第19話 六十五の封印
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
最弱職【掃除士】が実は環境最強でした 第19話をお届けします。
六十五の封印の全容が判明!
終焉の使徒第七位セレナとの遭遇、そして大召喚陣の恐るべき計画が明らかに。
新たな仲間も加わり、新月の夜へのカウントダウンが始まります。
朝の光が王城の会議室を照らしていた。
大きな円卓を囲んで、王国の重臣たちが集まっている。俺も、浄化士ギルドの代表として、その席に着いていた。胸に輝く「守護者の星」勲章が、ずしりと重い。この重さは、責任の重さでもあった。
「昨夜の戦闘から、十二時間が経過しました」
レオンハルト騎士団長が、疲労の色を隠せない顔で報告を始めた。彼の鎧には、まだ戦闘の傷跡が残っている。磨かれた銀の表面に、黒い焦げ跡がこびりついていた。
「騎士団の被害は、重傷者八名、軽傷者二十三名。幸い、死者は出ませんでした」
安堵のため息が、あちこちから漏れた。だが、レオンハルトの表情は暗い。
「しかし、問題は山積しています」
彼が広げた報告書には、びっしりと文字が書き込まれていた。インクの匂いがまだ新しい。急いで作成されたものだろう。
「マグヌスの遺品から、いくつかの重要な品が発見されました」
騎士が持ってきたのは、黒革の手帳、奇妙な水晶、そして古びた地図だった。どれも、禍々しい気配を放っている。特に水晶は、触れるのも躊躇われるほど、瘴気が濃く纏わりついていた。
「手帳には、暗号で書かれた文章がびっしりと」
ミーナが手帳を手に取った。彼女の指が、慎重にページをめくっていく。古い羊皮紙特有の、かさかさとした音が静かな会議室に響いた。
「古代暗号ですが……一部は解読できそうです」
彼女の瞳が、文字を追いながら動く。時折、眉をひそめ、何かを考え込むような表情を見せた。
「『満月の夜は序章に過ぎない。新月の夜、真の恐怖が始まる』……」
新月。それは、十日後だった。
「それから、これを見てください」
ゲオルグが、古びた地図を広げた。それは、王都の地下構造を詳細に記したものだった。だが、通常の地図とは違う。赤い印が、無数に打たれている。
「これが、六十五の封印の位置です」
六十五。その数の多さに、誰もが息を呑んだ。
「すべて、王都の地下に?」
国王アルフレッドの声に、驚きが滲んでいた。玉座から身を乗り出し、地図を見つめている。
「はい、陛下。千年前の魔術師たちは、王都全体を巨大な封印陣として設計したようです」
ゲオルグの説明が続く。彼の痩せた指が、地図の上を這うように動いた。
「封印は、三つのカテゴリーに分類されています」
彼が指差した箇所に、異なる色の印があった。
「まず、要石となる七つの封印。これは最も重要で、一つでも破壊されれば、全体が大きく弱体化します」
金色の印が七つ。その一つが、昨夜守り抜いた第七の封印だった。
「次に、支柱となる二十の封印。これらは要石を補強し、安定させる役割を持ちます」
銀色の印が二十。王都の各所に、バランスよく配置されている。
「そして、一般的な三十八の封印。これらは、瘴気を抑え込む基本的な結界です」
銅色の印が三十八。密集している箇所もあれば、まばらな箇所もある。
「つまり、敵は計画的に封印を破壊しようとしている」
俺が口を開いた。
「恐らく、特定の順序で破壊すれば、最小の労力で最大の効果を得られるはずだ」
「その通りです」
ミーナが頷いた。彼女の手には、解読を進めた手帳がある。
「手帳には、破壊の順序らしきものが記されています。まだ完全には解読できませんが……」
その時、会議室の扉が勢いよく開かれた。
「失礼します!」
若い騎士が、息を切らして駆け込んできた。汗が額から滴り、鎧が激しく音を立てている。
「商業区で、瘴気の噴出を確認! 小規模ですが、市民がパニックに!」
全員が立ち上がった。椅子が床を擦る音が、けたたましく響く。
「場所は?」
「古い倉庫街です。人的被害はまだ出ていませんが……」
俺は振り返った。
「浄化士ギルド、出動します」
◆
商業区の倉庫街は、古い建物が立ち並ぶ静かな場所だった。
普段は荷物の積み下ろしで賑わっているが、今は人影もない。代わりに、薄紫色の霧が漂っていた。瘴気特有の、腐った卵のような臭いが鼻を突く。
「濃度は?」
アンナが測定器を取り出した。針が小刻みに震えている。
「通常の十五倍……いえ、まだ上昇中です」
「源を探そう」
俺たちは慎重に霧の中を進んだ。足音が、石畳に不気味に響く。時折、建物の影から、かすかな呻き声のようなものが聞こえてきた。
「こっちだ」
シンが先導する。彼の鋭い嗅覚が、瘴気の流れを正確に捉えている。尻尾がぴんと立ち、警戒の色を隠さない。
古い倉庫の前で、シンが立ち止まった。
「ここから、瘴気が噴き出してる」
倉庫の扉は、半開きになっていた。隙間から、濃い紫の霧が流れ出している。まるで、地獄への入口のようだった。
「中に入るぞ」
俺は聖剣を抜いた。刀身が、かすかに光を放つ。浄化の力が、瘴気と反応しているのだ。
倉庫の中は、想像以上に広かった。天井が高く、木箱や樽が積み上げられている。だが、その奥に――
「封印だ」
床に描かれた魔法陣が、紫色に変色していた。第四十二の封印。一般カテゴリーの一つだが、明らかに何者かの手が加わっている。
「罠かもしれない」
カールが警戒の声を上げた。彼の経験が、危険を察知している。
その時、倉庫の奥から、黒い影が立ち上がった。
三人の黒ローブ。昨夜とは違う者たちだ。だが、同じ「終焉の使徒」の紋章を身に着けている。
「浄化士ギルドか」
中央の人物が、フードを下ろした。若い女性だった。長い黒髪に、冷たい紫の瞳。美しいが、その美貌には狂気が宿っていた。
━━━━━━━━━━━━━━━
【謎の女性】
職業:呪術師
レベル:38
HP:1,600
MP:2,200
━━━━━━━━━━━━━━━
「私はセレナ。終焉の使徒、第七位」
第七位。ということは、少なくとも六人は彼女より上位の者がいるということだ。
「美しい絶望こそ真実」
セレナが狂気じみた笑みを浮かべた。それが彼女の口癖らしい。
「マグヌス様の仇を取らせてもらう。彼は私の師でもあったのよ」
マグヌスとの関係性。それが彼女の動機を明確にしていた。
セレナが手を掲げた。紫の光が、彼女の指先に集まっていく。
「【呪術・魂魄侵食】!」
見えない何かが、俺たちに向かって飛んできた。精神に直接攻撃する、恐ろしい呪術だ。
「【浄化領域展開】!」
俺は即座に領域を展開した。金色の光が、呪術を弾く。だが、完全には防げない。頭の奥に、鈍い痛みが走った。
「効かないはずなのに……」
セレナが驚きの表情を見せた。
「浄化は、あらゆる穢れを祓う。呪術も例外じゃない」
俺は聖剣を構えた。
戦闘は激しさを増した。
三人の黒ローブは、それぞれ異なる魔法を使う。呪術、暗黒魔法、そして――
「【封印侵食術】!」
三人目の黒ローブが、奇妙な術を使った。紫の光が、封印に向かって飛ぶ。すると、封印の変色が急速に進み始めた。
「まずい! 封印を直接攻撃している!」
ミーナが叫んだ。これは今までにない手法だった。封印を守る結界を無視して、直接内部から破壊しようとしている。
「止めなければ!」
俺は黒ローブに向かって突進した。だが、セレナが立ちはだかる。
「邪魔はさせない」
彼女の全身から、濃密な瘴気が噴出した。それは、触れるだけで肉体を腐らせる猛毒だった。
「くっ……」
俺は後退を余儀なくされた。このままでは、封印が完全に破壊される。
その時、入口から新たな声が響いた。
「間に合ったか」
ケンジだった。ユウキとミカも一緒だ。三人とも、戦闘態勢を整えている。
「協力する」
ケンジが剣を抜いた。刀身が青白く輝く。
「今度は、最初から一緒に戦う」
俺は頷いた。
「頼む」
◆
共闘は、予想以上に効果的だった。
ケンジの剣技が黒ローブたちを牽制し、ユウキの勇者スキルが防御を固める。ミカの魔法が、的確に敵の隙を突いた。
「今だ!」
俺は封印に向かって走った。聖浄化の光を、全力で封印に注ぎ込む。
「無駄だ!」
セレナが呪術を放つが、ケンジがそれを斬り払った。
「借りは返す」
彼の表情は真剣そのものだった。かつての傲慢さは、もうどこにもない。
封印の修復が進む。紫色が薄れ、本来の青い光が戻ってきた。
「ちっ……」
セレナが舌打ちをした。
「今日はここまでね」
彼女が何かを投げた。それは、小さな水晶玉だった。
水晶が砕けると、眩い光が放たれた。目が眩み、一瞬何も見えなくなる。
光が収まった時、黒ローブたちの姿は消えていた。
「逃げられたか」
ケンジが悔しそうに呟いた。
だが、俺の注意は別のものに向いていた。
セレナが残していった、一枚の紙切れ。そこには、こう書かれていた。
『新月の夜、六十五の封印すべてに、我らの印を刻む。止められるものなら、止めてみよ』
六十五すべて。それは、不可能に近い数だった。
◆
ギルドハウスに戻ると、緊急会議が開かれた。
研究室には、新たに加わったメンバーも含め、全員が集まっていた。テーブルの上には、王都の地図と封印の配置図が広げられている。
「状況を整理しよう」
グスタフが冷静に口を開いた。彼の落ち着いた態度が、皆の動揺を鎮める。
「敵は、新月の夜に大規模な作戦を実行するつもりだ」
「でも、六十五の封印すべてを同時に攻撃なんて……」
リクが不安そうに言った。確かに、物理的に不可能に思える。
「いや、可能かもしれない」
ゲオルグが、マグヌスの遺品だった水晶を取り出した。それは、薄く紫色に光っている。
「この水晶、調べてみたら興味深いことが分かりました」
彼が水晶に魔力を注ぐと、空中に複雑な術式が浮かび上がった。
「これは、遠隔操作用の魔法具です。あらかじめ設置しておけば、離れた場所から同時に発動させることができる」
つまり、すでに封印の各所に、このような装置が仕掛けられている可能性がある。
「すぐに調査が必要だ」
俺は立ち上がった。
「手分けして、すべての封印を確認する」
だが、その時、扉をノックする音が響いた。
「どうぞ」
入ってきたのは、見知らぬ三人だった。
一人は、薬草の匂いを纏った若い女性。腰には、様々な薬瓶がぶら下がっている。
「薬師のローラです。レベル14。浄化薬の開発ができます」
もう一人は、筋骨隆々とした中年男性。手には、ハンマーを持っている。
「鍛冶師のマルコだ。レベル16。浄化属性の武器なら、俺に任せろ」
最後の一人は、眼鏡をかけた若い女性。手には、分厚いファイルを抱えている。
「書記官のソフィアです。レベル8ですが、暗号解読と情報管理が得意です」
三人とも、真剣な表情だった。
「なぜ、浄化士ギルドに?」
俺の問いに、ローラが答えた。
「王都を守る姿を見ました。私たちも、何か役に立ちたいんです」
「浄化の適性は?」
簡単なテストの結果、三人とも適性があることが分かった。特にローラは、レベル3という高い適性を示した。
「ようこそ、浄化士ギルドへ」
俺は三人と握手を交わした。これで、メンバーは十二人になった。
「早速ですが、力を貸してください」
ローラがすぐに薬瓶を取り出した。
「これは、簡易的な瘴気中和薬です。完全ではありませんが、約三十分は瘴気への耐性を上げられます」
マルコが武器を確認した。
「みんなの武器に、簡易的な浄化エンチャントを施せる。今すぐやろう」
ソフィアが、マグヌスの手帳を受け取った。彼女の瞳が、素早く文字を追っていく。
「この暗号……見覚えがあります。王立図書館の古文書で見たことが」
彼女の解読により、新たな情報が明らかになった。
「『大召喚陣』……?」
恐ろしい内容だった。
六十五の封印を、特定のパターンで破壊すると、王都全体が巨大な召喚陣になるという。そして、その召喚陣で呼び出されるのは――
「魔神の王……」
全員が息を呑んだ。千年前に封印された、最強の魔神。それが、この世界に解き放たれようとしている。
◆
夜が更けても、俺たちの作業は続いた。
ローラは、浄化薬の調合に没頭している。彼女の手際は見事で、次々と新しい薬が完成していく。瘴気を中和する薬、浄化力を増幅する薬、精神を守る薬。どれも、今後の戦いで役立つだろう。
マルコは、武器の改良を始めていた。通常の武器に、浄化の力を宿らせる。彼のハンマーが金属を叩く音が、規則正しく響いている。
ソフィアは、情報の整理と分析を進めていた。封印の位置、敵の行動パターン、過去の記録。すべてをファイルにまとめ、誰でも理解できるようにしている。
「これを見てください」
ソフィアが、新たに作成した地図を広げた。それは、封印の重要度と防衛優先順位を色分けしたものだった。
「まず守るべきは、この七つの要石です」
金色でマークされた七つの封印。それぞれに、番号が振られている。
「次に、この二十の支柱。ここが破壊されると、要石への負担が増大します」
銀色の印が、要石を取り囲むように配置されている。
「問題は、人員不足です」
確かに、六十五の封印すべてを守るには、圧倒的に人手が足りない。
「騎士団と協力しても、すべてはカバーできない」
カールが渋い顔をした。
その時、俺の脳裏に、ある考えが浮かんだ。
「守るんじゃなく、先手を打つ」
「どういうことですか?」
「敵が仕掛けた装置を、先に見つけて除去する。それなら、少人数でも対応できる」
なるほど、とミーナが頷いた。
「でも、時間が……」
「新月まで、あと十日ある」
俺は仲間たちを見渡した。
「全力で当たれば、不可能じゃない」
◆
深夜、俺は一人、ギルドハウスの屋上に出た。
満月から一日経った月が、少し欠け始めている。新月に向かって、刻一刻と時間が過ぎていく。
風が吹いた。春の夜風は、まだ少し冷たい。だが、その冷たさが、頭を冴えさせてくれる。
「重いな……」
呟きが、自然と口から漏れた。
六十五の封印。終焉の使徒。魔神の王。どれも、俺一人では到底太刀打ちできない相手だ。
だが――
「翔太さん」
振り返ると、アンナが立っていた。手には、温かい紅茶を持っている。
「眠れないんですか?」
「ああ、少し考え事を」
アンナは俺の隣に立った。紅茶から立ち上る湯気が、白く夜空に消えていく。
「大丈夫です」
彼女の声は、静かだが確信に満ちていた。
「翔太さんがいれば、きっと何とかなります」
「俺一人じゃ、何もできない」
「だから、私たちがいるんです」
アンナは微笑んだ。その笑顔が、月明かりに照らされて優しく輝いている。
「浄化士ギルドは、もう翔太さんだけのものじゃありません。みんなのギルドです」
その言葉に、胸が熱くなった。
そうだ。俺は一人じゃない。十二人の仲間がいる。そして、騎士団も、ケンジたちも協力してくれる。
「ありがとう、アンナ」
「こちらこそ。翔太さんに出会えて、本当によかった」
二人で、しばらく夜空を見上げていた。
明日から、本格的な作戦が始まる。六十五の封印を調査し、敵の罠を除去する。時間との戦いだが、必ず成功させてみせる。
新月の夜。それは、恐怖の夜ではない。
俺たちが、希望の光で照らす夜にしてみせる。
━━━━━━━━━━━━━━━
【翔太】
職業:掃除士
レベル:56
HP:1,180 / 1,180
MP:1,720 / 1,720
スキル:
・浄化 Lv.15
・聖浄化 Lv.3
・浄化領域展開 Lv.4
・聖浄化・極光
・聖浄化・完全解放
・聖浄化・天照
・鑑定 Lv.5
・収納 Lv.5
・剣術 Lv.5
━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━
【浄化士ギルド・メンバー】
リク(従者)Lv.12
アンナ(家政術師)Lv.12
グスタフ(施設管理士)Lv.16
ミーナ(元素魔術師)Lv.20
カール(元騎士)Lv.24
シン(獣人族)Lv.12
ゲオルグ(元宮廷魔術師)Lv.27
クララ(司祭見習い)Lv.10
トーマス(会計士)Lv.13
ローラ(薬師)Lv.14
マルコ(鍛冶師)Lv.16
ソフィア(書記官)Lv.8
━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━
【判明した情報】
・封印は65個(要石7、支柱20、一般38)
・終焉の使徒セレナ(第七位)登場
・大召喚陣の存在
・新月まであと10日
・新メンバー3名加入
━━━━━━━━━━━━━━━
第19話、いかがでしたでしょうか?
六十五の封印という途方もない数に、浄化士ギルドは立ち向かうことに。
終焉の使徒セレナの登場で、敵組織の規模も見えてきました。
そして魔神の王を呼び出す大召喚陣の存在……恐ろしい計画ですね。
新メンバーのローラ、マルコ、ソフィアも加わり、
ギルドは12人体制になりました。
新月まであと10日。時間との戦いが始まります!
感想やご意見、いつでもお待ちしております。
評価・ブックマークもとても励みになります!
次回もお楽しみに!
X: https://x.com/yoimachi_akari
note: https://note.com/yoimachi_akari