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最弱職【掃除士】が実は環境最強でした ~ダンジョンの浄化で世界を救う~  作者: 宵町あかり


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第33話 虚無との初対峙

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

世界最弱の掃除士、実は最強の浄化師でした 第33話をお届けします。


救出された人々から虚無の真の恐怖を知る翔太たち。黒い結晶の正体とは?


お楽しみください!

朝靄が、不気味なほど黒かった。


いつもなら第二の太陽の光で金色に輝くはずの霧が、今朝は墨を溶かしたような色をしている。テントから這い出た俺は、思わず身震いした。露に濡れた草の冷たさが、靴底から伝わってくる。


「みんな、準備はいいか?」


俺の声に、十四人の仲間たちが頷いた。昨夜の不穏な現象を目撃した者も、そうでない者も、皆一様に緊張した表情をしている。焚き火の残り火がパチパチと音を立て、誰かが息を呑む音が聞こえた。


「今日、俺たちは消えた村に入る」


エリーゼが俺の隣に寄り添った。彼女の温もりが、凍えそうな心を溶かしてくれる。新婚旅行にしては過酷すぎる道のりだが、彼女は一度も不満を口にしない。むしろ、俺を支えることに喜びを感じているようだった。


「チーム編成を最終確認するぞ」俺は地図を広げた。羊皮紙の表面がざらりと指先に触れる。「Aチームは俺とエリーゼ、それにリク。前衛として戦闘を担当する」


リクが剣の柄を握りしめた。金属が擦れる音が、静寂を破る。


「Bチームはミーナ、カール、ローラ、マルコ。支援と防御を頼む」


ミーナが杖を地面に突き立てた。土が跳ねる音と共に、微かな魔力の波動が広がる。


「Cチームはソフィア、レオ、そして残りの五名。偵察と情報収集だ」


レオが不安そうに俺を見上げた。まだ十五歳の少年の瞳に、恐怖と決意が混在している。俺は彼の肩に手を置いた。


「大丈夫だ。みんなで支え合えば、必ず乗り越えられる」



北へ向かうにつれて、世界が死んでいくのを感じた。


最初に気づいたのは鳥の声だった。いや、正確には鳥の声が聞こえなくなったことに気づいたのだ。森は静まり返り、風さえも息を潜めているようだった。葉擦れの音も、虫の羽音も、何もない。ただ俺たちの足音だけが、不気味に響いている。


「動物の死骸だ」


ソフィアが指差した先に、黒く変色した鹿が横たわっていた。腐敗とは違う。まるで存在そのものが否定されたかのように、輪郭がぼやけている。近づくと、かすかに硫黄のような臭いが鼻を突いた。


「触るな」俺は制止した。「これは普通の死じゃない」


さらに進むと、気温が急激に下がり始めた。息が白く濁る。真夏のはずなのに、まるで真冬のような寒さだ。肌を刺すような冷気が、防具の隙間から侵入してくる。


「あれを見て」


エリーゼが震える声で前方を指した。


地平線に、黒い壁が立ちはだかっていた。いや、壁というより霧だ。しかし普通の霧とは違う。光を飲み込み、音を殺し、全てを無に還そうとする、生きた闇のような何か。


「あれが...黒い霧」


ミーナの声が震えている。魔力探知に長けた彼女だからこそ、その異常性が分かるのだろう。


レオが突然、俺の袖を掴んだ。小さな手が震えている。


「翔太隊長...僕、怖いです...」


レオの目が涙で潤んでいた。でも、必死に涙をこらえて、小さくガッツポーズをとろうとしている。


純粋な恐怖。飾らない、素直な感情。それが却って、この状況の深刻さを物語っていた。


「俺も怖いよ」俺は正直に答えた。「でも、だからこそ俺たちが行かなきゃいけない」


カールがレオの頭を優しく撫でた。鎧の籠手が髪を撫でる音が、妙に優しく響く。


「勇気とは恐怖がないことじゃない。恐怖と共に前に進むことだ」


その言葉に、レオの表情が少し和らいだ。


エリーゼが俺の手を取った。柔らかく、温かい手。この手があるから、俺は前に進める。


「一緒に行きましょう」


彼女の微笑みが、勇気をくれる。



消えた村は、そこにあった。


正確に言えば、村の形をした虚無がそこにあった。


建物の輪郭だけが、黒い霧の中に浮かび上がっている。家の形、教会の形、井戸の形。しかし中身がない。まるで影絵のように、実体を持たない輪郭だけが存在している。


地面には、人の形をした黒い染みが点在していた。大人、子供、老人。様々な大きさの染みが、最後の瞬間の姿勢を保ったまま、地面に焼き付いている。


「これは...」リクが言葉を失った。


空気が重い。いや、重いというより、存在しないのかもしれない。息をしても、肺に何も入ってこない感覚。それでいて苦しくはない。ただ、虚しい。


村の中心に、それはあった。


巨大な黒い結晶。


最初に目に飛び込んできたのは、その圧倒的な大きさだった。高さ十メートルはあろうかという漆黒の柱が、地面から天に向かって突き刺さっている。近づくにつれ、その巨大さが俺たちを圧倒した。まるで山のようにそびえ立ち、周囲のすべてを矮小に見せる。


表面は滑らかで、鏡のように周囲を映している。いや、映しているのではない。俺はその真実に気づいた。周囲の存在を吸い込んでいるのだ。結晶の表面に映った景色は、徰々に歪み、引き伸ばされ、そして結晶の中に消えていく。


音があった。


いや、音ではない。音の不在があった。結晶の周囲では、あらゆる音が吸収されていた。風の音、足音、呼吸の音、心臓の鼓動。すべてが結晶に吸い込まれ、無音の闇に消えていく。耳がキーンと痛み、鼓膜が圧迫されるような感覚があった。


匂いも、あった。


それは死の匂いでも、腐敗の匂いでもなかった。もっと根源的な、「無」の匂いだった。鉄を焼いたような、電気を帯びたような、それでいて何もないような。鼻腔が乾き、喘いでも欲しくなるような、空虚な匂い。


触覚も、狂っていた。


結晶に近づくほど、肌がヒリヒリと痺み出した。それは冷たさでも熱さでもない。存在そのものが否定されていく感覚。指先から徰々に消えていくような、輪郭がぼやけていくような、不快で恐ろしい感覚。服の繊維さえも重く感じられ、まるで鉄の鎖を纏っているかのようだった。


そして、味。


口の中に広がる金属質の味。血の味に似ているが、もっと無機質だ。まるで砂を噬んでいるかのような、ザラザラとした不快な感覚が口内に広がる。唠液さえも出なくなり、喉がカラカラに乾いていく。


結晶からは、「無」のオーラが放たれていた。


それは闇でも、冷気でも、瘴気でもない。ただ純粋な「無」。存在の否定。生命の否定。希望の否定。全ての否定。


目を凝らすと、結晶の内部に何かが脈打っているのが見えた。黒い心臓のように、ドクドクと脈打ち、虚無を世界に送り出している。そのリズムは不規則で、生命とは真逆の何かを感じさせた。


聖剣エクスカリバーが激しく震えた。警告なのか、恐怖なのか。金属が振動する高い音が、静寂を切り裂く。柄を握る手に、剣の恐怖が伝わってくる。伝説の聖剣でさえ、この結晶を恐れているのだ。


「ソフィア、分析できるか?」


ソフィアが魔力探知の術式を展開した。青白い光の紋様が空中に浮かび上がる。しかし次の瞬間、紋様が黒く染まり、砕け散った。


「だめです...これは...」彼女の顔が青ざめる。「物質の存在情報そのものが消失しています。原子も、分子も、魔力も、全てが『無かったこと』にされている」


マルコが震え声で言った。


「こんなの、どうやって戦えばいいんだ」


その時、村の端から微かな声が聞こえた。


「たす...けて...」



声の主は、村の端の小屋で見つかった。


夫婦だった。互いの手をしっかりと握り合ったまま、床に倒れている。まだ息があるが、体の半分が透けていた。文字通り、存在が薄れている。


俺とエリーゼは急いで駆け寄り、調和浄化を試みた。二人の手を重ね、温かい光を注ぎ込む。愛の力を、希望の力を、存在を肯定する力を。


光が夫婦を包み込む。ゆっくりと、透けていた部分が実体を取り戻し始めた。


夫が目を開けた。焦点の定まらない瞳が、俺たちを見つめる。


「あなたたちは...」


「大丈夫です。俺たちは浄化士です」


妻も意識を取り戻した。彼女は涙を流しながら、震える声で語り始めた。


「三日前...空から降ってきたんです...あの黒い結晶が...」


夫が続ける。声は掠れ、今にも消えそうだ。


「最初に...子供たちが消えました...」


その言葉に、妻が嗚咽を漏らした。胸が締め付けられるような、深い悲しみが伝わってくる。


「朝起きたら...ベッドに黒い染みだけが...私たちの宝物が...」


俺は言葉を失った。エリーゼが妻の手を優しく握る。


「毎晩、誰かが消えていきました」夫が続けた。「でも不思議なことに...」


彼は妻を見つめた。その瞳に、深い愛情が宿っている。


「愛だけが『無』に抵抗できたんです。私たちが生き残れたのは、互いを想い続けたから。手を離さなかったから」


ソフィアが驚きの声を上げた。


「愛が...存在を繋ぎ止める錨になっている?」


「でも、もう限界でした」妻が弱々しく言った。「あと少しで、私たちも...」


俺は夫婦の顔を真っ直ぐ見つめた。


「グレンという商人を知っていますか?彼があなたたちのことを心配していました」


夫婦の表情が少し明るくなった。


「グレンが...あいつ、無事だったのか」


「ええ。そして言っていました。『愛の力はまだ死んでいない』と」


妻が再び涙を流した。今度は、希望の涙だった。


「村の人たちは...もう戻らないんですね」


俺は頷いた。嘘はつけない。


「でも、これ以上犠牲を出さないために、俺たちは戦います」



黒い結晶への接近は、慎重に行われた。


三チーム連携での陣形を組む。Aチームが前衛、Bチームが中衛、Cチームが後衛。全員が一定の間隔を保ちながら、ゆっくりと進む。


結晶に近づくほど、虚無感が強まった。


それは絶望とも違う。諦めとも違う。ただ、何もかもがどうでもよくなる感覚。生きることも、死ぬことも、愛することも、憎むことも、全てが無意味に思えてくる。


「しっかりしろ!」リクが叫んだ。「これは精神攻撃だ!」


しかし、その影響を最も強く受けたのは、意外な人物だった。


「うっ...」


レオが突然苦しみ始めた。膝をつき、頭を抱える。純粋な心を持つが故に、虚無の影響を受けやすいのだろう。


「レオ!」


ローラが駆け寄り、回復魔法をかける。しかし効果は薄い。


「だめです...これは心の問題です」


俺とエリーゼは顔を見合わせ、頷いた。


「調和浄化で結晶に挑戦しよう」


二人で手を繋ぎ、黒い結晶に向かって歩み寄る。一歩、また一歩。足元から這い上がってくる虚無感と戦いながら。


結晶まであと五メートル。


聖剣エクスカリバーが、まるで悲鳴のような音を立てた。


「聖愛浄化・調和!」


俺たちの愛の力が、光となって結晶に向かって放たれた。温かく、優しく、全てを包み込む光。


光が結晶に触れた瞬間、世界が震えた。


結晶の表面に亀裂が走る。内部から微かな光が漏れ出す。成功か、と思った次の瞬間。


『世界は過ちだ』


声が、直接頭の中に響いた。男とも女ともつかない、老人とも子供ともつかない、あらゆる声が混ざり合った不協和音。


『存在することが罪』


『無に還るべき』


『全ては間違い』


結晶の亀裂から、どす黒い霧が噴出した。それは俺たちの浄化の光を押し返し、逆に侵食してくる。


「だめだ、撤退!」


俺は叫んだ。これ以上は危険だ。部分的な浄化には成功したが、核心部分は手付かずのままだ。



夫婦を連れて、俺たちは一時撤退した。


村から十分に離れた場所に野営地を設営する。夜が更けても、誰も眠れなかった。焚き火を囲んで、作戦会議が続く。


「あの声は何だったんだろう」ミーナが考え込む。


「世界を否定する意思...」ソフィアが分析する。「もしかしたら、これは自然現象じゃない。誰かの、あるいは何かの意図的な攻撃かもしれません」


救出した夫婦は、ローラの手当てを受けて少しずつ回復していた。しかし、失った家族の悲しみは癒えない。


「『無』の正体について、仮説があります」ソフィアが口を開いた。「これは存在の否定、つまり世界の根源的なルールへの反逆です。もし愛が唯一の対抗手段なら...」


「愛こそが、存在を肯定する最も強い力ということか」カールが理解を示す。


俺は拳を握りしめた。


「もう一度挑戦する。今度は、もっと強い愛の力で」


エリーゼが俺の手を取った。


「二人なら、きっと」


その時、北の空を見上げたレオが震え声で言った。


「あ、あれ...何ですか、あれ!」


北の空に、黒い雲が広がっていた。いや、雲じゃない。それは虚無の霧だった。ゆっくりと、しかし確実に、世界を飲み込もうとしている。


結晶は、まだ成長している。


村を飲み込み、森を飲み込み、やがては国を、世界を飲み込むまで。


「明日、決着をつける」


俺は決意を新たにした。聖剣エクスカリバーが、微かに光を放つ。それは恐怖ではなく、決意の光だった。


仲間たちが頷く。恐怖はある。不安もある。


でも、それ以上に。


守りたいものがある。


愛する人が、仲間が、世界が。


「さあ、掃除の時間だ」


俺の言葉に、皆が力強く頷いた。


明日、俺たちは虚無と対峙する。


そして必ず、希望を取り戻してみせる。

第33話、いかがでしたでしょうか?


虚無の本質「存在の忘却」が判明し、愛だけが唯一の抵抗手段であることが明らかに。

レオの純粋な心が虚無に侵食され、翔太とエリーゼの調和浄化も完全には通じない強大な敵。


いよいよ黒い結晶への総攻撃が始まります。


感想やご意見、いつでもお待ちしております。

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次回もお楽しみに!

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