない。朝日に照らされた霧のように、今にも消えてしまいそうだった。
「みんな、離れて」
彼女の声は、不思議なほど澄んでいた。
封印術式が発動を始める。金色の光が、エリーゼを中心に広がっていく。光の波紋が、虚空の触手を押し返していく。
「エリーゼ、やめろ!」
翔太が必死に止めようとする。しかし、見えない壁に阻まれて近づけない。
「ごめんなさい、翔太」
涙を流しながら、エリーゼは微笑んだ。透明な頬を、透明な涙が伝う。
「でも、これが私の選んだ道」
オルディンが叫ぶ。
「待て!別の方法がある!原初の鍵...世界の根源を書き換える力が!」
しかし、エリーゼは首を振った。
「それでは、犠牲が大きすぎる。世界そのものが変わってしまう」
彼女の体が、純粋な光になり始める。
「私一人の命で、みんなが救えるなら」
【究極封印・愛の結晶化】
エリーゼが最後の術を発動させた。彼女の存在すべてが、光に変換されていく。その光が、虚空の胎動を包み込んでいく。
愛の力が、世界を侵食しようとする闇を押し返していく。
「翔太...愛してる」
最後の言葉を残して、エリーゼは光となって散った。
金色の粒子が、風に乗って空へと昇っていく。まるで、星になるかのように。
虚空の胎動が封印される。裂け目が閉じ、黒い触手が消えていく。世界は、再び平和を取り戻した。
しかし、エリーゼの姿はもうどこにもなかった。
「エリーゼぇぇぇ!」
翔太の叫びが、空に響き渡る。
その声は悲痛で、聞く者全ての心を締め付けた。鳥たちが一斉に飛び立ち、風が急に止んだ。まるで世界そのものが、彼の悲しみに共鳴しているかのようだった。
◆
封印は成功した。
虚空の胎動は、この世界から完全に追放された。人々は歓声を上げ、勝利を祝った。
しかし、翔太たちにとって、代償はあまりにも大きかった。
翔太の手に、小さな光の結晶が残されていた。温かい光を放つ、親指ほどの大きさの結晶。
「これは...」
結晶に触れると、エリーゼの温もりを感じた。まるで、彼女に抱きしめられているような、優しい温かさ。
「この光は...温かい」
涙が止まらなかった。悲しみと、それでも感じる彼女の存在に。
オルディンが静かに近づいてきた。老賢者の目にも、涙が浮かんでいた。
「彼女は完全に消えたわけではない」
翔太が顔を上げる。
「愛は、形を変えて残り続ける。この結晶は、エリーゼの愛そのものだ。彼女は、君の中で生き続ける」
オルディンは、300年前の弟子を思い出していた。あの時、自分に勇気があれば。知識を行動に移していれば。
「私の弟子も、最後まで世界を愛していた。その想いは、今も私の中にある」
太陽が沈み始めた。オレンジ色の光が、世界を優しく包む。
明日からの世界に、エリーゼはいない。
彼女の笑顔も、声も、温もりも、もう感じることはできない。
しかし——
「エリーゼの分まで、生きていく」
翔太は立ち上がった。光の結晶を胸に抱いて、前を向く。
仲間たちが、そっと寄り添ってきた。リク、ミーナ、カール、ローラ、マルコ、ソフィア、レオ。みんな、涙を流していた。
「エリーゼ様は、最後まで王女でした」ヴァルガスが敬礼する。「いえ、それ以上の存在でした」
「うん」レオが泣きながら頷く。「エリーゼお姉ちゃんは、世界一優しくて、強い人だった」
新たな戦いが、始まろうとしていた。
虚空の胎動は封印されたが、世界にはまだ多くの脅威が残っている。そして、エリーゼが命を賭けて守ったこの世界を、今度は翔太たちが守る番だった。
「行こう」
翔太が一歩を踏み出す。
光の結晶が、優しく脈動した。まるで、エリーゼが「頑張って」と言っているかのように。
そう、彼女はいつも一緒にいる。
形を変えて、永遠に。
第45話、いかがでしたでしょうか?
エリーゼが自らの存在を犠牲にして世界を守る、重要な転換点となる回でした。
光の結晶となったエリーゼの愛は、これからも翔太と共にあり続けます。
虚空の胎動は封印されましたが、世界にはまだ多くの謎と脅威が残されています。
次回は、消えたはずのエリーゼの意識が結晶に宿る奇跡、そして虚無王アルトゥールの真実が明かされます。
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次回もお楽しみに!
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